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最後のありがとうは今までのごめんねの何万回分のそれだった

心だけじゃない、何だか体も宙に浮いているようにふわっとする。俺は死ぬのだろう。百鬼との戦いに敗れて…きっとこのまま、死ぬ。この地獄の住人になったからには、死ねば俺はもう…二度と生まれ変われない。俺の魂は消滅する。陽の光のない本当の闇に行くんだな…。








「……太造、!」



え?



「与太造っ…死んじゃだめ…!目を覚ませ馬鹿ぁーー!」



…誰だ?確かに俺の名を呼んでどさくさに悪口も言ってる輩が…。それに傷口から流れ出てた血が止まったような…俺は死ぬんじゃなかったのか?



「…………何を…してる…このやろう」



眼が開いた。俺の視界に入ってきたのは、見慣れた地獄。そして眉を下げて俺を覗きこむ重罪人女と、見たことのない看守の男。



「ひぃいっ!しゃ、喋りましたぁあ!こ、殺されませんよね!?僕たちまた殺されませんよねぇえ!?ってあれ!?何これデジャヴ!?」


「ちょっと!しっかりしな団寿!確かにデジャヴなくだりだけど!」


「ひぃいいいっ!」


「だから紫太夫…やっぱお前に一番ビビってねぇか?団寿は」



…………動物園?ここは死後の世界でも地獄でもなくて動物園だったのか?そう錯覚してしまうほどわちゃわちゃとした空間で、重罪人の女が俺の顔を見て、よかった、と呟いた。その横には百鬼もいる。どうやらここはやはり俺の良く知る地獄のようだ…が。



「何故…俺の手当てなんかしてる、このやろう」


「ひ、ひぃ、それはさくらさんが、また僕を呼びつけて早く手当しろって…」



さくら。あの重罪人の女か。こつは百鬼と共闘で俺を倒したはずの女だ。俺の手当てをしろという意味が尚更分からねぇ。痛む体を無理矢理起こして女に直接顔を向ける。



「お前…何故留めを刺すどころか俺を助けやがった…このやろう。今なら力の出せない俺を殺すチャンスだったってのに…」


「力の出せない無抵抗な人に攻撃するなんてただの弱い者いじめだよ。それに…さっき1人の囚人のおじいちゃんがここに来て与太造、あんたを助けてやってくれって頼んできた」


「!」



囚人…。一体どこのどいつだ。俺は囚人に恨まれる理由は山ほどあっても助けられる理由なんて…。



「今更与太造に顔向けできる身分じゃないが…与太造をずっと苦しめてきたのは自分だから。本当にごめんなさいって」


「……は?」


「後ろにいたのはきっと奥さんだけど…私はもう大丈夫だから、ごめんよ。とだけ伝えてくれって…」



“ごめんよ。”



重罪人女の後ろに、あの時の母さんの顔が重なって見えた。



「母さん、親父……!?」



きっとそうだ。そうに違いない。俺は包帯を巻かれている途中だったのにも関わらず、軋む体を無理矢理起こして辺りを見回した。すると遠くに…米粒の大きさの二つの影を見付けた。



「おい…!!」



俺はその二人を呼び止めるように叫ぶ。俺の声にハッとしたような二人は、ゆっくりとこちらを振り向いた。相変わらず、何百年たっても…母さんは泣き虫だ。俺は体を引きずって二人の元へ行く。後ろから包帯を巻いていた看守や重罪人女の声が聞こえたが、俺の足は止まらない。どうして…どうして二人がここにいる。どうして一緒にいる。



「与太造…」



何百年前見た時と同じ、痩せ細った二人がそこにいた。



「…母さん…親父」


「…俺はお前の父親を名乗れるほどできた人間じゃない。お前に殺されて初めて分かった。俺は力に物を言わせて弱い者いじめをしていたただのクズだったと…。自分の仕事が上手くいかないストレスを家族にぶつけ…こんな事態を招いてしまった」



親父はあの時とは違う、罪悪感が募った物言いで俺にそう言った。



「あの時…あなた達を置いて自分だけ逃げたこと、本当に後悔してる。ごめんよ与太造…。でもここに来てね、父さんと会って…父さんも私も変わった。せめて最愛の息子を護るために、この地獄で強く生きようって」



二人は涙を流してそう言った。雨の降らない地獄に、水滴が染み込む。二人の足元にだけじゃない、俺の足元にも。それが俺の服をも濡らした時、気が付いた。俺が欲しかったものは、力でも、権力でもない。ただ家族が思い合える普通だったんだと。


「っ…母さん…親父…俺は…」


「……泣かないでおくれ、与太造。ごめんよ、母さんの泣き虫が移ってしまったかな…」



母さんは小さな痩せ細った体で、俺を精一杯抱きしめた。そんな母さんの後ろから、親父も泣いた。心の中のもやが晴れていくような、雲から太陽が顔を出したようなこんな気持ちは初めてだ。俺の涙が、母さんの身体に落ちる。突然、母さんと親父の身体が白白と光り始めた。見たことのない光景に戸惑っていると、後ろから眼を見開いた百鬼と重罪人女が俺達の元に来た。



「…!輪廻、転生だ…」



百鬼は息を飲んだようにそう言った。俺もそれを聞いて、開いた口が塞がらなかった。まさか…母さんと親父が?



「輪廻転生だと!?俺はこの地獄で母さんと親父を虐げたことなんて…!」



そう言うと、重罪人女がぽつりと口を開いた。違うよ、と。



「与太造のお母さんとお父さんの魂は……与太造に感謝してる。二人の心にあった罪の意識が薄れてくみたいに…浄化してくのを感じる」


「…………!」



感謝……。俺は光りながらも穏やかな笑顔で涙している二人を見る。あぁ…確かに、まるで太陽のように明るく暖かい…安らかな光だ。そうか、この二人はこの地獄で自分の咎を洗い流して輪廻転生し、人間に生まれ変わるのか。じゃぁ、次にかける言葉で…本当の別れだ。



「……親父、また同じような過ちを犯したら…許さねぇ。今度は家族を護るために強くなってくれよな…このやろう」


「……!あぁ、。約束する」



親父は一瞬驚いたように俺を見た後、薄らと笑って、光となって天に昇り、消えた。



「……母さん、次の人生は……幸せになってくれよ…」


「え?次の人生…?ふふ、与太造は相変わらず優しい子だねぇ。でももし次の人生なんてものがあるのなら…また、与太造と藍可のお母さんになりたいな…」


「っ…!」



母さんは笑った。それを見て、俺も笑った。涙は止まらなかった。



「与太造…………ありがとう」



その優しい声は、天に昇って地獄全体に伝わった気がした。最後に空で光った光は、まるで太陽のように一番強い輝きを放って、消えた。無くなった母さんの温もりを確かめるように、俺は拳を握る。



“他所のお母さんも、母さんのようにありがとうよりもごめんねをよく言うのだろうか。笑うことよりも、泣くことの方が多いのだろうか。”



幼心に感じていた疑問が、頭にふと蘇る。


でも、それでも。最後に見た母さんの笑顔は…今までの泣き顔の何千回分の笑顔だった。最後に聞いたありがとうは今までのごめんねの何万回分のありがとうだった。


だから俺はもう…これ以上何もいらないのさ……このやろう…。今、一生分泣いて…俺は前を向いて生きていくから。


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