第9話 お昼のお誘い
引き続き9話目です(8話と間違っていました、修正しました)
時は昼休み。
「あ、あのっ!」
「……」
「さ、沢良木君……?」
今日の昼飯は何を食べようかと悩んでいると、すぐ隣から不安気な声が聞こえてきた。
「あ、俺? ごめん、考え事してた。何か用?」
「あ、その……えと……っお昼って、お弁当ですか?」
斉藤さんはなんだかもじもじとしている。
俺は自炊しているが弁当男子ではない。朝に弁当を作るのが面倒で昼はいつも買っている。
今日に至ってはそんな時間すらなかった。
「いや? 購買行こうかと思ってたけど」
俺の返答を聞くと斉藤さんは少し息を吸って。
「ぁ、あああっ、あの良かったら、一緒にお昼どう、ですかっ!?」
……はい?
予想外の言葉にぽかんとしてしまう。
いっぱいいっぱいといった様子で言葉を紡ぐ斉藤さん。
顔をこれまでに無いほど真っ赤にして、両手をぎゅっと胸の前で握っている。
「い、いぇっ、その、ご、ご迷惑とかならっ、そのっ、無理には、良いんですけどっ……。も、もし、良かったら、あのっ、そのっ……」
喋らずにいる俺に不安を覚えたのか矢継ぎ早に言葉を繋げる。
顔を真っ赤にしながら斉藤さんは必死に俺に伝えようとする。
その目尻には少し涙が滲んでいた。
斉藤さんとは逆に言葉が咄嗟に出なかった俺は我に返り、斉藤を宥めた。
「だ、大丈夫だから! 落ち着いて、ね?」
「は、はい……」
自分が慌てていた事に気付くと恥ずかしそうに縮こまってしまった。
俺は斉藤さんが萎縮しないよう、出来るだけ優しく語りかける。
「うん。一緒にご飯食べようか」
「あ……」
俺の返事を聞いて斉藤さんは安堵したようだった。
ぱぁと笑みが広がっていく。
うん、可愛い。
天使や。
「っと、それじゃ俺は購買行ってくるよ」
「あ、わたしも行きます!」
慌てて立ち上がった斉藤さんと共に、購買へくりだした。
東西に平行に立ち並ぶ校舎。その中心を二階の位置で橋渡しする形で学食が存在する。購買部はその学食内の併設されている。
学食はそれなりの規模があり、席数は130程になるらしい。
学生達は思い思いに定食や麺類などの学食メニューを食べている。
しかし、俺の目的は学食メニューではない。
学食のメニューは確かに安いがそれでも400円はする。
俺の極貧具合からするとその400円すら出し渋るレベル。
そこで登場するのが購買部のおにぎりだ。
一個70円(税込)と言う破格ながら具も5種類という充実ぶり。
しかもここは天下の高等学校。食べ盛りしか居ないような場所だ。
デカイ。おにぎりがデカイのだ。
俺も二個食べれば腹八分目は余裕。
入学当初は感動で言葉も出なかったものだ。おにぎりと値札の間で視線を何度も行き来させた事は記憶に新しい。
「少し出遅れたかな」
購買部に着いた俺たちの前には人だかりが出来ていた。
「ご、ごめんなさい、わたしが声をかけたから……」
斉藤さんは申し訳なさそうに小さくなる。
「ここはいつもこんなもんだからね、謝る必要なんてないよ?」
確かに少し出遅れてはいるが、混んでいるのはいつも通り。特に気にならない。
気になるとすれば斉藤さんに刺さる不躾な視線だ。
斉藤さん自身は気付いていて気にしていないのか、そもそも気付いていないのか判断出来ないが。
「で、でも……」
「そうだな……」
尚も萎縮する斉藤さんに俺は緊張を解して貰おうと提案する。
せっかくだから斉藤さんとは早く打ち解けたい。
「それじゃ、この列を待っている間、斉藤さんが俺の話相手になってくれるってのは?」
俺は名案とばかりに斉藤さんに持ちかけた。
しかし、斉藤さんの反応は予想とは違った。
「は、はぃ……」
あ、あれぇ?
余計に縮こまってしまった。心なしか顔が赤い気がするし。
ううむ、逆効果だったか。
普段同級生と会話する機会が無いから距離感が掴めないな。
いや、ここからは俺の話術で盛り上げてやろうじゃないか。
俺はよく解らない自分の張り切りに応え、斉藤さんへ話かけた。
あれ? でも俺あまり口上手くなかった気がするわ。
「斉藤さんは何か買うの?」
軽いジャブからだ。
共通の話題から掘り下げていくのさ。
「……何も考えてませんでした」
さいですか……。
一緒に行くと言い出したから目的があると思っていた。
いきなりカウンターでアッパーカット決められた気分だ。
「あ、あはは、そっか。あ、ここの購買はお茶とかの飲み物がすごく安いから結構おすすめだよ」
「そうなんですか? ちょうど良いから、買っちゃおうかな……」
「そうするといいよ」
……か、会話が終わってしまう。
俺の華麗な話術よ! 万屋で鍛え上げられたスキルよ!
なんとかこの子との会話を続けさせてくれ!
「さ、沢良木君は、何を買うんですか?」
そこに天使の手が差し伸べられた。
ごめんみんな、俺のスキル役にたたなかったよ。
「俺はおにぎりだよ。具が五種類あって値段が70円なんだ」
「な、70円? すごい安いですね?」
「しかもサイズも大きいからね。貧乏学生には助かるよ。二個で腹一杯」
「へぇ……」
興味深そうな様子で列の先を見ようとする。
寝癖なのかピョコピョコ頭の上で動くアホ毛に和む。
斉藤さんとの身長差は頭一つ分以上あるので、頭のてっぺんがよく見える。
「その様子だとここは初めて?」
「あ、はい……。いつもお弁当なので、学食棟は初めてです」
俺にそう答えつつも目線はあちこちに飛ばされている。
ここに到着した当初は緊張した様子で、こちらも力んでしまっていたが、少しずつ緊張もほぐれて周りを見る余裕も出てきたようだ。良かった良かった。
「そろそろ順番だよ。ほら、おにぎり見えるでしょ?」
「あ、本当だ。大きい」
少し驚きながらもおにぎりの大きさに笑みを溢す。
斉藤さんの笑顔を目に焼き付けているとようやく自分の番がやってきた。
カウンターに居るおばちゃんへ注文する。
いつも通り俺は自分のおにぎりを二個買った。
隣では斉藤さんも自分の飲み物を買ったようだ。
「さて、教室に戻ろうか?」
そう言う俺を斉藤さんが呼び止めた。
「あっ……沢良木君!」
「ん?」
「よ、良かったら、き、教室じゃなくて、あの、いい場所があるんですがっ……」
しどろもどろになりながら斉藤さんがそんなことを言った。緊張しているのか、動きが硬い。
ポーチを両手に持ちながらこちらを見上げる。
「いい場所?」
「は、はい、中庭なんですけど、どう、ですか?」
「ああ。大丈夫だよ。あ、もしかしてそれ弁当?」
俺は斉藤さんの持ったポーチを指す。
「あ、えへへ、そうなんです」
思い出したように斉藤さんがはにかむ。
俺を中庭に誘うために着いてきてくれたらしい。
斉藤さん先導のもと、二人で中庭に向かった。