第96話 閑話 まさかの再会 そしてライバル
本日もよろしくお願い致します。
「とりあえず最後尾、沢良木君の隣かなー」
あたしの座る席は、と言うことで高橋先生があたしに向けてそう言った。
え、沢良木!?
高橋先生の言葉に心が跳ねるが、いやいや待て待て、と自分を落ち着かせた。
ついさっき考えていただけに、名前がタイムリー過ぎた。
恥ずかしさが表情に出ないように必死に堪えて、高橋先生に聞き返した。
「……沢良木、君ですか?」
でも、沢良木って珍しい名字だよね?
あんまり聞かないけれど、この辺だと多いのかな?
「ええ、この列の一番後ろだよ。菅野さんの机はその隣。既に準備してるからね」
そう高橋先生が指差す方向を見ると確かに空いている席があった。そしてそのお隣。沢良木君と言う生徒が隣に居る筈なのだが、前の生徒の影になっていてよくは見えなかった。
高橋先生に促され、あたしは自分の席へ向かった。
机と机との間を歩いていくと、クラス中の視線が集まる。その視線に含まれる感情は興味や羨望といったものを感じた。
アイドル時代から見られる事に慣れているとは言え、こうやっていつまでも好奇の視線に晒され続けるのは嫌気がさしてくる。辞めたことで気付くこともあるようだ。
自分ってアイドルに向いて無かったのかも知れない、なんて今更の様に感じてしまった。
早く馴染めれば、そう思う。
しかし、その視線の中にふと違和感を感じた。
……ん?
うわ、金髪……。
……あれ? でも、これ地毛だよね見た感じ。すごいなぁ。
染髪では到底出せない、とても綺麗な金髪だった。
でも何で? とも思う。
違和感の正体は金髪の小柄な少女からの視線だったのだ。
何だろ……。
どこか不安気な様な……勝ち気な様な……あやふやに見える、かな?
でも……よく見れば美少女だなぁ……。
「……」
その視線の理由を考えたところで、あたしにはまるで分からない。
どうしようも無く、あたしは視線を外した。
……んん?
そして、再び違和感。
何だか忙しいなと思いつつも"それ"を探る。
今度は違う。
どちらかと言えば胸が弾む感じ。
"それ"は視界に捉えると直ぐに分かった。
嘘、嘘だよね、と胸の鼓動が早くなる。
嘘、を肯定する要素が見つからない。だって、見間違う筈もないもの。この1ヶ月を共に過ごして、あたしの心を乱した張本人。
さっきの恥ずかしい勘違いも本当だった。
あのタイミングで思い出すなんて運命的じゃないか、なんて少女趣味な思考になってしまう程で。
何故ここに、なんていう疑問は既に頭の隅に追いやられている。
早く、早くその顔を近くで見たい。
その一心で自然と足は早足になる。
そして、ようやくたどり着いた"彼"の席。
突如立ち止まったあたしに教室がざわめくが、そんなものは気にも留まらない。
"彼"は何故か机に伏せていて顔がちゃんと見えない。
だったらあたしが合わせれば良いだけ。
あたしはおもむろに机に手をかけるとしゃがみ込む。そして、尚も俯く"彼"と強制的に目線を合わせた。
「……どう見ても宗君だよね?」
声が弾むのを、表情がにやけてしまうのを必死に我慢して、声をかけた。
「よ、よう?」
なんだかぎこちない笑い方だったけれど、あたしは久しぶりに会えた宗君に笑顔が溢れたのだった。
久しぶりの宗君に、思わず手を取ってはしゃいでしまったけれど、早々に宗君に窘められてしまった。
はんせーはんせー。
その場は大人しく席に着くのだった。
ホームルームが終わり高橋先生が教室を出ていった1時限目までの空き時間。
あたしはすかさず隣の宗君に詰め寄る。
「ねねっ、宗君!」
彼とあたしの距離は50センチも無い。
直ぐ側に宗君が居る。
その事実だけで幸せな気持ちになる。
あまつさえ席が隣同士、なんてラッキーなんだろう!
「もうね、色々聞きたい事があるんだけどさ!」
嬉しすぎて考えが纏まらないよ!
何から話そう? 何から話したら良いんだろう?
あたしに尻尾が生えていたらきっとブンブン振ってると思う!
「お、おう」
あたしのテンションに宗君も少し引いている。
はんせーはんせー!
「久しぶりだねー! 半月ぶりかな?」
そう半月だ。
半月も宗君への思いをこの胸に燻らせてきたのだ。
「ああ……」
「夏休みは毎日一緒に居れたのに、急に会えなくなったから寂しかったよー」
ホントにコレだ。
毎日送り迎えをしてもらって、たまに買い物したり、ご飯を食べたり。
決して少なくない時間を彼と過ごして来たんだ。
それがパタリと無くなってしまうのは、思った以上に寂しかった。
ましてや、自分の気持ちに気付いていれば尚更。
「こっちも忙しくて中々行けなくてね。これでも宗君に会いたかったんだよ?」
話したい気持ちが止まらない。
前までなら恥ずかしくて言えなかったような気持ちもどんどんと口をついて出てくる。
だから、こんな言葉まで宗君に伝えてしまうはしょうがないの。
「でも、これからは毎日会えるね!」
きゃー!!! 言っちゃった!!! 遠回しに意識してるって言っちゃった様なもんじゃない!!!
でも大丈夫、後悔はしていない!!!
恥ずかしさを嬉しさが勝ったあたしは怖いもの無しだった。
宗君の苦笑いですら嬉しくなってしまうくらい。
あたしは満面の笑みを宗君にプレゼントするのだった。
「……っ!?」
と、その時、宗君が突如後ろを振り返った。
その姿は恐る恐ると言った言葉がぴったりな様子で。
何事かとあたしは見守る。
「???」
「……」
終いには宗君は後ろを向いたまま固まってしまった。
え、何?
どうしたの?
「さ、斉藤さん……?」
宗君の呟きが耳を打つ。
斉藤さん?
誰だろう?
呼ばれたのかな?
でも、よりによってあたしと宗君がお話していたところを邪魔するなんて酷いなぁ。
「うん?」
宗君の呼び掛けに、鈴を転がすような声が聞こえた。
え、女の子。え?
あたしは見た。
宗君の肩越しに、金髪の少女を。
そして、直ぐに思い出した。
先程の視線を。
「あ、沢良木君。少しお手伝いをお願いしても良いかな? 日直で機材の運ぶように先生に言われているんだよ」
「お、おう。わかった」
宗君にお願いをする様子は女子から見ても可愛らしくて、何故だろう不思議とあざとさを感じないものだった。そして案の定、宗君が斉藤と言う子の頼み事を二つ返事で受けてしまった。
あたしからすれば当然面白くない。
「えへへ、ありがとう! それじゃ早速だけど行こうよ!」
宗君へ向ける眩しいほどの笑みにあたしはドキリとする。
ああそうか、と嫌でも気付く。気付いた。
宗君の手を取った"斉藤さん"に、あたしはすかさず待ったをかけた。
「ちょっと貴方……」
「何かな?」
斉藤さんは笑みを湛えたまま、あたしへと振り返る。
あたしも負けじと笑みを返す。
そして、あたし達二人の視線は鋭く交差した。
そう、お互いに気付いている。
あたし達が浮かべているのは作り物の笑みだと。
胸に秘めたる想いのカタチも。
「あたしが宗君と話してたんだけど?」
「あ、そうなの? ごめんね。気付かなかったよ」
「へ、へぇ? そう、気付かなかったの……」
思わず頬がひきつってしまうのが分かる。
なんてわざとらしい言い草なのか。
「「ふ、ふふふ……」」
どちらからともなく突然笑い出すあたし達。
しかし、それぞれの目は全く笑っていなくて。
あたしは胸中で今の思いを目一杯叫ぶ。
こいつ、ライバルだーっ!!!
お読み頂きありがとうございました。
真澄ちゃん視点のファーストコンタクトでした。
次回もよろしくお願いいたします。




