第4話
扉を開いた中は暗闇だった。まるでそこから先は空間がないみたいな暗黒。片恋のアバターは髪をぴょこぴょこさせながら、躊躇いもなく、中に入っていく。
「お、おい」
「…」
扉を前に、呆然と立ち尽くす。
「うわぁ!」
躊躇していると。中からぬっと真っ白な手が出てきて、手招きをする。
なにをしてるんだい。はやく来なよ。
怖いわ。現実だったらおそらくちびっている。彼女の手招きに従って、覚悟を決める。1.2.3で入ろう。心にきめた。
「…1」
「…2」
「…さ」
「おそい!!」
手招きしていた綺麗な裏白い手ががっと、円上の手を掴み、闇に引き摺りこむ。
「ぎゃあ!怖い怖い怖い!!」
「なんだ。怖かったのかい。ほら、手を繋いであげよう」
いったい誰のせいだよ。優しく手を引かれる。人目を気にせず、恥じらいのない彼女について知っていることは少ないが、こんな一面もあるのだと少し感心した。真っ暗闇でよかった顔色を読まれずに済む。
数分歩いて、徐々に周りが明るくなってきた。
「なぁ、技を磨いてきたってどういうことだよ」
「フレイムくん、バトルロイヤルで大切なことはなんだい?」
「相手を倒す強い武器だろ?」
ちっちっちと彼女は指をふりながら言う。
「武器もそうだが、大事なのは機転だよ。生き残るための機転」
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
おもわず耳を塞ぎたくなるような羽音が鳴り響く。
「さて、こんだけ繁殖してしまっては厄介だね」
片恋はやれやれと肩をすくめる。
「どこなんだ、ここは」
扉を開いたあとに目に飛び込んできたのは、どこかノスタルジーに誘われる香りの残る町。低い屋根の街並みに、チラホラと個人経営だと思われるような店が立ち並ぶ。
ただ1つ違うのは、人間をゆうに超えるような大きさの蜂がうじゃうじゃと飛んでいることだ。
黄色と黒の縞模様が本能に危険と働きかける。ガチガチと噛み合わせると金属音が鳴り響き、その前足の爪は草刈り鎌のように鋭く。感情を映し出さない複眼は機械的な恐怖を感じさせた。
「ひ、」
すると1匹の蜂がこちらに向かって飛んできた。
「なぁ、あいつこっちに向かってきてないか」
「そりゃ、《《敵》》がきたら誰だって立ち向かうだろう」
彼女はライフルを取り出す。低い羽音が近づくにつれて、ガチガチと顎を鳴らす音も聞こえてきた。
片恋は、腰のポーチに手を突っ込むとするすると黄色と黒でカラーリングされたライフルを取り出した。あんなのゲームの中じゃ見たことがない。片恋は肩の高さにライフルを構え、安全装置を外す。ストック部分に頬つけ、スコープを覗き、高速で迫り来る蜂に狙いを定める。蜂の方も侵入者に対して攻撃を仕掛けるためか、攪乱のためか、鋭く方向を変えながら、迫りくる。
「な!なぁ!かた…いてっ!」
グイッと首元を引っ張られて、俺はしりもちをつくと
ズドン
という音と共に、片恋はライフルをぶっぱなした。
「ここでは、本名は厳禁だ。奴らに知られると面倒なことになるからね。大丈夫かい、縁者くん」
襲いかかってきた蜂は頭を粉々にくだけ散らされた反動で減速こそしたが、足元まで滑り転がってきた。まだピクピクと動く足を見つめて絶句した。片恋の方を見ると、彼女が顎で向こうをさすと、開けっ放しになった駄菓子屋があった。
駄菓子屋の中は、薄暗く人の気配はない。古びた木でできた棚には飴玉やガム、ラムネやきなこ棒など、子供の時に食べた懐かしいものが並ぶ。
「さてと」
「なぁ、かた、いや、bee」
彼女の一睨みで、出かけた言葉を飲み込み、代わりに彼女の呼び名で呼ぶ。
「なんだい」
「ここはどこなんだ!なんで、俺の知ってる駄菓子屋なんだよ」
彼女はこともなげに言った。
「ここは、君んちのパソコンなんだから当然だろ」
「は?いや、『デッドワン』じゃないのか?」
「ああ、戸惑うのも無理はないさ。さっきのコードが鍵なんだ」
「コンピューターに生まれるコード配列に生まれる。エラーコード、俗に言うbugを可視化したのが、この世界さ。さらに言うとこちらの世界をゲームに落とし込んだのが『デッドワン』だ。つまり、ここがプロトタイプってわけさ」
「プロトタイプ?」
「あぁ、そうだよ。フレイムくん。さっき尻もちをついた時に、痛みを感じただろ?」
「え、ああ」
ツインテールの彼女がにやりと笑う。
「ここでは、痛みがあるし、けがもする。当然死んだら1発アウトの超スリルなサバイバルゲームだよ」




