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47股男

作者: 青井青
掲載日:2021/07/29

「香織さんは素敵な女性だと思います。でも僕は結婚に向いていなかったんです」


 喫茶店の片隅のテーブル、俺は重々しく告げた。


 テーブルの向こうで女の目が驚きで見開かれる。年齢は三十代半ばぐらい、服もメイクも地味な印象である。


「僕の子供の頃からの夢、鷹匠になる夢を叶えたいんです。ただ師匠が……山に入るには覚悟がいる。妻や子供がいる男には教えることはできないとおっしゃって……」


 俺が申し訳なさそうに言うと、女の目が哀しげにゆがむ。クラシック音楽が流れる静かな店内でそこだけ空気が重かった。


「香織さんのご両親に会うと、ご迷惑をおかけすることになるので、その前にちゃんとお伝えしようと思いました」


 女が顔をテーブルにうつむかせた。俺は淡々と続ける。


「すべて僕自身の問題です……本当にすいません。鷹匠になる夢を追いかけて、悔いのない人生を送りたいんです」


 別れるときは相手がどうにもならない理由にするのがコツだ。女に「私に悪いところがあれば直します」とか「両親が反対しても私はかまいません」と言わせてはならない。


(起業したいとかもダメなんだよな……)


 女によっては「私もあなたの夢を応援したい」と食い下がるし、実は隠していた借金があると言っても「私が払います」と言ってくるケースがある。


 鷹匠になる夢を捨てきれない、は俺がよく使う別れの理由の一つだ。こういうのはぶっ飛んだ理由の方がいい。もちろん鷹匠についてちゃんと調べ、交際中から鷹匠になるのが子供の頃の夢だったと語っておくのは大事だ。


 不意に女が顔を上げ、俺の顔を見返した。


「他に好きな女のひとができたのね?」


「いえ――」


「私、知ってるの。赤い屋根の二階建てのアパートに住んでる女でしょ」


 尾行でもされたのだろうか。当然ながら他に女はいた。俺はプロの結婚詐欺師だ。この女も含めて、47人の女と付き合っている。

 

 だが、こういう状況もすでに想定済みだった。あわてず騒がず俺は告げた。


「姉のアパートかもしれません。いずれにせよ、香織さんの誤解だと思います。僕はあなたとしかお付き合いしていません」


 女が押し黙る。親族だと言い張れば、あとは水掛け論に持ち込める。悔しそうに女が唇を噛みしめ、視線をテーブルに落とした。こうなるともう地蔵のように動かなくなる。


(そろそろ引き上げ時かな……)

 

 俺はコップの水を一口飲み、少し間をとってからレシートをとり、席から立ち上がった。


「すいません。僕のことは忘れてください」


 ぺこりとお辞儀をして、テーブルを離れ、レジに向かった。二人分のコーヒー代を支払い、店を出る。


 しばらく歩いた後、道路沿いのコインパーキングに停めてあった高級外車のドアを電子錠で開ける。


 ガードレールに腰を預け、背広のポケットから煙草を出し、ライターで火をつけ、深々と煙を吐き出す。


 女と別れた後に吸う一服はたまらなく美味い。結婚詐欺師として仕事をやり遂げた充実感がある。


 ちなみに車の外で吸うのは、煙草の匂いが車内につくのを避けるためだ(煙草の匂いを嫌う女は多い)。


 俺は胸ポケットからスマホを取り出す。47人の女はすべてこのスマホで管理している。年齢、身長、職業、家族構成、はてはバストのサイズまで、細かくデータを打ち込んである。


(47人と付き合ってるからな……こうしておかないと誰が誰か思い出せない……)

 

 特に大事なのは、自分がどのような「男」を演じていたかだ。結婚詐欺師は、相手の女が望む男になりきらなくてはならない。


 金持ちが好きな女には羽振りのいい青年起業家を演じ、(レンタルした)高級外車でドライブに連れ出す。まじめな男が好きな女には、市役所の役人になりきり、度の入ってない眼鏡をかけて古書店街でデートをしたりする。


(今の女には商社マンだったけな……)

 

 学歴とか一流企業とか、ステイタスの好きそうな女だったので、エリート商社マンになりきった。そんな男が鷹匠の夢を追うのはどうかと思うが、夢はぶっ飛んでいた方が逆に信じられやすいのだ。


(さようなら、香織……)


 スマホの女の写真をゴミ箱に移動させる。今、別れたばかりの女が消去され、47股が46股に減った。


 煙草を道の排水溝に投げ捨て、ガードレールから離れたときだった。小学生ぐらいの男の子三人が歩道を追いかけっこをしながら走ってきた。


 先頭の子と身体がぶつかり、スマホが手からこぼれた。黒い筐体がアイスホッケーのパック(玉)のように道路に滑っていく。


 あ、と思ったときには、トラックがスマホを踏み潰していた。


 ◇


(今日でついに46人目か……長かったな……)


 喫茶店の片隅にあるテーブルで俺は疲れた顔でため息をついた。


 46人の女のデータを入れたスマホを失った後、俺は復旧させたLINEのやりとりを見て必死に記憶を思い出していった。


 毎日のように女に会い、記憶との整合性をとっていった。一人ずつ会っていったので、一ヶ月もかかってしまった。


(これから会う女で46人目……これで全員が判明する……)


 いちおう壊れたスマホは修理業者に出した。トラックのタイヤに踏み潰され、手の施しがようがなかったが、データだけでも取り出せないかと思った。業者は「あまり期待しないでくださいね」と言いながら一応引き受けてくれた。


 カランコロンとドアが鳴り、30代前半ぐらいの女が店内に入ってきた。隅にある俺のいるテーブルに近づいてくる。


 顔は美人でなければブスでもない。これといって特徴がない、ごく普通の容姿だった。


(誰だ? まったく記憶にない……)


 これまでの女は顔を見ればだいたいすぐ思い出した。なのに、この女は何も記憶がよみがえられない。


(ヤバい……何を話せばいいのか……)


 うかつなことを口にできない。たとえば前は「パイロット」と自己紹介していたのに、今さら「医者」だとは言えない。


(ええい、出たとこ勝負だ。話しながら辻褄を合わせていくしかない……)


 内心の動揺を押し隠しながら俺は言った。


「すいません。最近、忙しくてお会いできていなくて……」


「一ヶ月前にウチにいらっしゃって以来ですね」


 女が声を発した。容姿と同様、人の声は記憶を呼び覚ます重要な情報だ。だが、やっぱりこの女を思い出せない。


「……そうでしたね。ご自宅におうかがいしましたね」 


 冷たい汗が背中のシャツを濡らす。付き合っていた女は46人もいた上、一ヶ月前となるともうわけがわからない。


 だが、俺が部屋に行ったことを認めると、女が安堵した様子を見せた。


(一ヶ月も連絡がなかったから不安だったんだろうな……)


 ちょうど47人目の女に別れを告げ、スマホを壊した頃だ。ドタバタと忙しく、いちばん最後の女にたどり着くまで時間がかかってしまった。


「場所はたしか――」


 俺は言葉を止めた。その先は女に住所を言わせる算段だった。だが、なかなか女が口にしないので、痺れを切らして言った。


「中央線……でしたっけ?」


「いえ、小田急線です」


 女が少し不満そうに唇を尖らせる。そりゃそうだろう。付き合っている女の家の場所を忘れる男がいるだろうか。


 俺は自身の失態にに内心で舌打ちした。ただ「小田急線」というワードが俺の記憶の引き出しを開けた。


「喜多見じゃなかったですか?」


「ええ、そうです。良かった。お忘れになったんじゃないかと思って……」


「すいません。あのあたりにあまり土地勘がないもので……」


 だんだん記憶が戻ってきた。たしかに俺は喜多見にあるアパートに行ったことがある(一度ぐらいだろうが)。だが、いまだに女の顔と記憶が結びつかない。


(喜多見の女はこの女だったか? そんな気がするし、違うような気もする……)


 だが、他の45人の女で喜多見に住んでいた女はいなかった。必然的にこの女が46人目ということになる。


 そのとき、俺のスマホが鳴った。壊れたスマホを修理に出した業者だった。俺は「仕事の電話です。少し失礼します」と女に断り、席を離れた。店の隅に行き、声を潜めて会話をする。


「どうかしましたか?」


『なんとかデータを取り出せました』


 業者の男はそう言った。


「ほんとですか! あの……今からデータを僕のスマホに送ってもらうことってできますか?」


 業者は可能だと答えた。俺はメールアドレスを告げ、いったん電話を切った。すぐに46人分の女のデータが送信されてくる。俺は一人一人の顔写真とプロフィールを確認していった。


 今、会っている女の顔はなかなか出てこない。とうとう46人目になった。俺はスマホをタップしてデータを開いた。


(!…………)


 俺の目が大きく見開かれた。そこにあったのは別の女の顔だった。女の名前は「酒井明奈」、記憶が一気によみがえる。思い出した! 喜多見に住んでいる酒井明奈、たしか仕事は歯科衛生士だったはず。


 俺は視線を離れたテーブルに向けた。そこには酒井明奈ではない女が――46人目の女ではない別人が俺を待っている。


(だったら、あの女は誰なんだ?……なんで彼女のスマホを持っている? なぜここにやってきた?)


 彼女のスマホを拾ったのかもしれないが、だとしたら、どうして酒井明奈になりきって、彼女と付き合っていた男に会おうとする?


(本人に直接訊けばわかることか……) 


 俺はスマホをポケットにしまい、テーブルに戻っていく。心の中には苛立ちがあった。他人になりすますなんて、気味が悪い。詐欺でも考えている輩かもしれない――と自分のことを棚に上げて怒りを覚えた。


 席につくなり、俺は目の前の女に強い口調で言った。


「あなた、酒井明奈さんではないですよね?」


 女は押し黙っている。やはり別人だったのだ。問題は目的だ。マルチだかキャッチセールスだか出会い系だか知らないが、恐らく詐欺まがいの案件だろう。


 そのときだった。周りにいた喫茶店の客たちが会話をやめ、いっせいに立ち上がった。あっという間に俺は五、六人の男たちに取り囲まれた。


 男の一人が胸ポケットから黒い手帳を取り出す。


「警察です。署の方で少しお話を聞かせていただけますか」


 俺は席を立ち、男たちに取り囲まれて店を出ていった。「酒井明奈」になりすました女も一緒に付いてきた。恐らく婦警だろう。店の外に停めてあった乗用車の後部座席に押し込まれ、すぐに車が発進した。


 ◇


「どういうことなんですか? 僕が何かしたんですか?」


 警察の取調室、スチール製の机の向こうにいる中年の刑事に俺は訊いた。


 とはいえ半ば予想がついていた。俺が結婚詐欺師であることがバレたのだろう。恐らく酒井明奈が警察に通報し、婦警が代役に立てられ、まんまと俺が呼び出されたのだ。


「酒井明奈を知ってるな?」


「ええ、まあ……」


 自分が結婚詐欺にかけようとした女だ。忘れるはずがない(顔も忘れていたけれど)。


「彼女は殺された。一ヶ月前だ。自分のアパートで何者かに刺されて亡くなっていた」


「え?」


「しらばっくれるな。やったのはおまえだな? 現場におまえの指紋のついたコップが残っていたぞ」


 俺は絶句し、顔を青ざめさせた。警察が俺を容疑者として連行したのは間違いなかったが、嫌疑は結婚詐欺ではなく、殺人だった。


「おまえ、一ヶ月前、彼女のアパートに行ったな。喜多見にある赤い屋根の二階建てのアパートだ。忘れたとは言わせないぞ」


 業者から送られたデータのおかげで、酒井明奈に関する記憶を思い出していた。たしかに一度だけ彼女のアパートに行ったが、それは三ヶ月も前だ。だが、それより気になることがあった。


(赤い屋根のアパート?……)


 どこかでその言葉を聞いた覚えがある。必死に思い出そうとするのに、頭の中がモヤがかかったように霞んでいる。


 それは急に頭によみがえった。

 

(あの女か!)


 47人目の女だ。鷹匠になると喫茶店で別れを告げた女だ。別れ際、俺が別の女と付き合っているとなじり、尾行を匂わせるように、その女が赤い屋根のアパートに住んでいる、と言っていた。


(あの女が酒井明奈を刺し、俺が喫茶店で触ったコップを現場に置いたんだ……)


 俺はがっくり肩を落とした。


 これから長い取り調べが始まる。俺は刑事に自分がハメられたことを伝えるが、結婚詐欺師だったことはすぐにバレるだろう。現場には指紋のついたコップも残っている。どこまで俺の言葉が信じてもらえるのかはわからない。


 これで年貢の納め時だ。いやはやまったく……ため息交じりに俺は思った。女と浮気をするのは二股ぐらいにしておく方がいい。


(完)

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか、まさかの展開でした。 面白かったです。 [気になる点] 『酒井明奈』結婚詐欺にあったり、赤の他人に刺殺されたりでかわいそう!! [一言] やはり、お付き合いは二股程度が (↑違)…
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