第10話
「でっか…」
呆れるほど大きいドームは、スズメバチの巣らしく、縞模様がみられる。
はるか上を見上げると、穴が見え、蜂が出入りしてるのが見える。
「でも、どうやって入るんだ、コレ」
「ん?」
カチャ
ズドン
「いくぞ、便乗くん!」
えええええ
蜂たちもまさか足元にこんな穴を開けられるとは、思っていなかっただろうに。
「おいおい」
「ショートカットはこういったゲームの醍醐味だろ?」
「隠し通路を見つけるとかだろ?!」
BEEは分厚いドームを次々にライフルでぶち抜いていく。
その小さい背中を見ながら、もう少しでこの冒険が終わってしまうのに寂しさを感じていた。パソコンのトラブルからとんだ大事になってしまった。
今からおそらくウイルスの根源たる女王との戦いか。まるで魔王と戦うみたいだな。
あんなでかい蜂たちの女王ともなるとどんだけでかいんだろう。攻撃力も防御力も桁外れだろう。
二人で倒せるだろうか。
「なぁ、BEE」
「なんだい、フレイム君」
「俺たち、ボスを倒せるかな」
「倒せるさ、君なら」
ライフルの音がやんだ。
ドームの壁を壊し切ったのだ。
ドームの中は意外にもただっぴろい空間が広がっているだけだった。天井近くの穴から光が差し込み、中央を明るく照らしていた。
一つだけ中央にコピー機がぽつんと置いてあった。よく、学校の印刷室に置いてあるような業務用のコピー機。そこからケーブルがのび、アクリルのような透明な立方体のケースにつながる。そのケースの中には、雀蜂が入っていた。
「コピー機?」
コピー機は電子音を立てると一枚の紙を吐き出した。紙はひらひらと浮かび上がる。
すると宙を舞う紙からずるりと、蜂が現れて、天井付近にある穴に飛び立っていった。
「あれが、ボス?あのコピー機が?」
何か想像していたものとのギャップに肩にこもっていた力が抜ける。
「…」
片恋は無言でライフルを取り出すと、スコープも覗くことなく、そのコピー機を撃ち抜いた。
え?終わり?なんか拍子抜けするな。
「な、なぁ、Bee?」
振り向いた鼻先に何かが通り過ぎるのを感じた。
「ふぇ?」
「くくく、流石だね。ヘル・フレイム(笑)。まさか、気配を消したナイフを躱すとはね」
向けられたのは、毒ナイフ『女王針』。いく百、いく千のプレイヤーを倒してきた殺人ナイフ。暗闇での暗殺に適した黒い刃から、ぽたぽたと赤紫色の液体が滴り落ちて、地面を溶かす。
「ちょ、こんな冗談は笑えないぞ、なぁ、ハニー?」
「私はいつでも、本気だよ、ダーリン」
可愛らしくウィンクをする彼女を見て、冷や汗をかく。
「ど、どうして」
「ラスボスは必要だろ?」
彼女はナイフをくるくる回しながら語りかける。
「この毒ナイフは『デッド・ワン』の毒ナイフ『女王針』より強力だ。流石に一撃でゲームオーバーには、ならないけど」
彼女が振るうナイフの先からしたたる液体が頬を焼く。
「威力は十分。蜂の毒と同じように。2発で命を奪おう」
自分のHPを見ると、ジワジワとバーが減っていく。毒だ。半分近くまでHPが減りようやく止まった。
「『女王の二刺し《ビークイーンレイピア》』と、でも名付けようか。援助くん」
「まさにいま、助けて欲しいところなんだが」
「無理だな」
「な、なんでだよ!戦う必要ないだろ!原因は突き止めたじゃないか」
ライフルで抉られたコピー機を指を指す。
「くくくく。あれはあくまで、蜂を生み出すための道具さ」
片恋は不吉に笑う。
「でも、これ以上蜂は増えない。あとは残りを退治したら、いいだろ」
元々の発端は壊れたパソコンだ。それが治ればいいのだ。殺し合ういわれはない。
「じゃあ、あれはどこからきた。蜂を倒した所で、諸悪を叩かねばなるまい」
「わ、わかってたさ」
「へぇ?」
意外な答えだったようだ。ナイフで、手持ち無沙汰に遊んでいた彼女の双眸が細くなる。
ここまでいって外すなんて真似はできない。冴え渡れ、頭脳!弾けろ、脳みそ!俺は名探偵だ!
「お、」
「お?」
「おれがエロサイトを覗いたからだ」
「は?」
「へ?」
あれ?違った?
あれ?違うの?
「く、くははははは!!え、えろサイト!?はははははは」
どうやら違ったらしい。
「いやぁ?君も、そんなものを見るのか!わはははははは」
「い、いいだろ!別に」
「うん、構わないさ」
満面の笑みで笑う。軽蔑されるかと思ったが、セーフなのか?
「見るなら、死を覚悟しろ」
毒ナイフの刺突が迫ってくる。
「ゆ、許されなかった!」
しゃがんでかわす。とりあえず、距離を取らないと。
「ファイヤーボー、のわっ!」
「こんなに!かわいい!女の子が!近くに!いるのに!!きみは!!」
横薙ぎ、刺突、振り上げ、紙一重でかわす。ひと房の髪の毛が毒に焼かれる。
「ひぃ、禿げたらどうする!」
「禿げろ!そして、もげろ!」
「どこが?!」
下半身に攻撃が集中する。くそ、執拗に下半身を!!
「きみは!ヒーローなんだ!」
「な、何を言って!」
「僕は!君が!いじめっこに!立ち向かった姿に!憧れた!」
なんだ?何を言ってる。火球を爆発させ、強引に距離をとる。
「在りし日の!駄菓子屋!きみは!上級生にからかわれる僕を、私を助けた!」
「覚えてないか!私は蓮!片恋 蓮だ!」
蓮?!思い出した。昔、駄菓子屋で上級生にからかわれている子を助けたことがある。蓮と名乗るその少年はなぜか服を脱がされそうになり、泣いていた。それに気づいた俺は駄菓子屋の店先にあった蜂の巣をパチンコで落とし、パニックになったところを手を引いて助けたのだった。
彼とは何度か遊んだが、ある日を境にぱったりといなくなり、それ以降再び出会うことはなかった。
「蓮?!でも、蓮は男で」
「あの時は兄のお下がりばかり着ていたし、幼かったからな。今みたいなナイスバディではなかった。髪も短かったし、それが原因でからかわれたのさ」
彼女は苦笑する。
「このアバターも君にだいぶ影響を受けているし」
自分の胸に手をあてる。黒と黄色の蜂のデザイン。
「憧れた君のような、強い自分になりたくて、僕は自分を鍛えあげたよ。きみはゲームが好きだった。だから、いつか君に会えるだろうと。だか、」
「きみは、小物に成り下がっていた。強きにまかれ、おこぼれをいただくような小物に。正直失望した。だが、きみは、最後は立ち向かってくれた。あの頃のきみは死んでなかった」
結果はワンパンで、のされてしまったけどな。
「だから、鍛え上げようと思ってパソコンに細工したのさ。友人に頼んで、このプログラムを設置してもらった。彼女もまた顔が広い。君の友人は僕の友人でもあったのさ」
再びナイフを構え、彼女はぐいぐいと迫ってきた。詰め寄る彼女に思わず後ずさるが、僕の首元にナイフを近づけ、妖艶に微笑む。
「これは、僕から君へのラブレターだ。円上くん。君の成長を見せてくれ」
彼女はそのまま、押し込むようにナイフを突き出す。
膝から崩れ落ちる形で、その攻撃をかわす。がら空きになった脇腹に火の玉を押し込む。
「ひぅ、やるねぇ。それでこそ、君だ」
痛みが同じようにあるのか、顔を歪ませてはいたが、彼女は満足気に笑う。
1匹狼のソロプレイヤー。俺のほうこそ憧れた。彼女の強さに。矮小な自分と比べて。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい!
「勝たせてもらうぞ。『女王蜂』!ヘル・ファイヤー!円上 愛男!一世一代の下克上だ!」
ズブッ
「へ?」
「あ、ごめん」
俺は頭を貫く痛みに気絶した。
「あちゃあ…やってしまった。まったく君は隙だらけだよ」
薄暗いドームの中で、頭にナイフが突き刺さったまま立ち尽くす相棒を見てつぶやく。
「ふむ」
彼女はナイフをずるりとぬき、彼の顔を眺める。幼さはまだ残しつつも、大人になりかけている。まぁ、カクカクボディなのだが。
周りを見る。耳に手をあてて、喋る。
「ありがとう。円上くんは僕に勝てなかったよ。あぁ、状況終了だ。チームのみんなにも礼を言ってくれ。あぁ、頼む。…は?ば、ばか、そんなのではない。僕のは憧れであって、恋愛とか、そんなのでは。ま、また学校でな」
まったく、恋愛だとか。そんなつもりは。ドームの中に蜂がおちてくる。外の仲間がプログラムを切ったのだろう。わたしもそろそろログアウトしなければ。ナイフを回収するため、立ち尽くす彼に近づく。その顔を眺め、少し、考える。辺りを見回す。プログラムが徐々にくずれていく。どうせ、この記録は残らない…か。
少し背伸びをして、
「ちゅっ」
さて、どうなるか。ゴシゴシと口を拭い、頬を染める。
「うむ、頑張ったご褒美だ」
それはどっちへの?
耳元の声に驚く。
「へ?まさか」
ぷぷぷ、蓮ちゃんもかわいいとこあんじゃん
イヤホンから聞こえる声に絶句する。まさかまさか。
天然カップルに幸あれ、ぷぷぷ
「にょわああああああ」




