第93話 ご馳走様でしたこんちくしょう
ようやく始まったランチタイム。
俺は斉藤さんから貰ったおむすびを食べていた。
可愛らしいサイズのおむすびで、気を抜くと一口で食べてしまいそうだ。
いや、食べちゃダメって事はないんだけどさ。
なんかもったいないじゃんね。
斉藤さんの手作りだぜ。
あの可愛いお手々でにぎにぎしたおむすびなんだぜ。
味わって食べるしかないじゃんね。
おいそこ変態言うな。
俺が天使謹製おむすびを味わっていると、不意に肩を叩かれた。
「宗君あーん」
「はっ?」
そちらに顔を向けると、隣の真澄がこちらに身を乗り出し、おかずの唐揚げを摘まんだ箸を向けていた。
真澄の突然の言動に俺はすっとんきょうな声を上げてしまった。
「あっー!!」
反対の斉藤さんは突然大声出すから周り視線を総なめである。
ビックリするからやめて欲しい……。
「ほーら、宗君早く食べてよー? その子と一緒に宗君へおかずあげるって言ったじゃない」
真澄は周りの視線などお構い無しに我が道を爆走中。
尚も箸をこちらへ向けている。
「あ、いや、その、なぁ?」
くれるとは言ったけど、あーんは聞いていない。
する必要無いと俺は思うの。
何より、流石にあーんはキツイ。
こんな公衆の面前であーんとか死ねる。
高校生活的に。
人前じゃなければ良いのかと言われたらそれも困るけどさ。
煮え切らない俺の様子に、真澄は意地の悪い笑みを浮かべた。
「なぁに? もしかして恥ずかしいの?」
「当たり前だろ」
「またまたー、いつもやってたじゃない!」
「ふぇっ!? えぇぇえっ!?」
真澄の放つ偽り言に斉藤さんがまたもや驚きの声を上げた。
チラリと見てみると少し顔が赤くなっていた。
「事実を捏造すんな!」
「てへへ、バレたか」
俺の叱責に毛ほども反省した様子の無い真澄は可笑しそうに笑う。
それでもニヤニヤとした笑みは崩そうとしなかった。
「宗君、腕疲れちゃうから早く食べてよー。ねえねえー」
「腕を下ろせば言いと思う」
「何言ってんのー! 女の子にここまでさせておいて、あたしに恥をかかせる気なの?」
何で俺が悪者なの?
断じて俺はさせてないですよ。
君が始めたことなんですってば。
何でそんな非難の視線を俺に寄越せるの?
「そうだぞ沢良木君!」
「ゆ、唯ちゃん!?」
突如、真澄への援護射撃が向かい側からやって来た。
高畠さんのその言葉に斉藤さんも驚きの声をあげる。
「なんたってアイドルにあーんしてもらえるんだぞ!? 男なら涙を流して喜ぶ所だぞ!?」
熱く語る高畠さんに、周囲の男子が力強く頷くのが見てとれた。
まだ見てたのかよ。
元だけどねー、と笑いながらも、真澄は箸を下ろさない。
意地でも俺に食わせようという気概が感じられる……気がする。
「そんな全国男子が喜ぶ、嬉し恥ずかしシチュエーションを君が独り占めしていることに気付くべきなのだ!」
高畠さんは拳を握り締め語る。
何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。
分からない……。
「そして、反対側には金髪の美少女!!!」
「わ、わたし!?」
高畠さんはビシッと斉藤さんを指差す。
斉藤さんも突然の事に驚いている。
俺も驚いている。
「そんな彼女にも"あーん"をしてもらえるなんてなんてヤツなんだ!! 一挙両得だ!! ウィナーテイクオールか!!」
「……」
俺は言葉を失っていた。
何言ってんのこの子?
最早、高畠子女の発言は俺の理解の範疇を超越していた。
なんで斉藤さんが出てくるんだよ。
総どりってどういう事だよ。
色々とわからないよ。
そして、高畠さんは何やら斉藤さんにウィンクしていた。その表情が妙にウザい。
「……っ!! わかった!!」
え? 何がわかったの? え、なに、どゆこと?
「お、思わぬ伏兵が居たとはね……」
真澄ちゃんもなんだか悔しそう。
ってなんでだよ!!
伏兵なんて居ねぇよ!!
つか箸一回下ろそうよ!!
「てな訳で諦めるんだ沢良木君!」
「……」
俺が言える事は一つだけだった。
「……絶対楽しんでるだろ」
だって、高畠さん力説しながらもニヤニヤしてたんだもの。本当にいい性格してるよ藤島の彼女さんはよ……。
俺の言葉は誰にも届かなかった。
「まあ宗君、ここは一つ諦めて流れに身を任せちゃおう! きっとおいしいよ!」
おいしいのは料理が? シチュエーションが?
「どっちも?」
心読むなよ。
真澄は小首を傾げていた。
「あ……ご、ゴメン宗君っ」
「ど、どうした……?」
そう俺へ謝ると突然真澄が震え出した。
突然のことに、何事かと俺も焦る。
「……腕がぷるぷるしてきたぁ」
「一回腕下ろせよ!」
思わず突っ込んでしまった。
「何言ってんの宗君! 女の子たるもの、一度差し出した箸は戻せないんだよ!! 分かるでしょ!? 助けて!」
鬼気迫る表情で訴える真澄。
俺もその雰囲気に呑まれ……なかった。
初耳だよ! そんな事実! 分かんねぇよ!
……だが。
「……あー、あー! わかった! わかったから!」
ええい、ままよ。
どうにでもなれってんだ。
埒が開かないと、結局は俺が折れる事になって。
「……ぁむ」
差し出されたおかずを頂くのだった。
「えへへ、やっと食べてくれたぁ! ね、美味しい?」
「……あ、ああ」
本当に嬉しそうに顔を綻ばせる真澄になんとか頷く。
久しぶりに見る真澄の笑顔はとても可愛いかった。
アイドル然としたその笑顔はとてもキラキラとしていて。見慣れてはいるけれど、美少女なんだと再認識させられた。
現に周りのクラスメイトもその笑顔に見惚れていて。
……つか、こっち見んなよ。
「あ、宗君もう一つ―――」
「さ、沢良木君っ!!」
更にもう一つとこちらへおかずを寄越そうとする真澄を遮ったのは反対隣の斉藤さんだった。
何かと振り返ると、お顔を真っ赤っかにした天使様がいらっしゃった。
ぷるぷると震えて庇護欲駆り立てられるその姿はぐうかわいい。
だけど、その手にはお弁当とお箸。
そして、箸に摘ままれるはいつもの卵焼き。
食べやすいように半分に切ってあるサービスっぷり。
「ぁ……あ、あーんっ……」
で、ですよね……。そうなりますよね。
「むぅ……仕方ないなぁ。順番にしてあげるよ……」
隣では不服そうな真澄の声が聞こえたが、俺はそれどころではなくて。
しどろもどろにあーんを繰り出す天使に気圧される。
ぶっ倒れやしないかと実に不安になってしまう御姿だ。
だけど、眦には涙を浮かべ不安と期待とがない交ぜになった表情に、俺は思いがけず胸が高鳴った。
うん、可愛い。
「……ぁー、ん……」
この場の雰囲気では、俺は美少女達にあーんして貰う選択肢しか残っておらず、諦念を持たされたのだった。
無我の境地へと至った俺はすんなりと斉藤さんのあーんを受け入れた。
「えへへ……美味しい?」
「ああ」
俺に卵焼きを食べさせた斉藤さんは、コレでもかってぐらい満面の笑みで。
最高に天使可愛かった。
「次はあたしだからね!」
「その次はわたしだよ!」
あ、あはははは……。
はぁ……。
この昼休みの時間、俺は餌付けをされる雛よろしく、二人の美少女から交互にあーんされ続けるお弁当を、腹に収めるマシーンと化したのだった。
勿論、味など分からなかった。
ご馳走様でしたこんちくしょう。
お読み頂きありがとうございました。
沢良木君は無意識に斉藤さん贔屓なのです。
藤島空気。
次回もよろしくお願いいたします。




