第1話
「やばいよ、まずいって!」
高校生、円上愛男は自室のパソコンの前で頭を抱えていた。室内は昼だと言うのにカーテンを閉め切っているために暗く、服や鞄などが、ごちゃごちゃと足元に散らばっていた。ボサボサの頭を抱える青年は肌が白く、目の下はクマだらけになっていた。彼の悩みの種はパソコンだった。
父親のお古のパソコンをヲタクの友人に改良という名の改造をしてもらいゲームが快適にできる…はずだった。彼のパソコンの画面にはいくつもの蜂の画像。はち、ハチ、蜂。デフォルメされたその蜂達はウィンドウに関係なく、画面上を這い回っていた。
「なんかのウイルスか?嫌がらせか?」
愛男は、マウスやキーボードを必死に動かすが、反応はなく、蜂達はどんどん増えていった。
「くそ!!」
別に何かやばいサイトを覗いてたわけではない。いや、ずいぶん前にエロいサイトにアクセスしたことがあった。うん。ずいぶん前。昨日の夜くらい。でも、結局怖気付いて、すぐに画面は閉じた。
「どうすりゃいいんだ。このままじゃ、親父に何言われるか」
目の前のパソコンは今や、ブンブンと激しい羽音が鳴り出していた。彼自身パソコンに詳しいわけではない。せいぜい検索とタイピングができるだけで、学校で習う以上のことはできない。ましてや、このような事態はお手上げである。
「…俺、パソコン全然分からねぇよ」
途方にくれた愛男はふと、思い出す。
「そうだよ、あいつに聞けばいいじゃん」
パソコンに詳しそうな数少ない友人に連絡を取る。
「やぁ、天井くん。こんな真昼間にどうしたんだい」
「天井じゃんない円上だ。悪い、片恋。お前こそこんな真昼間に寝てたのか」
「ふぁ、いや、2轍目なだけさ。健常君」
「だからよ。円上だっての」
気怠げに喋る友人にことのあらましを説明する。片恋と出会ったのは、春先のことである。とあるイベントで意気投合し、その後同じ学校に通っていることがわかったため、よく遊ぶようになったのだ。初めは上位ランカーの凄腕スナイパーと聞き尊敬したが、実際会ってみると、重度のゲーヲタのだらしない奴ということがわかった。見ての通り、俺に興味はあまりなく、毎度のこと名前を間違えてくる。まぁ、気軽に話せるようになったのは良かったが。なんとしてもあの強さについての秘密が知りたい。確かにネトゲ廃人まっしぐらな彼女だが、学校には行っているし、そこそこ交友関係もある。年齢も同じ彼女が上位ランカーなのは秘密があるはずだ。それを俺は知りたい。
「ふむ。ハチが飛び回っている?馬鹿なのかい?君の家には殺虫剤もないのかい。君も男なら、叩き潰すなりなんなりすればいいじゃないか」
ヒーヒーと笑う甲高い声に思わずスマホを落としそうになる。
「実際にいるわけじゃないんだ。その。画面の中にいてだな。とにかくどうすればいい?」
「現代版一休さんのつもりかい。おい、ハチを出してみよって。僕はなんでも屋じゃないんだよ。忙しいんだ。僕は」
「どうせゲームをしていたんだろ」
「馬鹿者!それ以外にすることなどなかろう」
「…はぁ。せっかく夏休みなんだから、どっか出かけようぜ」
「バカをいえ、外は灼熱地獄。かんかん照りと表現されるような可愛いもんじゃない。確実に人類を滅ぼしてきている。僕をカラカラのミイラにしたいのかい。それに外でゲームをすると、画面が明るすぎて、頭がクラクラするんだ。ごめんだね」
こいつは外に出ても意地でもゲームをするつもりらしい。
「とにかく、パソコンを見て欲しいんだ」
「スマホなら、画面を見せてくれればいいだろ」
「あ、それもそうか」
画面の表示を切り替える。
「っておい!服はどうした。服は!!」
「あ?服?このくそ暑いのに服など着てられるか」
画面に映し出されたのはあられもない少女の姿。ごついヘッドフォンをつけて、少しずらし気味な丸いメガネ。二重のクリクリとした瞳は、死んだようにパソコンの画面を写している。眼の下には濃いクマこそあったが、口はにヘラと笑っている。
「ほれ、セクシーサービスなのだよ。頑丈くん」
「だれが、かっちかちだよ」
「興奮でもしたのか?」
首を傾げ、視線を落とす。彼女の言った意味に気づき、顔が熱くなるのを感じた。
「どこ見てんだよ!お前は、もう少し、恥じらいを持ってくれ」
「隠しているじゃないか。髪で」
うっふんっとポーズをとる。
「ちょ、ばっ、見えるだろ」
「はは、君は本当にからかいがいがあるね。な、むっつりくん。指の隙間から見ようとしてるのはわかってるぞ」
「…いや。せの、み、みてねぇよ」
長い髪によって隠さなければならない部分は神の悪戯か。悪魔の意思か。ギリギリ見えない。凹凸のはっきりした体つきに本来ならば、このようなラッキースケベに興奮しなければならないが、背景に映し出されるゴミの山が目につき、げんなりとする。
「おい、夏場にそれはやばくないか」
「…そろそろ片付けなければな。こないだ黒き同胞がいたし。家族を作る前にご退去願おう」
「…それ、ゴキブリだよな」
「…やめろ。直接的な呼称はわたしの精神に悪い」
片恋は、げんなりした顔になったが、だったら片付けろと言う話だ。彼女はぽんと手をうった。
「そうだ!こうしよう。わたしは君に力を貸す代わりに、君は僕の部屋を片付けてくれ」
「お前の部屋の掃除?」
「あぁ、こう見えて、僕は片付けが苦手でね」
ボリボリと髪をかくと、ボサボサとした髪が揺れる。ちょ、見える!見えるって。
「っつ!!こう見えてってどう見てもそうだろ!」
おれの視線に気づいたからか胸を抑えながら彼女は棒読みで言うのだった。
「キャー、伝承クンノエッティ」
「…くそ。何を後世まで伝えるってんだよ。おれの名前は円上だ。片恋。オッケーだ。よろしく頼むよ」
ケラケラと恥じらいなく笑う彼女にため息をついた。
「良かろう。交渉成立だ!」




