第89話 勘弁してください。
お待たせしました。
今回もよろしくお願いいたします。
転校生が教室へとやって来ました。
その姿を見た瞬間にわたしはドキリとしてしまいます。
菅野真澄さん。
つい先日まで人気のアイドルだった彼女。
テレビではよく見たことは記憶にも新しい。
実際に見れば、テレビで見るよりとても可愛くて、キラキラしてて、やっぱりアイドルって凄いんだ、そう素直に感心してしまう。
だけど、わたしがドキリとした理由はそんなことでは無くて。もちろんその可愛さには驚いたけれど。
思い出すは宗君がウチのお店を手伝いしてくれた夏休みのあの日。
宗君のスマートフォン。
そこに映し出された名前。
菅野真澄、さん。
それがここに居る本人なのか。
人違いでただの同姓同名なのか。
そこだけなんです!
わたしが気になるのは!
思えばあの時から、嫌な予感がしていたんです。
宗君と菅野真澄さんなる人物のRINEの内容が気になって仕方がなかったんです。
こう、女の子の勘的なものでしょうか、それがビビっと働いたのです。
本来、ここで疑問に思うのは、相手の真澄さんが宗君を好く思っているかいないか、ではないでしょうか。
普通に考えればRINEのやり取りをしていただけで、そう考えるのは早とちりとしか言えないですよね。
しかしですよ!
ここでも女の子の勘的なものがビビっとくるわけです!
例え、相手がそうでなくても宗君が惹かれる事だって、……絶対考えたくは無いですけど、あり得るわけで……。
まあ、勘だけであって全部勘違いってこともありそうですけどね。
だけど、妙な胸騒ぎがあったのは確かなのです。
わたしは夏休み以来、再び沸き起こる胸騒ぎを必死に抑えると、隣の宗君を見ました。
どうか違ってください。そう願わずにはいられません。
だけど。
「沢良木、君……?」
クラスの皆が大騒ぎしている中、何故か宗君は机に伏せていました。
まるでそれは誰かの視線から隠れるようで。
「な、なんでもないよ、あはは……」
「そう……?」
誤魔化す様に笑う宗君にチクリと胸が痛みました。
わたしに教えてくれないんだ……。
そう思うと少し悲しくなってしまいました。
この反応からわたしの考えは殆ど間違いない、そう確信してしまうのです。
やはり、あのRINEの相手は……。
新たな壁が立ちはだかって来たように心は重くなります。しかも、その壁はアイドルというとてつもない高く分厚い壁なのです。
「…………ううん」
わたしは誰にも気付かれないように小さく首を振ります。
アイドルがなんだって言うのですか。
わたしが宗君を思う気持ちはそれくらいで揺らぐのですか。
そんな訳がありませんっ。
壇上からこちらへ歩み寄って来る"菅野真澄"さんを見据えます。
わたしは負けないですよ。
宗君を一番好きなのはわたしなんですから!!!
宗君への思いを新たに、わたしはライバルを迎えるのです。
―――――
俺は諦めて体を起こす。
バレてしまっては仕方がない。
よくぞ見破ったな真澄よ。ふはは。
くそっ、やっぱり恥ずかしいっ。
「やっぱり宗君だー!! えっ、なんでこんな所にいるのー!? 凄いびっくりー!!」
真澄は立ち上がると俺の手を握りブンブンと振った。
「お、おいっ、声でかいって!? ホームルーム中だから! 良いから座れって!」
「……あっ! ご、ごめんなさい!」
真澄は、はっとすると慌てて俺の手を離す。
周りに頭を下げると、桜子ちゃんに指定された席に着席した。
急に騒がれて俺だってびっくりだわ。
クラスの連中が全然ついてこれてないぞ。
皆ポカーンとしてるよ。
どうしてくれんだよこの空気。
清楚系アイドルますみん、と言う皆が持つイメージが今の一瞬で崩れたのでは無いだろうか。
追々は理解されていくとしても急過ぎじゃんね。
良いのかそれで。
「と、とりあえず、大丈夫かな?」
「はいっ、邪魔をしてしまい申し訳ありません!」
「え、ええ。それじゃホームルーム始めるね」
頬をひきつらせながら桜子ちゃんがなんとかホームルームを進めていった。
俺はこれからの事を思うと胃が痛くてしょうがなかった。
1時限目までの空き時間。
普通だったらここでクラスの皆が転校生に群がる、みたいなイベントが起きるのかもしれない。現にこちらへ視線を向ける生徒が九割九分九厘。
だけど、そこは真澄さん。
「ねねっ、宗君!」
そんな周りはお構い無しである。
桜子ちゃんが去った瞬間、俺へ急接近である。
……近いっての。
プレッシャーに強い所を遺憾なく発揮していらっしゃる。
「もうね、色々聞きたい事があるんだけどさ!」
「お、おう」
皆が皆聞き耳を立てているのがありありと分かる。
クラスのざわめきがずいぶんと小さい。
「久しぶりだねー! 半月ぶりかな?」
「ああ……」
「夏休みは毎日一緒に居れたのに、急に会えなくなったから寂しかったよー」
やめて、マジやめて。
言い回しに気を付けてよ。
皆聞いてるんだからさ。
前も思ったけど、わざとなの? そうなの?
「こっちも忙しくて中々行けなくてね。これでも宗君に会いたかったんだよ?」
もうね、嫌な汗が止まらないよ。
表情がひきつるのを抑えられない。
真澄の言葉は聞き方によっちゃあ、恋人同士の会話と勘違いされても仕方がないじゃないですか。
現にクラス中の男子の視線は嫉妬や怨嗟、悲憤様々だ。プラスの感情は無に等しい。
「ちっ……」「くそっ……」「殺してやる……」
とか、随分穏やかじゃないの。
女子からは興味や羨望といったものだったが。
痛い、視線が痛いよ!
視線が物理的な攻撃として俺を襲っている!
そんな気分。
しかし、真澄はそんなのお構い無し。
いや、気付いて無いんじゃないの?
「でも、これからは毎日会えるね!」
それはもう眩しい眩しい笑顔でありました。ええ。
その笑顔に周りの連中も息を飲むのが分かる。
可愛いぜこんちくしょう。
俺は曖昧に笑い返した。
いやいや、真澄ってこんなキャラだったか!?
こんなにストレートに感情をぶつけてくる子だったか?
……かもしれない。
事件が解決して以降の真澄はそれが顕著だったように思う。
特にボディランゲージ的な部分で。
前のようなハグは全力で回避しよう。
でないと俺の高校生活に支障をきたす。
もう、遅いかもだけども。
せめて人の居ないところでやって欲しかったよ……。
ぞくり。
「っ!?」
次の瞬間、突如俺は凄まじい悪寒に襲われた。
嫌な汗は倍増。
曇り空で肌寒かった気温は、更に下がった様な気さえする。
これは、視線?
ど、どこだっ!?
一体どこから……。
クラスの連中から注がれる視線とは明らかに質の違うもの。
その出所を探れば。
俺の背後で。
恐る恐る俺は振り返る。
「……」
……お、おおう。
光を映し出さない瞳でこちらを見据える……目が据わったアルティメットラブリー天使斉藤さんの姿だった。
しかし、その顔には表情という表情が存在していなかった。普段の表情豊かな天使は鳴りを潜めていた。
天使にはあるまじき姿である。
堕天使斉藤さんである。
怖い。
怖すぎる。
水族館の一件を彷彿とさせる。
いや、あれでは生温い。
温すぎるぞ。
本能が警鐘をガンガンと鳴らしている。
斉藤さんの新たな一面が見れて……とかとぼけた事が言えないレベル。
なんでこんな事に……。
無意識に俺の体は震えだす。
「さ、斉藤さん……?」
「うん?」
俺が恐怖をはね除けなんとか声をかけると、その瞳に煌めきが戻っていく。
「あ、沢良木君。少しお手伝いをお願いしても良いかな? 日直で機材の運ぶように先生に言われているんだよ」
「お、おう。わかった」
事も無げに斉藤さんは俺に話を振ってきた。
少し上目遣いのスペシャルぷりちー天使なお願いポージング。小首を傾げるサービス追加。
この上無く可愛いが、その平常運転がこの上無く怖いの……。
流石の俺も手放しでは喜べないよ……。
「えへへ、ありがとう! それじゃ早速だけど行こうよ!」
言うが早いか笑顔の斉藤さんは俺の手を取った。
手を握るという、普段の斉藤さんからは想像出来ない積極的な行動に思わずドキッとしてしまう。
真澄の手もそうだったけど、斉藤さんの手もすべすべだ。女の子って凄いなぁ。
急展開に俺の頭は現実逃避し始めていた。
斉藤さんに引かれるままに立ち上がる俺。
だけど、当然。
「ちょっと貴女……」
こちらにかかるのはキラっキラの元アイドル様のお声で。
「何かな?」
それに返すは我らが天使様のキュートなお声。
二人の視線は鋭く交わり、容赦無く周囲の温度を奪っていった……気がする。
それくらいこの場の雰囲気は強烈で。
興味津々と見ていたクラスの連中も徐々に視線を外し始めている。
恨みの籠った視線をくれていた男子も今では素知らぬ顔である。
なんて薄情な奴らなんだ。
てめぇらもこのポジションに立ってみろってんだ。
「あたしが宗君と話してたんだけど?」
「あ、そうなの? ごめんね。気付かなかったよ」
「へ、へぇ? そう、気付かなかったの……」
一触即発。
まさにそんな空気が漂っていた。
「「ふ、ふふふ……」」
突然笑い出す二人の美少女。
しかし、二人の目は全く笑っていなくて。
勘弁してください。
いや、マジで。
お読み頂きありがとうございました。
ようやく斉藤さんと真澄ちゃんが出会いを果たしました。
次回もよろしくお願いいたします。




