叶わない憧れも
おれは成績が割とよく、中でも理数系が得意だった。
そんなおれは、高校進学に当たり、当初は理数に力を入れている高校に通う事を考えていた。
おれの住む町はそこそこの田舎で、当然ながらそのような専門的な学科のある高校など、通える距離にはなかった。だから、当初の希望通りに進学するならば、寮暮らしが必須となる。それはつまり、この家を出ていくという事で………
流羽と、離れ離れになる。
悩んで悩んで、ギリギリで進学先を変えた。
専門的な勉強がしたければ、大学へ行けばいい。院だってある。焦らなくてもそれで十分な気もしてきた。
流羽と、同じ高校を受けよう。
そうすれば、一緒に通学だってできる。側に、居てられる。流羽しか見えていないのに、他に彼女を作るなんて馬鹿な真似はもうやめて、ずっと流羽の側に居てやろう。
振り向かせればいいんだ。失恋が怖いなら、おれに惚れさせてやればいい。しつこく側に居続ければ、可能性はゼロじゃない。自慢じゃないが、見た目には自信がある。中身には自信がないけれど、ずっと側にいたんだ、嫌われてはいないはず。
あとは、流羽におれを男として意識させてやれば、いけるかもしれない………。
幸せな高校生活を夢見て、流羽が第一志望にしていた高校を受けに行く。晴れやかな顔で家を出たおれは、呆然として帰宅した。
受験番号は、クラス順の名簿順で連番で続いている。だから、試験を受ける時の机も勿論その順番に並んでいて、要するに、同じ中学の奴らはみんな同じ教室で受けていた。
なのに、流羽の姿がどこにもない。いない。
―――――流羽は、別の高校を受けていた。
「なんで西受けてないんだよ。北女って」
「友達に誘われて、制服可愛いからいいなと思って」
「ふぅん……確かに可愛いけど、流羽には似合わないんじゃない?」
腹が立って、嫌味な言葉が口から出た。
可愛い制服なんて着て、どうするつもりだよ。彼氏でも、作る気?
西高と北女では、電車の方向からして違う。
なんだよそれ。ずっと側に居ようと決めたのに。
苛々して自分の部屋に籠って過ごし、でもやっぱり、せめて放課後だけでも一緒に居てやろうと思い直し、再び流羽の部屋へと足を運ぶ。
そうして、崩れかけた計画をなんとか、もう一度形にしようとしてみたけれど。
今度は流羽の部屋から、流羽の姿がいなくなった。
平日はバイト、休日は出かけているらしい。
流羽の部屋に行こうとすると、そう言っておばさんに済まなさそうな顔をされる日々が続き―――そしておれは、流羽の側へ行くことを、諦めた。
けれどやっぱり、心のどこかで諦めきれていなかったのか、おれはずっと一人でいた。高校に入り、相変わらず色々な子に告られたけれど、どの子も無視して過ごしていた。
それでもたまに強引な子がいて、彼女気取りで腕を取って歩いたり、家まで着いてきたりする。そして間の悪い事に、そういう時に限って普段会えないあの子に出会うのだ。
おれを見て。隣に並ぶ女の子をチラリと見て、感動のない視線をすぐに背け、どこかへ行く。
「………流羽、こいつは違っ」
「なに、離してよ圭。わたしこれから出かけるんだから」
邪魔そうに振り払われ、去っていく流羽の後ろ姿を眺めながら、おれは呆然と立ち尽くしていた。
……おれ今、なに言おうとした?
こいつは彼女じゃない、付き合ってないって言おうとした?
そんな事言って、流羽にとって、だからどうしたって話だよな。だって中学時代のおれは、何人もの女の子と付き合ってきた。もちろん流羽だって知っている。
違うも何もない。とっくの昔に、流羽の目から見たおれは、常に彼女を連れ歩いているような奴なんだ。中学を卒業してから今の今まで、おれが彼女も作らずフリーでいるだとか、逆に驚かれるかもしれない。
そのくらい、流羽にとっておれに彼女がいるという事は、彼女にとっての日常で、否定する程の事でもなくて………どうでもいいような事で……。
「どうしたんだよ、圭一。中学卒業してぱったり彼女作るの止めたのな。もう飽きたのか?」
「朔太……」
高校は、朔太も一緒だった。
どうやら朔太も流羽に合わせて西高を受けたらしく、流羽が女子高に行ったと知り、分かりやすくガックリと肩を落としていた。
「飽きたって言うかさ……どうせ付き合うなら、好きな子を彼女にしたくてさー……」
袋小路に迷い込んで、抜け出せない。希望する未来への道筋が見えなくて、おれは途方に暮れていた。気付けば、朔太に本音を漏らしていた。
「……それ、流羽のこと?」
朔太の目つきが鋭くなった。黙って目を伏せたおれを見て、おもむろに溜息をついた。
「俺、卒業式に、流羽に告白してみたんだよ」
「―――え?」
「すっぱり振られたけど。なんて言われたと思う?」
朔太、いつの間に流羽に告ってたんだ。
今頃、流羽がコイツと付き合っていたかもしれないと思うと、心臓がドキドキと鳴りだした。
朔太が振られた理由、か。
隣に並ぶ朔太に、チラリと目を向ける。
日に焼けた肌にすっきりと刈られた短い髪。イケメンという訳ではないが、爽やかな笑顔が好印象なタイプだ。陸上部で足が速く、運動神経のいい朔太は、女子にもそこそこモテたはず。
流羽だって朔太と仲良くしていたし、朔太の事が嫌いではないと思う。
朔太に原因があるとは思えない。
「彼氏とか、興味無いって言われたのか?」
「いや、彼氏は欲しいって言ってたよ」
「へっ!?」
意外過ぎて変な声が出た。
あの流羽が、彼氏が欲しいだって?
てっきり、流羽の意識がお子様すぎて、男といるより女友達といる方が楽しいから―――なんて理由を想像していたのに。
なんだよ。彼氏が欲しいなら、おれと付き合えよ。
……って、朔太も思っただろな……
落ち着きなく目線を動かすおれに、朔太が真剣な顔をして、言った。
「朔くんは、本気だから付き合えない」
「―――――は?」
「好きな人がいるんだってさ。でも、そいつには彼女がいるから諦めてるんだってさ。だから彼氏は欲しいけど、本気の人は申し訳ないから付き合えないんだってよ」
流羽に、好きな人がいる?
その可能性は考えた事がなかった。
「……誰、そいつ」
「そこまで、俺が勝手に教える訳にはいかないだろ。知りたかったら流羽に直接聞けよ」
「…………」
冷たく一瞥され、おれはそれ以上、朔太に何も言えなかった。
本気だから付き合えない、か。
じゃあおれ、ダメじゃん。
好きな人ってなんだよ。おれは何も聞いてない。おれはずっと、隠し事をされていた。流羽のこと、なんでも知ってるつもりでいたのに――――
「ああもう!」
苛々して。自棄になったおれはまた、彼女を作り始めていた。
自分でもしつこい男だと思う。
高校3年の夏になり、進学について悩んでいたある日のこと。家に帰ると、リビングで母さんが、流羽の母さんとおれ達の進路の話で盛り上がっていた。
流羽はどうやら、文学部志望のようで、第一志望の大学名が耳に入ってきた。そこはマンモス大で、理系の学部だって充実している。おれの学力でも無理なく合格できるレベルの大学で、調べてみると、カリキュラムも興味深い内容で、研究内容だって悪くない。
大学は同じところに通ってやる。
流羽には内緒で受験した。最も、顔を合わせる機会が極端に減っていたので、話す機会もなかった訳だけど。
あれから一年以上経ってるんだ。そろそろ、好きだって奴の事、忘れてないかな。本当は高校でするつもりだったあの計画を、大学で始めてみようかな。
今度こそ、流羽の側にいて。あいつを振り向かせてやろう。
そうして無事に合格して、母親情報から流羽も同じ大学に進学が決まったと聞き、ほくそ笑みながら一人暮らしの準備を進めていく。入学式の当日を迎え、流羽を見つけ、早速声を掛けてみた。
「久し振り。流羽も同じ大学だったんだな」
――――あれ?
振り返った流羽は、おれを見て驚愕の表情を浮かべていた。
こくり、と微かに頷かれ、足早に去っていく。
なんだよ、この反応は……。
嫌な予感がする。額から脂汗が滲み出てきた。今までずっと気付かずにいたけれど、もしかして……
流羽が受験する高校を直前で変えたのは、おれを避けるため?
バイトを始めたのも、休日に出かけていなくなったのも、おれを避けるため?
そう考えると、ピタリとピースが嵌る。
コロコロ彼女を変えるおれを見て、密かに軽蔑していたのだろうか。彼女達と別れる度に、部屋に押し掛けて愚痴を言うおれが、いい加減うざかったのだろうか。
おれは流羽に、嫌われていたのかも知れない………。
かくして。折角同じ大学に進学したにも拘らず、おれは今までと変わらない毎日を送っていた。




