ご令嬢の要望
どうしようかと思うが、これは令嬢の気持ち一つなんだよな。
本当のことを言ったところで令嬢が俺のせいにすれば、みんなそっちを信じてしまう。
だから黙って彼女が何を言うかを待つしかない。
「ああ、わたしが頼んで魔法を見せてもらったのよ。ユニークな魔法を見られて楽しかったわ」
俺の懸念に反して令嬢は本当のことをあっけらかんと言った。
「アデル様」
メイドは困惑して彼女を見る。
そりゃまあ、メイドの立場からすればそうだろう。
たしなめるような視線を浴びせられてもアデル様は、すこしも悪びれない。
「だって毎日が退屈だもの。スリルを味わいたいとは言わないけれど、何か新鮮な経験が欲しいわ」
アデルはすねたように言って口をとがらせる。
「だからと言って見ず知らずの者に接近するのはおやめください」
メイドが言うのはもっともだと思う。
俺は怪しいものじゃないって言っても、貴族社会じゃ通らないからね。
下手すりゃ侯爵家の姫君に近寄る悪い虫と判断され、粛清の対象になりかねない。
もっとも俺自身が拒絶しても似たような結果になるんだから、教育で正しく導いてほしいものだ。
頼むからこっちに来るな、と貴族のワガママにふり回されていた前世の友人がぼやいてたな。
あいつの気持ち、改めてよくわかった。
「あら、デュノの子どもでしょ」
アデルは何ともないように答える。
「それにわたしがすこし悲鳴をあげたら、それだけで護衛が三十人は駆けつけるでしょ」
そしていたずらっぽい顔を作り、意味ありげにこっちを見た。
「やめてください、死んでしまいます」
俺は必死に懇願する。
「ふふふ、情けない顔も悪くないわね」
何がよかったのか、アデル様はゆかいそうに笑う。
もしかしてこの子加虐好きなのか?
「アデル様」
メイドがもう一度たしなめる。
頑張れメイドさん、今はあなただけが頼りです。
「彼はお父様のご命令で待機してるのよ。なら、その間わたしの相手をさせても問題ないでしょう? デュノの子なんだし」
親の配下の子どもは自分の配下って感覚は、貴族だと一般的だ。
むしろ自分が注意されるようなことを一切隠さないだけ、まだ性格はまともな部類ですらある。
メイドはあきらめたようにため息をついた。
「旦那様は彼にご用があるようです。そのご用がはたせなくなるような事態は、アデル様といえど避けなければいけませんよ」
まあ俺の実力を見てたしかめようという流れだったのに、お嬢様が疲れさせて無理でしたって展開は、いくら何でもってことだろう。
「それは気づいてるけど、どんな御用なの? それを知らないと何がいけないのか、わからないわよ」
アデル様はそう言ってこっちにサファイアの瞳を向ける。
俺で退屈しのぎをするという発想を捨てる意思は、まったくないらしい。
一応事情を聞いてくれるだけいいのだろう。
さてどう言えばいいのか、もとい信じてもらえるのか。
「僕の『魔法剣士』としての実力を、侯爵様にご覧いただければと父が提案して、それが採用されたのです」
「へえ、その年で? たしかに珍しい魔法を使うと思ったけど」
俺の説明にアデル様はまたたきを二度しながらも信じてくれたようだ。
一方でメイドさんは半信半疑という顔だけど、こっちのほうが普通の反応なんだろうなあ。
「それだと魔法をあんまり使わせるのはたしかに悪いわね」
アデル様の発言にすこし安心する。
いくら実父が自分に甘いとわかっていても、予定を台無しにするつもりはないようだ。
「じゃあ何かお話でもしてよ」
とアデル様は要求する。
「話ですか」
まともな要求に思えてかなりの難題だぞ。
退屈している貴族令嬢を楽しませる話題なんて、貧乏騎士の子どもで前世も凡人だった俺にあるはずがない。
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