単なる可能性
休み時間、アデルは俺に目で合図してすぐにレーナ・フィリス殿下の下へと向かった。
「殿下」
「レーナでかまわないわよ」
アデルの呼びかけに殿下は微笑みをもって返す。
「レーナ様、先ほどのホームルームのことなのですが」
「わたしもまだ詳しくは教えてもらってないのよ。ただ、戦力は何人か派遣してもらえるはずよ」
彼女に対して殿下は残念そうに言った。
殿下もまだ知らされていないということは、具体的なことはまだ決まってないのか?
「とにかくひとりになるなとは言われているわね」
殿下は言ってからちらりと左右のふたりを見る。
「わたしもアデルも心配いらないと思うけど」
殿下はそんなに心配していないようだが、アデルの反応は違う。
「差し出がましいですが、学園が一番狙われたくないのは殿下だと思うのですけど」
と遠慮がちに言った。
「学園が狙われたくないのはそうだろうけど、宝と言われるとわたしの可能性はむしろ低いわよ?」
殿下はあっけらかんと答える。
これは鈍感なのか、それとも豪胆なのか判断に困るなんだが。
「学園自体が大切にしているものとだとすると、我々が知らないもののほうが可能性は高いですね」
と言っておく。
殿下が深刻じゃないのに、深刻な意見を出し続けるのは難しいだろうし。
「そうなのよね。その点は現状どうしようもないわよね」
殿下はわが意を得たりとばかりにうなずく。
どうやら彼女の中で予告状を出した賊の標的は自分ではなく、学園が所有しているナニカらしい。
いまのところ両方の可能性があって、判断が難しいんだよな。
学園が狙いの場合俺たち生徒は関与しづらいだろうから、殿下を守ることに注力したほうがよさそうだ。
「騎士団って学園も守るのでしょうか?」
と疑問を口にしたのはユーリだった。
レーナ・フィリス殿下は気にしない性格だとわかってるからこそ言える。
「守らないでしょうね。学園だって守ってほしくないだろうし」
と殿下は答えた。
「それに学園側の戦力にはネフライト先生が含まれるもの。あの方に匹敵する戦力なんて、王国にはふたりしかいないわ」
補足したのはアデルだが、意味ありげに俺を見る。
まるで俺がネフライト先生に匹敵すると思っているようだ。
「残りふたりは今回の件で動くことはないでしょうね。国王陛下か皇太子殿が標的だったら別でしょうけど」
と殿下は言う。
暗に自分にそこまでの価値はないと吐露していた。
「さすがに三大戦力がふたりも必要な事態にはならないかと」
シリルが遠慮がちに言う。
そうだよな、普通に考えたら彼女の思うとおりだ。
……そう思うのに何だかいやな予感がするんだよな。
俺が倒した夢魔の存在が引っかかっているんだ。
まったく関係ない可能性のほうが高いと思う。
「ユーグ?」
アデルが怪訝そうな声を出す。
「何か懸念事項でもあるの?」
そして心配そうに聞いてくる。
「いや、気のせいだといいんだけど」
念のため俺は言うことにした。
情報と心配事の共有は大事だと思うからだ。
「ネフライト先生じゃないと手に負えないほどの存在、俺やアデルには心あたりがあるだろう?」
と言って意味ありげに彼女を見る。
アデルはすぐにぴんときたらしく、短く息をのむ。
その反応を見てレーナ・フィリス殿下は
「なるほど」
と言った。
「魔族の可能性は考慮してなかったわ」
俺たちにしか聞こえない声量でつぶやく。
「見事な想像力ね。一応父上には報告しておくわね」
と俺に微笑む。
「考えすぎだと思うんですが」
素直に考えて魔族がわざわざこの学園を狙う理由がないのだから。
「でも、無視するには危険すぎることよ」
俺は可能性の低さも提示したつもりだったが、殿下は考えを改めるつもりはなさそうだった。




