朝のホームルーム
ネフライト先生のホームルームは平常だった。
これは聞くしかないかなと俺が思い、アデルが手をあげようとした瞬間、
「最後に。朝の騒ぎはみなさんご存じでしょうか」
と不意に彼女は切り出す。
「何でも予告状なるものが届いたとか?」
クラスを代表するようにレーナ・フィリス殿下が発言する。
「ええ。『学園で最も大切なものを盗む、アルセイド・ルオン』と書かれていました」
隠すつもりはなかったのか、いい機会だと思ったのか。
ネフライト先生はすんなりと話す。
「学園で最も大切なもの?」
「なんだそれ?」
生徒たちはいっせいに困惑する。
俺も彼らと心情は同じだった。
『人』ならおそらく殿下のことだろう。
継承権は低いと言ってもれっきとした王族だし、彼女の身に何かあれば学園関係者のメンツは丸つぶれだ。
同じようなことを考えたらしい生徒たちが、ちらちら殿下に視線をやっている。
殿下が気づいていないはずがないが、平然として受け流していた。
いざというとき、狙われるのは王族として覚悟の上なんだろうか。
アデルもそうだけど、こういう胆力はさすが貴族女子って感じだな。
「そうです。宮廷に連絡した結果、何名か人手が送られてくることになりました」
と先生は言う。
「授業はそのままということですか?」
レーナ・フィリス殿下はネフライト先生に敬語で問いかける。
自分はいち生徒というつもりなのだろう。
「はい。予告状一枚で授業が止まるのは、王国の威信が丸つぶれですから。これは陛下の決定です」
ネフライト先生は殿下を見つめながら説明する。
「わかりました」
と殿下は返事をするが、予想通りだという様子だ。
王国の威信を考えれば、紙切れ一枚に屈しないというのは当然の判断だ。
もっともレーナ・フィリス殿下なら重要性が低いからという、うがった見方もできてしまうのだが……。
殿下本人が気にしていないならとやかく言わないほうがいいな。
と思っているとアデルが挙手をして質問する。
「どなたが派遣されてくるのでしょうか?」
「私はまだ聞いていませんが、おそらく騎士団から数名になると思います」
ネフライト先生は答えた。
まあ妥当なところだろう。
騎士団は要人の護衛の専門職と言える存在だ。
護衛の任務は単に強ければいいってものじゃないし、宮廷や王族の守りもおそろかにはできない。
騎士団を呼べるならうってつけだろうな。
騎士団が守りを固めれていれば、ネフライト先生が敵への攻撃に回れる。
まあネフライト先生は攻撃と防御、どっちが得意かなんて俺は知らないので、単なる想像でしかないけど。
アデルが座ったところで他の女子が手を挙げる。
「実家から護衛をよこすというのは無理なのでしょうか? 護衛戦力は多いほうがいいかと思うのですが」
それはどうなんだろうなと個人的には思う。
戦力を増やすという点ではメリットなんだが、知らない顔が増えるのはメリットばかりじゃないだろう。
日本人のときに読んだ怪盗ものだと、人が多くなる状況をわざと作ってその中にまぎれ込む、という手を使っていた。
「それは疑問ですね。不安はわかりますが、賊がまぎれ込みやすくなる状況を作るのは避けたいところです」
ネフライト先生は俺と同じような考えだったらしく、却下してしまう。
「そ、そうですね」
質問した女子はハッとして引き下がる。
顔が青くなっていたのは得体のしれない相手が忍び込んでくる様子を、想像してしまったのだろうか。
「不審人物に気をつけ、できるだけひとりにならないように。私から言えることは以上です」
とネフライト先生は言ってホームルームを終えた。




