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暗雲は雷を連れてくる

閻魔選定まで残り11日__。閻魔の交代という地獄において何百年に一度の大行事が、とてつもなく番人や看守、囚人を緊迫させた。そしてそれに伴い、自軍の島の囚人のみ罰することを義務付けられていた枷が外れたことによって、まさに地獄絵図が繰り広げられている。



「くっ、うぅ…お許しください、お許しを…!」


「何だぁ?せっかく他島の囚人いたぶれるっつうもんで楽しみにしてきてりゃぁ…どこの島の囚人も根性なしだな、このやろう。さっさと輪廻転生しろやぁ!」


「ぐぁああああ!」



番人与太造が大きな金棒を振りかざし、囚人の足を捻り潰す。囚人にとって、どの番人から虐げられるか分からないこの数日間は本当に生きた心地がしない。宿舎を出た罰の時間から番人たちによる囚人狩りが始まるのだ。自ら首を差し出し、看守として地獄から抜けられずとも楽になる道を選ぶ者も後を絶たない中、番人たちは輪廻転生させることで実績を得るためそれを許さない。連日地獄ではいつもの比にならぬ断末魔が響いていた。



「ったくよぉ…どいつもこいつもちっとも輪廻転生しねぇじゃねぇか、このやろう」



与太造が足を運んでいたのは久須郎の島である。久須郎は百鬼との戦いで疲弊し島を留守にしていることを知った上で囚人たちを虐げに来ていたが、どれだけいたぶっても輪廻転生する様子のない囚人たちにイラつき始めていた。



そもそも、輪廻転生は多発するものではない。未だに解明されていない何かの条件下で稀に起こる奇跡だ。与太造自身は身体的に囚人を虐げることには自信があったが、その手で輪廻転生をさせたことがない。即ち輪廻転生の瞬間を目の当たりにしたことがないのだ。



久須郎も同じくである。歳ノ成、黄緑、百鬼については数は違えど輪廻転生させたことのある番人だ。一歩先を行かれているのも重々承知、与太造は焦りを感じているものの、彼らにアドバイスをもらうだなんてプライドが許さない。



「っち…こうなりゃやっぱ、番人たち直接殺しに行った方が早いか、このやろう。落ちた久須郎に弱すぎる歳ノ成はいつでも排除できる。となると残るは百鬼と黄緑か…このやろう」



力技こそ、与太造が最も得意とする分野である。与太造は口元を吊り上げて、合金でできた歯を見せ笑った。



「情弱は搾取されるからな…弱みなんざ作った時点で負けだ。このやろう」



高い岩山のある方へかけて行った。





百鬼の姿がない。百鬼の島の囚人に放送で集合がかかったものの、そこにいつもの姿は見られなかった。私の頭の中には昨日のことが巡るが、地獄の番人がそんなことで姿を現さなくなることなんてないはずだ。私達は戸惑いつつ、門の前に立ち尽くした。隣の島からは凄まじい叫び声が聞こえてくる。…耳を塞ぎたくなるほどだ。きっと番人たちが自分の島であろうとそうでなかろうと関係なく、閻魔選定のために囚人たちを狩りに来ている。みんなその声に顔を青ざめさせていた。



「…でも…今がチャンスなんじゃないか?」



一人の男性が呟いた。注目を浴びたその人は、歯を噛みしめて周りを見た。



「…何のだ?」



別の男の人が反応した。



「百鬼様を閻魔にさせないようにするチャンスだよ…!別の島の番人様達が百鬼様を狙う今しかないんじゃないか…!?」



思わず私も男の人の方を見た。百鬼を閻魔にさせない…チャンス。そう言えば彼らとは、宿舎で初めて打ち解けた日、最強最悪と呼ばれた百鬼を閻魔にしてはいけないと話したのを思い出す。あの時は私はまだ何も知らなかった。百鬼のことを、何も。でも今は…ただの冷酷無慈悲な番人ではないことを知った。百鬼は、どうして閻魔になりたいんだろうか。



「でも…俺たちに何ができるっていうんだよ、俺達だって番人様から狙われてる身なのに。」

「他の番人様が来たら、全員で一気に百鬼様に襲い掛かるんだよ…!流石にあの百鬼様も、この人数相手なら…少しは可能性あるんじゃないか?」



男の言葉に、私は心の中の抵抗を感じてしまった。百鬼を袋叩きにするということだろう。いや、あの百鬼だ。どうせ私達囚人が一斉に襲い掛かったところで、痛くもかゆくもないだろう。でも…もしそこに久須郎のように強い番人たちがいたら。百鬼は…。


この男の発言を皮切りに、囚人たちはそうだそうだ、と意見を一致させ始めた。場の空気が百鬼を討つという士気に変わっていく。



「ちょっと待ってほしい…」



嫌な想像をしてしまい、思わず口を挟んだ。囚人たちは今度は私に視線を向ける。



「…どうした、さくら」


「私は……百鬼がどうして閻魔になりたいか理由は知らないけど…そんなことを、したくない、かも」


「…は?どうしちゃったんだよお前…」



場がどよめいた。それは仕方ないだろう、百鬼を閻魔にしてはいけないと言っていた人間が、いきなり百鬼を、自分達を虐げていた番人を擁護し始めたのだから。私もそれが分かっているからこそ、そして囚人のみんながどれだけ百鬼を恐ろしがり、憎んでいるかが分かるからこそみんなの眼を見ることができなかった。



「百鬼様が閻魔になったらどうなるかくらい、お前もわかるだろ…!?それを防ぐために、この混乱に乗じて俺達も戦うしかねぇだろ…。寧ろ、戦わなきゃ何も変わらないことを身をもって証明してくれたのはお前だろ!?」


「分かる…分かるよ、みんなの気持ちは痛いくらい…!でも、百鬼の気持ちもわかっちゃったんだよ…!だから私はっ…」



そこまで言った途端、その男に胸倉を掴まれた。首がぐっと締まって、かかとが宙に浮く。



「百鬼様の気持ちだぁ!?さくら…お前が何を知ったかわかんねぇがな…俺は…俺達は自分の身を護るので精一杯なんだよ…!増してや長い年月無残なやり方で虐げてきた番人にどんな事情があろうと同情することなんてちっともできねぇ!」


「おい!何してんだよ離せ!」



男の手を、英雄が振り払い私を助けてくれる。解放された喉には冷たい空気が一気に流れ込み、咳込んでしまった。



「あ、英雄…お前もすっかり変わったな…!まさかお前も百鬼様を擁護するつもりか…!?」


「…英雄」


私の身体を支えながら英雄の心配をするおばあちゃんに、下がってろと言うように英雄は手を伸ばした。



「…百鬼様を擁護するつもりも、さくらの肩をもつつもりもねぇ。だが、血も涙もねぇ番人に人間の心を見たのも、太陽をもった囚人に嘘がないことも事実だ」



英雄はそう言い切った。その言葉に、周りの囚人たちはぐっと言葉を飲み込んだ。人間の心を見たというのは…生意気を言う私を殺さなかったり、久須郎から私を助けてくれたりした時のことを言っているのだろう。そんな英雄を見て、横でおばあちゃんがふ、と笑った気がした。



「っく…さくら…お前には失望したぜ…!」



男はそう言った。その言葉が重くのしかかる。ちょっと待ちな…さくらは…!とおばあちゃんが立ち上がろうとした手を掴んで止める。



「大丈夫…おばあちゃん。みんなの気持ちを考えれば当然だよ。私はとんだ裏切り者だ」


「さくら…そんなこと、」


「英雄…助けてくれてありがとう。それから、私の傍にいると英雄まで反感買っちゃうかも…おばあちゃんを護るためにも今度からは…、」


「勘違いも甚だしい女だぜ」


「え?」


「お前の肩をもったわけじゃないと言ったはずだ。俺は俺の本心を言っただけだ。それが偶然お前と意見が一致した、それ以上にない」


「…英雄…」



ふん、と私から顔をそむける英雄。例えそうだとしても、今私は英雄(ヒーロー)に助けてもらった漫画のヒロインの気持ちだ。ありがとう、もう一度そう言おうとした時、私達の上に金棒を持った大きな鬼の影が映った。そしてその影はだんだんと大きくなっていき、ドシン!と砂埃を上げて派手に着地する。



「おい、百鬼はいるかぁ?このやろう」



目の前に現れた鬼…番人与太造に、私達囚人は皆震え上がった。


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