終わりに向けて
観光名所を一通り見て回った後、わたしたちは再び駅に向かった。
道中に立ち並ぶ可愛いお店を、ふらふらと覗いていく。和小物のお店、ガラス細工のお店、アクセサリーショップに雑貨屋さん。色々なお店が並ぶ中、ひときわ大きな建物があり、引き寄せられるように中に入った。
そこは2階建てのオルゴールショップで、奥のスペースには、アンティーク風の展示物が飾られていた。
中央のホールでは、あちこちに様々なタイプのオルゴールが置いてある。キラキラと綺麗に光るオルゴール。ぬいぐるみの愛らしいオルゴール。ピアノの形をしたものや、宝箱の形をしたもの、などなど様々な大小のオルゴールが一面に広がっていた。
見ているだけで癒されそう。空間が丸ごと可愛くて、思わず歓喜の声を上げる。
「どれもこれも可愛すぎ!」
圭がクスリと笑う。まーた、子供っぽいって思われてるな。
「流羽、顔緩みすぎ」
「もう、見ちゃだめ!」
圭から離れて、並べてあるオルゴールを眺めていく。にやにやしながら音を鳴らしてみたり、手に取って細部の仕掛けに感動したりしていると、圭がうつむいて肩を震わせていた。
笑うんじゃない、失礼な!
「気に入ったのがあれば、プレゼントするよ」
圭が顔を上げた。笑いをこらえるような表情で、目尻には薄っすらと涙が溜まってる。
「え、いいよ。自分で買うよ」
「そう言わずにさ。いつもご馳走になってるお礼させてよ」
「ええ……でも、それは……バイトのお迎え来て貰ってるし……」
「あれはただのデートだから」
圭の手のひらが、わたしの頭に優しく触れた。
「いいから受け取って。今日の記念に」
どんな記念よ。
コテン、と首を傾げていると、圭の優しい眼差しと目が合った。逸らすように、足元のレモンイエローに目を配る。
記念……か。
「じゃあ、買って貰おうかな。記念に」
くるりと辺りを見て回り、少し迷って、ひとつのオルゴールを手に取った。
ヴァイオリンを持った女の子のオルゴール。台座のねじを回すと、クルクルと回転しながら、パッヘルベルのカノンが流れてくる。
圭と、少しの間だけでも付き合っていた記念に。
こんな可愛いオルゴールを部屋に飾るのも、いいかもしれない。
「ありがとう!」
にっこり笑ってお礼を言うと、圭が満足そうに目を細めていた。
◆ ◇
10月も終わりに近づき、段々と日が短くなっている。
オルゴールショップを出ると、辺りはもう薄暗くなっていた。
電車に乗って、最寄り駅を通り越し、繁華街の方で降りる。大通りから少し小径に入った所にある、お洒落なイタリアンのお店に連れられた。
こんなお店、こんなところにあったんだ。知らなかった……。
早めに入ったせいか、ここでも待たずに席につけた。今日は一日、いいテンポで回れている。
「ワイン飲みたい?」
ニヤリと笑われて、慌てて首を振った。
「ううん、やめとく! 圭の言う通り、慣れるまで外で飲むのは控えるよ」
「飲みたいなら止めないけど? 心配しなくてもちゃんと家まで運んでやるよ」
ええ!?
なんか、倒れる事前提になってるし……!
「こんなところで倒れたくないよ。お酒飲むなら家で飲むっ」
「じゃあ後で、流羽の家で飲もうか」
「うん……」
手慣れた様子でウエイターを呼び、圭がコース料理を注文した。
運ばれた食事はとても美味しくて、ワインと合いそうだと思った。圭もわたしに合わせてくれたのか、一緒に水を飲んでいた。
計画なんて立てた事ない、なんて言ってたのに。
女の子の好きそうな場所に連れてって。
女の子の喜びそうなお店でディナーにして。
慣れた人が立てたようなプランだなぁ。
家に籠ってばかりいる圭にしては、意外なチョイスの連続だ。
お店を出ると、すっかり真っ暗になっていた。
空気が冷たくて、身震いをする。上着を持って来れば良かった。
今の時期は昼夜の温度差が激しい。昼間は温かかったのに、夜間はワンピース一枚だと身体が冷える。
「……圭?」
わたしの肩に重みがかかり、温かな空気にくるまれた。ふわりと圭の匂いが漂ってくる。
これ、もしかしなくても、圭のコート……。
「やっぱり夜は冷えるな」
「わわ、返すよ! こんなことしたら、圭が寒いでしょ?」
「おれはいいよ。そこまで寒くないから、気にせず流羽が着てて」
わたしの頭に、ぽんぽんと優しく圭の手のひらが乗った。
黒いコートの下は、薄そうな長袖のカットソー1枚だ。
「このコート、やっぱり返すよ。わたしにはちょっと重すぎるみたい」
「重い?」
「重いよ。圭は背が高いから、コートも丈が長くて大きいでしょ。その分重くて、わたしが着ると肩が凝っちゃう」
濁すように笑いながら、黒のコートを脱いで圭に手渡した。
不満そうな顔をして、圭が再びコートを羽織る。じっと黙った後、圭がわたしに手招きをした。
「流羽、こっち」
「へ?」
圭の正面に立つと、背後からふわりと黒のコートが身体にかかる。
「え、え、え?」
圭がコートの前を開け、わたしをその中に入れていた。突然の事に身体が固まる。
「これなら重くないだろ?」
「え、でも、歩きにくくない?」
「ゆっくり歩けばいいんだよ。こうしていれば2人とも寒くないし、肩も凝らないだろ。いいから、一緒に温まって帰ろ」
コートの中は圭の匂いでいっぱいで。
背中に寄せられた圭の身体はとても、温かくて。
朝の電車の時よりも、心臓の音がざわざわ、騒がしい……。
あの時と違って、ガタゴトと揺れる音なんて何処からも聞こえてこない。
人混み特有の雑多な騒音と、車のクラクションが時折流れる程度の喧騒の中、わたしは自分から出されたこの音が圭に伝わらないと良いな、と真剣に願っていた。
「今日、どうだった?」
幼い子どものようにのろのろと歩く中、背後から囁くような声がした。
「なにが?」
「デート。満足してくれた?」
自信たっぷりな口調で、圭がわたしに問いかけた。これ、答え分かってて聞いてるよね。
今日はずっと、圭はわたしを見てにやついていた。
それはつまり。わたしの様子を見て、計画が成功したと思えたからであって……
こくんと頷く。
「良かった。今日ずっと、楽しそうにしてくれていたもんな、流羽」
嬉しそうな圭の声に、頬がほんのりと熱くなる。
トップシークレットなんて言っちゃって。
秘密にしてずっと、内緒にして。わたしの為に、圭が計画を立ててくれたんだ。
わたしを喜ばせようとしてくれたのかな……。
想像すると、わたしも嬉しくなってしまった。ふふ、と笑みを零してしまう。
「うん、楽しかったよ、ずっと」
「そっか。じゃあデートが駄目で振られることは、ないと思っていいのかな?」
――――ああ、そういうことか。
何気なく口にした圭の言葉に、緩んだ表情のまま、わたしの顔は時が止まった。
頬の熱が、すっと冷めていく。
「うん……これなら、大丈夫だと思うよ……」
あぶない、あぶない。
勘違いして思い上がるところだった。わたしは練習台なのに。
圭が頑張っていたのは、わたしを喜ばせる為じゃない。わたしの『合格』が欲しかったんだ。圭にとってこのデートは、本命の子に通用するかを試す為の、試験のようなもの。
冷たい空気に頭を冷やしながら、夜道を歩いた。
背後にいる圭は、温かくて、懐かしい匂いがして。近い距離でずっと2人で歩いていたけれど。
―――なんだか遠くにいるように、感じていた。




