ボネの決断
「オーガは強いが知能は高くなく、危機に対しても鈍感だ。そんなやつがわざわざ森林の外に出ようとしていたわけだ」
とボネが淡々として言う。
同じことをくり返しているようで、実のところちょっとだけ違う。
さらに警戒のラインが引き上げられたと考えるべきだ。
地味なようでいて違ってくる。
「もしもオーガが逃げ出すほどの存在が奥にいるとしたら、班長とユーグしか戦力にならないのでは?」
ひとりが懸念を口にした。
「それはそうだな。ここは一度引き上げてオーガを倒したことを報告しよう」
ボネは意外とあっさり撤退を選ぶ。
もうちょっと情報収集にこだわるかと思ったんだけど。
「もうすこし情報が欲しいが、戦力を失わないことはさらに優先される」
と彼は俺を見て言った。
……まさかと思うが、将来の軍官候補となった俺に教えて育てようとしているんだろうか?
「惜しいが引き上げよう」
と彼の言葉で俺たちは反転し、森林の外を目指すことになる。
とは言え先にボネがお屋敷へ連絡してからだ。
「ボネ班長がいなかったら、情報収集を優先したかもね。侯爵家トップレベルの戦力だから無茶できないって理由もあると思うよ」
と俺の左隣に移動したファシュが小声で言う。
「なるほどね」
大戦力を失っていいかどうかという問題はけっこう大事なんだな。
前世も似たような判断がおこなわれた、というのは風の便りで聞いたことはある。
まあ単純に戦力が低下するだけじゃなくて、遺族への補償金も必要になるしな。
「ユーグ、まだ大丈夫か?」
「ええ」
前を急ぐボネからの問いに返事をする。
実はこっそりと《風の加護》を使ってるからね。
でないと基礎体力の点からこの強行軍、いまの俺には厳しい。
「もしかしてユーグ、魔法使ってる?」
隣のファシュが息を切らせながらたずねてくる。
急ぎながら話せる余裕があるなんて、さすが体力も鍛えられてるな。
「うん、使わないときつい。魔力はまだまだ余裕がある」
《風の加護》は魔力の消耗が低い、かなりコスパが優秀な魔法だから。
もっと上のランクの魔法だったらこうはいかない。
「魔力に余裕があるならかまわないよね」
「あれだけ使ってまだ余裕があるのか」
「ユーグ、まじで逸材なんだな」
前方で先輩たちがそう言っている。
俺たちの会話をしっかり聞いていて反応するあたり、みんな鍛え方が違うんだね。
俺が郎党入りして目標にするとしたら、この基礎体力を作ることだろうか。
魔法使いだって基礎体力は大事になるだろうしね。
「前方にモンスターの集団! おそらく森林を抜けた先です!」
探知係がありがたいけどいやな報告をする。
「他にも逃げ出したモンスターがいるわけか。当然かもしれないが」
ボネが舌打ちしたそうな声で言う。
「班長、どうしますか?」
「森林の外でおとなしくしてくれたらいいんだが、期待はできないだろう? 意思疎通ができて共存可能な種は、この森林で確認されていない」
ひとりの問いに苦々しい声でボネは答える。
「さっき狼の群れを通したのは、もしかしたら失敗だったかもしれませんね」
「わかっている」
別のひとりの意見に、ボネはいやそうにうなずく。
後手に回っているというか、してやられている感じがあるせいか、いら立ちを抑えきれなくなってきたようだ。
冷静さを保っているあたり立派だなと感心する。
「ユーグ、ここの抑えを任せてもいいだろうか?」
彼の視線が俺をとらえた段階で、何となく言われることは予想できた。
「わかりました」
だからすぐにうなずく。
「ただ、ひとりでは心もとないので何人かつけていただけますか?」
そもそも俺ひとりじゃ帰り道も怪しい。
「わかっている。三人ほど残す」
ボネはきっぱりと言った。




