番人様、覚醒
訳が分からない。訳が分からなくなった脳みそで、ただ叫んだ。大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。悔しい、悔しい。少なくとも昨日私の前にいた百鬼は非情なんかじゃない。ちゃんと人間だった。百鬼のことを何も知らないくせに、馬鹿にするな…。色々な感情が忙しく体中を駆け巡って、気が付いたら与太造相手に大声で叫んでいた。当然与太造はそれに怒りを覚えないはずがない。もしも私が殺されそうになったら、百鬼は助けてくれるだろうか。いや、分からない…百鬼にとって私は何でもない存在だったようだから。
「生意気な女だ…!今すぐ弄り殺してやるぜこのやろう…!」
案の定、与太造は討ち合いをしている百鬼と間合いを取り、金棒を私の方に向けて思い切り投げてきた。物凄い速さだ。そしてあの大きさ、今更もう避けられない。
ドゴンッ……!
私を巻き込んで飛んで行った金棒が、岩山に激突し大きな砂煙を立てた。
「さ、さくらぁーーーー!」
おばあちゃんが叫ぶ声に、与太造がニヤリと口元を歪ませる。
「力のない情弱が俺に逆らうからこうなる…次はお前が肉塊希望か?女」
「っ…!」
「何だぁ?お前もそんな生意気な眼をするのか…仕方ねぇ、百鬼の前にお前を片付け……………………、」
与太造の言葉が止まった。百鬼の姿が、ない。周りを見回し、はっとしたように金棒で投げ飛ばした方角を向いた。
「っ…、い…た…………く、ない……え?」
間違いなく、私の目の前には強大な金棒が回転しながら高速で飛んできて、私はそれを避けられなかったはず。体が物凄い勢いで後ろに飛んで、岩山にぶつかったような衝撃を背中に感じた気がしたが、それに伴った痛みがない。そして、さっきの声。
「百鬼…!」
私を背中側から包み込むようにして衝撃から守ってくれていたのは、百鬼だった。金棒は百鬼が二刀で弾いて軌道を変えたのか、すぐ近くに突き刺さっていた。でもその衝撃で後ろへ飛んだ私を庇って岩山に背中から衝撃を受けたのだろう、百鬼の口元から血が流れる。私はすぐに体の向きを変えて百鬼の名前を呼んだ。
「っ…どこまでも、馬鹿な女だ…あのでかぶつを何故煽った…」
「な、何でっ…!私なんて殺されてもいいって…!」
一番に出た言葉がこれだった。何で価値がないと言った私を身を挺してまで守ってくれたんだ。百鬼が私を助けてくれるかを不安に感じながら、実際に自分のせいで血を流しているところを目の当たりにすると罪悪感で胸が一杯になった。
「…………忘れろと言いつつ…忘れられなかったのは俺だ」
「……えっ?」
百鬼は口から伝う血液を手首で拭い、私の眼を見る。いつもの、真っ暗な瞳で。
「忘れたくなかったのかもしれない。人間らしい気持ちを思い出させてくれた太陽を…」
「…!百鬼、」
「己の弱さ故に…牙を突き立てることしかできない。だがそんな俺のためにお前は勇敢に戦った」
「そんなの…当たり前だよ…百鬼は何度も私を助けてくれたじゃん…」
「……………………だから今度は…俺がお前を…必ず護る。人間界へ帰す」
そう言って立ち上がった百鬼の眼に、私は地獄にないはずのその輝かしい姿を、確かに見た。希望と強さに満ち溢れた、太陽の姿を。
「おいおい…一体どうなってんだこれは…お前は本当にあの冷徹無慈悲の番人百鬼か?このやろう」
与太造は信じられないと言うように何度も大袈裟に瞬きをした。私の身体を優しく話した百鬼は、両手に二刀を持ち、動揺や混乱を隠せない与太造に向き直った。
「おいでかぶつ…紛れもなく俺はこの地獄で最強最悪、冷徹無慈悲と恐れられた番人百鬼だ。もう二度と俺の大切なものは奪わせない。…あいつに手を下そうものなら…容赦はしない」
切迫した百鬼の圧に危機感を覚えたのか、与太造は瞬時に岩山に突き刺さったままの金棒を抜きに走る。
「(!?何!?抜けねぇ…!?)」
「…あぁそうだ。言い忘れていたが」
百鬼は岩山の金棒を必死に引っ張る与太造に構わず、与太造に素早く近付き二刀を振りかざした。
「さっき金棒の軌道を変えた時に…金棒は使い物にならなくしておいた」
やっと抜けた金棒を見て、与太造は愕然とする。金棒を強固なものにしていた刺々しい突起どころか、金棒自体が半分以上折れてなくなっている。百鬼は与太造の切羽詰ったような表情を見て満足したのか、口元を吊り上げて与太造の両腕を斬りつけた。
「ぐ、ぐぁああああ!百鬼、てめぇええ…!このやろう…!汚ねぇ真似を…!」
ぶらん、と力の入らなくなった腕を見て与太造が叫ぶ。これではもう金棒は握れないだろう。いや、そもそも金棒は百鬼があの瞬間に破壊したらしく、もう使えない。改めて百鬼の強さを知り、私はごくんと固唾を飲んだ。周りにいた囚人たちも、この状況に動揺が隠せない。いや、百鬼が私を助けたあの瞬間から、起こり得ないことが起こった衝撃から彼らは口を開けたままだ。囚人同士顔を見合わせて、事実かどうかを確かめようとしている。
「汚い?言ったはずだ。俺は最強最悪、冷徹無慈悲な番人百鬼だと」
一体誰と勘違いしている?そう言いながら与太造の腹部にめり込むほどの打撃を刀の鞘で入れる。後ろによろめく大柄な体に、間髪入れずにそのまま回し蹴りをし、岩山まで突き飛ばした。先程私と百鬼がぶつかったくらいの衝撃音が島に響き、巻き起こった風が百鬼の黒髪とバンダナを揺らした。
「っ、このやろう…!いい気になってんじゃねぇぞ…!」
岩山にぶつかった衝撃から瓦礫が崩れ落ちた中から、与太造が這い出てくる。
「お前なんざ、金棒がなかろうが両腕に力が入りにくくなろうが関係ねぇ!俺の方が強いんだからなぁ!」
「ほう…なら俺も素手でやろうか」
何というパワーだ。百鬼に両腕を斬られ、岩山に飛ばされたのにも関わらずそれでも拳に力を入れて拳を振るう。やはり番人の実力は伊達じゃない。それを見て口元を上げた百鬼が、二刀を地面に突き刺し言葉通り素手で与太造に殴りかかっていった。
「なめてんじゃねぇぞ!体術は俺の真骨頂!にわかにしかかじってないお前に俺は倒せねぇ!」
与太像の強烈な右ストレートが百鬼の左頬に直撃する。百鬼の口が切れたのか血が飛んだ。しかしぐらつく体を右足を踏ん張ることで持ち堪えたのか、百鬼の体は倒れることなく同じように与太造の左頬に向けて拳を打った。
「甘ぇ!」
それを見切っていたのか、与太造は百鬼の拳を避けたと同時に下側に体を潜り込ませ、そのまま第二打を狙う。
「(速い…!あいつ、あの動きは間違いなくボクシング…!)っ百鬼!下からくる!」
私の言葉よりも、与太造のアッパーの方が速かったようだ。見事なまでの顎下からのアッパーが百鬼の身体を宙へ吹き飛ばす。
「う、腕にあんな傷を負ってあの力っ…化け物かよ!?」
英雄が私の横でたじろぐ。やはり腐っても選び抜かれた番人。そう簡単にはいかないようだ。百鬼は地面に落ちていく体を丸めて受け身を取り、再び素手で与太造へ挑んでいく。
「いい加減諦めろこのやろう!体術ってのは刀と違って距離を詰めねぇと当たんねぇぞ、何故二刀を使わねぇ!」
「ふん…お前のその力力煩い口を閉じさせるためには、相手の土俵で屈服させた方が屈辱的だろうからな」
「っ…どこまでも舐め腐りやがってこのやろう!」
一歩も譲らない番人同士の死闘…私はただ、見つめることしかできなかった。手を組んで、祈りながら。




