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二人だけの世界で

まさか自分が本当に刃物などという凶器を持って他人の家に侵入する日が来るとは思っていなかった。これから、人を殺す。宮滝は社長宅裏口侵入の方法を知っていた。深く考えればおかしい話だと思えたかもしれないが、その時の私は間違いなく正常な判断ができていなかった。私の頭は10年を懸けた両親の仇討、そのことしか考えられていなかったのだ。



キィイ…



夫妻がいるとされていた部屋に侵入し、震える手で刃物を構えたその時だった。



「う……そ、」



社長夫妻と思われる男女は……既に床にひれ伏し血を流して死んでいた。咄嗟にあの日の映像が蘇ってきて、頭が混乱する。何が起こってる?どうしてこの人たちはもう誰かに殺されている…。



ザッ…



床が擦れる音が、血の付いたカーテンの向こうから聞こえてきた。



「だ、誰!!??」



本能で刃物を自分の前で構え、身を護る。



「一歩遅かったですね…さくらさん」


「み、宮滝さん…!」



宮滝は心配そうな面もちで私に近付いてきた。ビクッと強張る体。そんな私に宮滝は私が着た時には既に殺されていたんです…と言った。



「え…?そんな、一体誰が…!?」


「それは分かりません…ですがここを離れた方がいい。社長夫妻は何者かに殺された、行きましょう、さくらさん」



ガチャリ。



「っえっ…!?」


「…まぁ、行くのはあなた一人ですがね。ありがとう。実にやりやすかった。この事件はあなたの復讐劇として世間には知らされるでしょう…。では。行先は天国か地獄か…楽しみですね」



__騙された。自分の眉間に銃口が当たって、初めて謀られたことを悟った。鳴り響く銃声音を耳で聞き取りながら、体から一気に力が抜けていったのだ。あの男____初めから私を陥れるために、仕組んでいたんだ。最後に目の奥に焼き付いたのは、男の憎たらしい笑みと、遠い過去、愛してくれていた両親の顔____。









「____私は結局、変われてなかったのかもしれない」



月のような光を眺めながら、百鬼は静かに私の話を聞いてくれた。相槌も言葉もなかったが、ただただ耳を傾け隣にいてくれた。



「心に太陽をもて、そう思ってここまで来たけど…結局自分で考えることを放棄して、騙されて…地獄に来て。自分は無罪だなんて主張したけど、こうして振り返ってみると、復讐としてでも人を殺そうとした時点で…私は地獄行きだったのかもね」



あの伝記の少年のように…強い人間になりたかった。そう思い、ふぅ、と吐いた息が白かった。そして、あ、と正気に戻る。



「あ、ご、ごめん百鬼。私の話ばっかりして…寒いのに」


「……不思議なものだな。太陽のように、この地獄に来ても強気だったお前でも、こんなふうに弱音を吐くことがあるとは…知らなかった」



百鬼は真っ直ぐ上を見つめてそう言った。何て返したらいいんだろう、迷った挙句、百鬼の続きの言葉を待つことにした。


「例え何も変わっていなかったとしても、お前がその少年に救われたように…お前の心の太陽に救われた者がいることを忘れるな」


「…………百鬼、」


「…それにお前がそんなしみったれた面をしていると調子も狂う」


「……うん。そうだね」



体操座りをしている腕にきゅっと力を込める。百鬼の優しい言葉が、太陽を隠していた雲を払い退けた。…温かい。こんなにも吹く風は冷たいのに、今この場所は温かい。それこそ不思議だなぁ。



「ねぇ百鬼、私…騙されて殺されて地獄に来て、絶望ばっかりだったけど…今はちょっと、よかったのかもなって思ってるよ。そりゃぁ天国に行けたら楽だったんだろうけど…ここに来たから百鬼に出会えた。こうやって一緒に…月を眺められた」



百鬼に笑いかけると、百鬼が照れたように視線を外した。百鬼との間にあるこの数センチの距離が変にもどかしく感じて、私は体を少し、左に傾けた。



「……人間界には、桜、というものが咲くと言っていたな」


「…今、私の名前呼んでくれた?」


「……違う」


「ふふ、冗談だよ」



むすっとした百鬼の顔に思わず笑みがこぼれた。



「その桜というものは、それほどまでに綺麗なのか」


「うん、綺麗だよ。両親が桜が大好きで私にさくらってつけてくれたくらい。夜桜なんて特に…月の光と一緒に見ると、本当に泣けちゃうくらい綺麗」



あの時、両親と見た最後の夜桜が蘇ってくる。



「そうか。なら…、」


「?」


「次は、それを見られるといいな…一緒に」



百鬼のその言葉に、私の胸の中に、いろいろな感情が込み上げてきた。切なさ、優しさ、もどかしさ…名前の分からない感情も。足を抱えていた腕を解いて、横に手を付く。熱っぽい体と不思議な高揚感が合わさって、少しずつ、左手を百鬼の方へなぞらせるように近付けた。触れているか触れていないかの距離まで来る体。百鬼に近付いている左側だけが熱を持っている。もっと、近付きたい。




……トン、



百鬼の肩が近付いて、私の肩にそっと触れた。それだけで胸の高鳴りが止まらない。徐々に徐々に、更に近付いていく距離と、増していく熱に私は顔が熱くなっていくのが分かった。




あぁ……これは、そうか。





私……好き、なんだ。百鬼のこと……。




それを自覚してしまったら、もう止められなかった。




「…うん。絶対、一緒に見ようね…」


触れていただけの百鬼の肩に体を寄りかからせて、首を預けた。百鬼の体温が直に伝わってくる。どうしよう。こんなに大きい鼓動、百鬼に伝わってしまいそうだ。でも今は、それ以上に…ずっとこうしていたい。百鬼と一緒ににこうやって寄り添っていたいなって、そう思うよ……。



静かになった空間で、一緒に寄り添って空を見つめる。どれだけ時間がたっただろうか。お互いの体温を感じながら、その空間と一体化してしまいそうな時を過ごした。



「…………い」


「……」


「……おい、」


「……スー、スー……」


「……」



いつの間にか寝ていた私は、百鬼が苦い顔をして溜息をついたことを知らない。



「……俺ももう一度生き返ってお前と夜桜が見たいなんて…高望みにも程があるな」



百鬼は寝ている私の髪を優しく掬った。



「……本当に、調子が狂う」



そして、ゆっくりと顔を近付けて、唇に熱を落とした。





「っん…?」



地獄の朝に小鳥は囀らない。目が覚めるのは、夜よりも明るい光が窓の外から差し込むからに他ならない。



「あれ…?私いつの間に布団に移動したんだっけ…?」



目の前には燃え尽きた薪と灰が残る消えた暖炉。少し離れたもう一枚の布団を見ると、そこに百鬼の姿はない。百鬼を探すために起き上がって、まだ小寒い気温の中を歩く。どうやらこの民家の中にはいないようだ。じゃぁ、外かな?そう思い寝ぼけている眼を擦って明るい光が隙間から射す扉を開けると、衝撃映像が視界に飛び込んでくる。



「……起きたのか」


「あ、百鬼…………って、ぎゃーーーーす!?」



キーーン、まるでスピーカーがハウリングしたかのような私の声に、百鬼は眉間に一杯皺を寄せて両手で耳穴を塞いでいた。許してほしい、寧ろ百鬼に自重してほしい。いきなり目の前に現れたのはいいが、シャワー後なのか上半身は裸で髪から体に水が滴っている。着流しの上半身をきちんと着ていない状態で、引き締まった体が全面的にこんにちはしている…耐性の無い私からすれば、絶叫モノだったのだ。一方百鬼は何騒いでるんだこいつというような冷ややかな視線を送ってくる。



「……何騒いでいるんだ」


「あ!ほら!やっぱりそう思ってた!眼で分かったぞ!っていうか、服、着てよ…!」


「服?……あぁ」



原因はこれか、と分かったようで、百鬼は大人しく腰から垂れていた袖部分を上にもってき、腕を通してくれた。だがしかしその着方は緩く、まだ着流しの襟の間から覗く胸板がエロ……じゃなかった、やらしい感じだ!!



「……この程度で騒ぐとは……」


「わ、悪かったわねぇ!どうせ私は男性経験の少ない若輩者ですよ!」



悲劇のヒロインばりに床に座り込む私に憐みの眼を向ける百鬼は特にツッコんでくれることもなく私にシャワーの場所を知らせてくれた。こんなボロボロの民家にちゃんとシャワーがあることに驚きだ。髪も整えよう。



「それから」


「え?」


「……これを着ろ」


「わっと!?」



百鬼が私に布を投げる。何とか両手でそれを受け止めて確認すると、明るいオレンジ色に大きめの花がプリントされている着物だった。



「……その恰好じゃみすぼらしいからな」



さっさとシャワー室に行って来い。そう付け足して、百鬼は部屋の中へと入る。着物…とはいっても浴衣くらいの軽さのそれを広げてみると、鮮やかで可愛らしい。人間界でも着たことがないような華やかな服装に、胸が高鳴った。



「可愛い…」



着物をぎゅっと抱いて、私はシャワー室へと足を運んだ。温かいシャワーが終わると、着慣れていない着物との戦い。地獄じゃスマホもないから調べることもできないけど、まぁ、何となく。



「ひゃ、百鬼…」


「…………終わったの…………か……、」



恥ずかしさもありながら百鬼の前に出て、着終わった着物をこんなものでよいのかと見せると、百鬼が固まった。着方が全然違ったのか?と思いあたふたするも、百鬼はだんまりだ。


「…………行くぞ」


「ちょ、えぇ!?なんか違うなら違うって言って百鬼ぃ!」


「黙れ。いいから行くぞ」


「待ってよぉおお!」



物凄い勢いで私から背を向けてずかずかと歩いて行ってしまった百鬼の後ろ姿を必死で追いかける。耳が赤くなっているのは気のせいなのだろうか。


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