番人様の譲歩
「んほほ…やはり久須郎クン程度では役不足でしたか…」
数々のモニターから出るブルーライトが煌々と光るこの部屋では、様々な科学実験が行われているようだ。試験管やビーカーに入っているのは、毒々しい赤や黄色、緑などの得体の知れない液体である。壁にずらりと並んでいるモニターには、地獄のあらゆる場所の現在の様子が映し出されている。そのうちの一つには、百鬼との死闘を終えて横たわっている久須郎の姿があった。それを見て科学者歳ノ成はそう呟いたのだった。
「物騒だな…そう仕向けたのはお前だろ歳ノ成、このやろう」
スキンヘッドの大柄な番人、与太造は金棒を自分の背中に担ぎ、モニターを見ながら科学実験をしている歳ノ成の背中からそう言葉を掛けた。
「物騒なのは君ですよ与太造クン…。この部屋にあるものは全て貴重な実験の材料。君の乱雑な振る舞いで万が一にも破損してしまったらと思うと気が気じゃない。速やかに自分の島へ帰ったらどうですかねぇ」
「久須郎を使ってまで閻魔になろうとする執念がお前にあるとは思ってなかったぜ、このやろう。お前はただ輪廻転生にぞっこんの輪廻転生ヲタクだと思ってたからよ」
「別に使ってなどいませんよ。私は百鬼クンを落とすなら今しかないのではと教えて差し上げただけですから、んほほ」
「唆して百鬼の力を計る道具にしたわけだな、このやろう。惨い科学者だぜ」
「…何を弁解しても言い訳にしか聞こえないのでしょうねぇ、んほほ」
歳ノ成は帰ろうとしない与太造に溜息をついて、実験の手を止めて与太造の方を向く。
「まぁでも…私が閻魔の座に固執がないことは本当ですよ。私は私の目的が達成できればそれでいい。そのために働かせられるものがあれば、仕事を与えているだけですよ」
「輪廻転生をさせられる薬の開発…だろ?このやろう」
「閻魔の座があればより実験台を増やせる。それだけですよ、与太造クン…あなたも知っているでしょう、囚人桃太郎の話を」
歳ノ成の言葉に、与太造はまたその話かと眉を潜めて光り輝いているスキンヘッドをポリポリと掻いた。昔、鬼退治をした少年の話だ。街を脅かしていた鬼を退治するため、桃太郎は鬼退治をした。無事鬼退治に成功した桃太郎はおじいさんとおばあさんのいる家に帰り、ハッピーエンド…とここで終わりを綴られていることの多いこの話だが、実は物語は続いている。歳をとり生涯を終えた桃太郎の行く末は鬼退治をした英雄として向かう天国ではなく、鬼を殺めた殺人鬼として向かう地獄だった。地獄で番人に首を斬られ看守となった桃太郎は、二度と輪廻転生することはないとされ絶望した。しかし、ある日突然、桃太郎の周りを美しいピンク色の光が纏い、桃太郎は地獄から姿を消し、ピンク色の桃の中へと戻り再び人間界へ舞い戻ったという。
「知ってるよ…100億回くらい聞いた。だが、んな作り話みたいな言い伝え信憑性ないだろ。第一俺が番人になってからは看守も番人も、輪廻転生した奴なんて見たことねぇ。俺らは永遠にこの地獄で生きてく運命なんだよ、このやろう」
「んほほ…今更誰に何を言われようと私の意志は変わりませんけどねぇ。私は必ずこの不治の病のような状況を脱却し、輪廻転生を成し遂げます」
柔らかい物言いだが、奥底に折れない芯のある歳ノ成の言葉に、与太造は一瞬頭を掻く手を止めた。そして面倒臭そうな顔をして、金棒を担ぎ直し、出口へと向かう。
「ちっ…やっぱりお前から情報収集するのは面倒臭ぇからやめだ。帰る。このやろう」
「おや、私から調子のおかしい百鬼クンの情報でも聞き出そうとしたんですか?んほほ」
「直接自分で殺してくらぁ。お前のつまんねぇ話を聞くよりは簡単そうだ、このやろう」
「んほほ、そうですか。頑張ってくださいね」
歳ノ成は横目で与太造を見送った。
「…最も、最後に甘い蜜を吸うのは私ですが。んほほ」
歳ノ成の傾けた試験管から垂れた液体が、机の鉄材を溶かした。
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横たわって団寿に手当されている久須郎の蛇のように鋭い眼は、心なしか穏やかに見えた。もう私達を襲ってくるような殺気もない。しかしこれで安心、というわけではない。今私達が囚人立ち入り禁止の鬼ノ街道に立ち入っていることは看守達や久須郎にばれているわけだし、不運にも地獄墓石門の鍵も持っている。ううん、でも、私は危険を冒してでも百鬼と話をしようと思ってここに来た。そして百鬼本人は認めてないけど、私を助けてくれた。あの時百鬼が来てくれていなかったら今私は立ち上がれていないだろう。
「…お前ら囚人が何故ここにいるのか興味はないが…俺の命令外の行動は何を意味するか重々分かっているな?」
「…百鬼。私はあんたと話がしたくてここまで来たの…!」
私の言葉に、百鬼は明らかに不可解な顔をした。
「話?お前と何を話す必要がある。この先ここへ侵入したことで罰されようが俺には関係ない」
「そんなんじゃない!百鬼…あんたには散々ひどい事されたけど、私はやっぱりあんたが本当に冷徹無慈悲鬼畜阿保無関心無愛想だとは思えない!」
「…」
「分かんないけどっ…あんたを見てると心に雨が降るんだよ、悲しくなるんだよ!」
「…くだらないことを話す暇などない」
「っ、待って!」
岩山に登ってこの場を去ってしまいそうな百鬼の腕を掴む。
ガシャン、
その時、私と百鬼の間に、地獄墓石門の鍵が音を立てて落ちた。そして私は見逃さなかった。その鍵を見た百鬼が、一瞬目を見開いて反応を示したことを。これは百鬼にとって特別なものに違いない、瞬時に脳がそう判断した。そのため、ミクロ単位だろうが百鬼よりも速くそれを拾い、手中に収めた。
「貴様…」
案の定、百鬼は眉間に皺を寄せる。
「こ、この鍵を返してほしかったら私の言うことを聞いて…!」
いつもとは逆で、私が百鬼に揺さぶりをかける。冷や汗が背中を伝った。
「はっ…囚人が番人気取りか?俺がお前の手首を切り落とし鍵を手に入れることがどれだけ簡単な事か分かってるだろう」
「できないよ。百鬼にはできない。…まだ人間の心を忘れてない百鬼には、難しい」
私をここまで殺さなかった、助けてくれた百鬼を信じてる。百鬼は眉を潜めた。
「…本当に、強情な女だ…。何故沈むどころか日に日に光を増す、太陽」
「え…?」
「10分だ。それ以上は時間をとらない。それから今すぐに地獄墓石門へ向かう。鍵は俺が持つ。早くついてこなければ殺す。以上だ」
「え、ええぇえ!?」
百鬼は淡々と言って私から鍵を横取りし歩いて行った。一度に注文を受けて脳が混乱しつつも後ろをついて行こうとすると、団寿やおばあちゃん、英雄の声が後ろから聞こえる。
「お、おい女!」
「さくら…!あちき達も一緒に!」
「駄目だ」
百鬼の声で両断される。その声に、皆体をびくつかせた。
「おいそこの看守…囚人たちを鬼の街道の外へ追放しろ」
「ひゃ…百鬼様、それって、」
「早くしなければお前から殺す」
「ひ、ひぃいいいわ、分かりました!」
百鬼の言うことは追放のように感じるが、実質お咎めなしでここから逃がしてくれる、と云う事ではないだろうか。私の名前を叫ぶおばあちゃんに、私は向き直る。
「おばあちゃん!私なら大丈夫!必ず戻るよ…安心して待ってて!」
親指を立てて笑ってみせる。おばあちゃんの肩を抱いた英雄が、私に死ぬんじゃねぇぞ、と小さく言った。それに対しても、親指で返事をした。




