第95話 閑話 普通の女子高生として
大変、大変長らくお待たせしました。
投稿再開致します!
良ければご覧ください。
御崎高校。
それが今回の引っ越しに伴い決定した編入先だった。
夏休み前まで通っていた学校へは御崎市から通えないこともないのだけれど、通学に1時間以上かかる事を考えると、無理して通う必要も無いのではないか。そう家族との話し合いで決まった。
前の学校に強い思い入れがあった訳でも無く、ここ御崎は両親の故郷と言うこともあって、あたし自身も取り立てて反対は無かった。
例の一件からアイドルも引退することが決まり、ただの菅野真澄として再スタートを切るのだ。
あたしは最早芸能人でも何でもない、ただ一人の女子高生。最初は馴染むのも難しいかも知れない。でも、普通の女の子として学校生活を過ごしたい、そう思う。
友達と一緒に勉強や宿題をして、放課後には寄り道しながら買い物したり買い食いしたり。たまに恋ばなしてみたり。
……そう言えば、宗君の所結局遊びに行けなかったなぁ。
あれから半月かぁ。
あたしは最後に宗君に会った日から指折り数える。
やっぱり会えない日が続くと……と、とにかく、あたしはキラキラした女子高生ライフを謳歌するのだ!
と、意気込んで迎えた夏休み明け。
「えっ!? 編入手続きまだ終わって無いの!?」
「真澄ちゃんごめーん!」
あたしはいきなり出鼻を挫かれた……。
そんなこんなでようやく迎えた登校初日。
編入の関係上、少し遅めの登校時間だ。
真新しい制服に身を包み、鏡の前で身だしなみの最終チェックをする。
新しい学校へ通うと言うことで、髪は腰近くまでのロングだったものをセミロング程までカットしてみた。
しばらく長くしていたので、まだ少し慣れないけれど変では無いはず。
うん、可愛い可愛い……多分。
一度宗君に聞いてみたいところではあるね。
今日は少し曇っているからか肌寒いぐらいなので、結わずにそのまま下ろして行くことにした。
カバンの中の持ち物も大丈夫。
中身を見て頷く。
「……よし」
結局、1週間程遅れた編入となった。
スタートから躓い形になってしまったが、巻き返すつもりで頑張ろう、と握りこぶしを作り自分を鼓舞した。
あたしは気持ちを新たにマンションを出た。
……学校では既に授業が通常通り行われていることを失念したままで。
教科書が自室の机の上でお留守番している事に気が付くのは、学校に着いてからになるのであった。
カバンの中身をチェックしたのは何なのだったのか……。
マンションの近くのバス停から駅行きのバスに乗る。駅のバスターミナルに着いた後は高校のある駅まで電車に乗り、そこからは歩きとなる。これが基本的な通学路だ。
バス、電車に関しては都心での生活が長いお陰で慣れたものだ。
交通機関の混み具合も都心と比べるのもバカらしい空き具合。
学生の姿も殆ど無い中、悠々と座席を確保して学校へ向かうのだった。
「ねぇあれ、ますみん……かな?」
「え、どこ?」
「嘘、本物~?」
それは、電車へと乗り換え、間もなく降りる駅まで着こうかという頃聞こえた。
最早芸能人としては慣れ親しんだささやき声。
まあ、元、ですけど。
逆に今までよく気づかれなかったな、なんて思うくらいだけどね。
多分都心だったら、この時点で数回は声をかけられてたなぁ。変装だって特にしていないし。
自意識過剰って訳では無くてね、一応それくらいの人気はあったわけで……って、誰に言い訳してんだろ。
「はぁ……」
あたしは小さくため息を吐いた。
ん、声かけて来ないな……。
芸能人が声をかけられた時の対応パターンも色々だけど、あたしは軽く手を振るくらいにしていた。
勝手に写真を撮られるのは勘弁して欲しいけれど。
しかし、一応、実質の引退であるあたし。
もうアイドルじゃないんだけど、今後もし声をかけられた時ってどうしたら良いんだろう?
なんてぼんやりと外の景色を眺めながら過ごした。
結果して、声をかけれる事もなく駅に到着してしまった。
まさか本人がいるとも思わなかったのかな。
駅を降りてから学校までの道のりはさほど難しくも無い。
徒歩10分程の道のりで、夏休み中に一度訪れた時に覚えられたくらいだ。
これが、今日からあたしの通学路になるんだね。なんて少し感慨にふけながら学校への道のりを進んだのだった。
職員室へ赴き、挨拶等を終えるとあたしが編入するクラス、1年2組へと担任の先生と向かった。
廊下で待つこと暫し。教師のあたしを呼ぶ声が聞こえる。
いよいよあたしは新たなクラスへと踏み込むのだ。
廊下からは教室の中のざわざわとした喧騒が感じられた。
「……ふぅ」
大丈夫。
緊張は適度。
これくらいの人数、大したこと無いでしょう。
前なら100人単位だってざらだったんだ。
うん、大丈夫。
ガラガラ。
と教室の引き戸を開け、あたしは教室へ入った。
教室を満たしていた喧騒は、打って変わって静まりかえった。
皆、一様に信じられない物を見たかの様な表情になっている。
あたしは内心苦笑した。
最初はしょうがないかな……。
「転校生として今日からクラスの一員になる……まぁ、皆知ってるかぁ。それじゃ、自己紹介してね!」
小柄で可愛らしい容姿の先生、高橋先生に促され、あたしは一歩前に出た。
「今日から皆さんと一緒に学ばさせて頂く、菅野真澄と申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
あたしの新しい高校生活がスタートを切った。
あたしの挨拶を聞くと、想像通り教室が大騒ぎになってしまった。
仕方ないかぁ、と思いながら苦笑してしまう。
「……ぇ?」
大騒ぎの教室を見渡したあたしの目があり得ないもの、"あの人"を捉えた気がした。
慌てて探すけれど、やっぱり見えなくて。
「……」
……いやぁ、恥ずかしいなぁコレ。
居る筈の無い人を見てしまうなんて。
あたし、そんなに宗君に会いたいのかな……。
いや、確かに会いたいけどさ。事務所で会ってから一回も会えて無い訳だし。
それに、大切な友達、だし……?
はぅ……。
いえ、わかってますとも、自分の気持ちくらい。
事務所で会った瞬間に思わず抱き付いてしまうくらいだもの。
両親の前であることも忘れて。
男の子の友達が居なかった訳じゃないけれど、好きになるとか付き合いたい、なんて思う人は現れなかった。それに加えて、やっぱり同年代では子供っぽく見えてしまうことの方が多く、惹かれるまではいかなかった。中学生、高一の男子を思い浮かべて欲しい。言わんとすることが分かるかな?
親の仕事関係や仕事の関係で昔から大人に囲まれていた、と言うのも大きいのかな。
宗君を思い出す。
1ヶ月一緒に過ごして彼のいろんな所を見てきた。
年上と言うこともあって落ち着いていて、気遣い出来る所や余裕がある所も大人っぽい。
だけど、変な所で屁理屈をこねて子供っぽかったり、たまに抜けてたりして、そこが可愛かったり。
それに、イケメンだし……。
あたしのアイドルと言う肩書きにも頓着するわけでも無く、普通の女の子として接してくれた。
仕事の影響で友達とも疎遠になり、仕事に追われる日々で一人ぼっちだったあたしと友達になってくれた。
彼と日々を過ごす自分はいつも素直になれていた。
でも、やっぱり一番は、あたしを守ってくれたことで。
……そりゃ、惚れちゃうよ。
改めて馳せた宗君への思いに胸が熱くなった。
って、今は学校じゃん!
何考えてるんだろあたし……。
それもこれも、あたしを好きにさせた宗君が悪いんだから!
胸中、宗君からしてみれば甚だしい言いがかりをつけてみて、あたしは現実へと戻る。
喧騒の中、全く関係の無い事を考えてしまったことに反省すると、騒ぎを納めるべくあたしは口を開いた。
それは予てより考えていたこと。
もうあたしはアイドルじゃないこと。
ただ一人の女子高生、菅野真澄として接して欲しいこと。
あたしが喋り終えるとクラス皆が拍手をしてくれた。
直ぐには難しいかも知れない、それでも少しずつ普通の女の子になれたらな、そう思ったのだった。




