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第88話 上を下への大騒ぎ

教室は爆発的に沸き立った。

最早収拾が着かないと思えるほど、教室がかつて無い喧騒に包まれる。

野太い男子の雄叫び、女子の黄色い声が飛び交う。


「ほ、本物のますみん……!?」


その声を皮切りに上を下への大騒ぎとなった。皆が皆、好き勝手に騒ぎ立てる。

桜子ちゃんが必死に静かにさせようと声を張るが教室で聞く耳を持つ者は全く居ない。


とんでも無い喧騒を他所に俺の頭の中は極めて酷い混乱の境地にいた。


何故だ?

何故真澄がここにいるのだ?

訳が分からない。

真澄は都心の学校に通っている筈で……ってそう言うことか。今の住まいはこの御崎にあるのだから、少し考えれば分かることだったわ。


しかし、その編入先が被るとはとんでも無い確率だな。


壇上で収まる気配の無い目の前の騒ぎに真澄が苦笑いしながら教室を見ていた。


教室を見回す真澄だったが、当然視線を巡らした先には俺が居るわけで。

一瞬、目と目が合った気がした。


次の瞬間、何故か俺は反射的に机に伏せていた。


こっそりと盗み見れば、真澄は一度目を擦り不思議そうに首を傾げていた。

真澄のあの様子だと、まさか居るとは思わない人物を幻視したとか思ってそうだ。

可哀想に。

俺のせいだけど。


「凄い、本物のますみんだ…………。さ、沢良木……君……?」


俺の怪しい行動に気付いた斉藤さんの訝しげな視線が刺さる。その視線が辛い。

しかし、その表情に宿すのは俺の行動に対するものだけではないように感じる。

気のせいだろうか。

妙に焦っているような、落ち着きが無いような。

そんな表情を見せる斉藤さんだった。


「な、なんでもないよ、あはは……」


「そう……?」


顔をひきつらせないように努める俺が誤魔化すように笑うと、斉藤さんはしょんぼりと悲しそうな表情になってしまった。

その表情にチクリと胸が痛むが、それどころではない。

未だに頭は軽いパニック真っ最中。

頭の中では小さな沢良木君達があたふたと緊急会議真っ最中。


まず、俺は何故隠れているのだろう。

咄嗟に隠れてしまった自分の行動がよく分からないが……。


ううむ。

これは、恥ずかしさ、だろうか。

学校での俺を知らない友人にそれを知られてしまう、といったもの。


あまつさえ、俺はここではイレギュラー的な存在で。

学校で公言はしていないのだから知るものは殆ど居ないだろうけど。

真澄が俺を見ればそれに気付くだろう。


「皆さんすいませんっ、少し落ち着いて頂けますか!」


尚も喧騒の冷めない教室に、よく通る美声が響いた。


途端に教室中を満たしていた騒ぎは沈静化していった。皆が真澄へと注目している。

その様子に壇上の真澄は満足げに頷いた。


皆からの視線を一身に受けて微動だにしないのは、さすが元アイドルといったところだ。

実に堂々としている。


「少しお話したい事がありますので、どうか聞いてください。……まず、テレビの報道などで皆さんご存知かとは思いますが、私はアイドルを休業しています。一部では報道されていますが、実質的な引退です」


引退。

その言葉に一瞬教室がざわめくが、真澄の言葉の続きを聞こうと再び静かになる。


「私自身、既に芸能人でもなんでも無いと思っているんです。なので、皆さんにお願いしたいのは、アイドルとしての"ますみん"では無く、唯一人の生徒"菅野真澄"として接して貰いたいのです」


真澄はそう語りながら教室を見回す。


「芸能人だった、ということで直ぐには難しい事だとは、今までの学校でもわかっています。ですが、私も皆さんと普通のお友達になりたいです。変に気を使わずに接してくれると嬉しいです。改めて、今日からお世話になります。よろしくお願いいたします!」


そこまで言うと真澄は頭を下げた。

静まり返った教室だったが、徐々に拍手が起こり全体に広がった。

拍手が収まったタイミングを見計らって、桜子ちゃんが再び声を張った。


「はい、菅野さんありがとうございます。皆さん、菅野さんはこの学校について不慣れな事ももあるかと思いますので、フォローをお願いしますね。あと、芸能関係についてはデリケートな部分もありますから十分気をつけるように! 言うこと聞かない子は問答無用で評定1ですからねー。あ、全科目ですよ。菅野さんも何かあれば直ぐに言うように!」


うぇぇ……と至るところでうめき声が上がった。

テレビの中の騒動という現実味の無い話だ。やはり気になるのだろう。

しかし、桜子ちゃんの罰則キツくね?


「わ、わかりました」


桜子ちゃんの言葉に真澄も苦笑いしながら頷いた。


「それじゃ、席なんだけどー」


と言う桜子ちゃんの言葉に、今度は別の意味で教室が湧く。

そりゃそうだろう。

元アイドルが近くに来るかも知れないのだ、楽しみで仕方ないに決まっている。

唯一人を除いて。


空きスペースの無い前の連中は明らかに意気消沈しているのがわかる程だ。


と言うことは、だ。


皆さんお忘れだろうか、俺の席は最後尾。

誰もが羨むその可能性が勝手にこちらへ歩み寄って来るのを、俺の脳細胞がひしひしと感じているもの。

逃げようにもどうしようもないみたいな。


「とりあえず最後尾、沢良木君の隣かなー」


この世界は残酷だった。

最後尾周辺の生徒はあからさまに沸き立つ。


「……沢良木、君ですか?」


真澄の発した疑問の声は妙に通った。


「ええ、この列の一番後ろだよ。菅野さんの机はその隣。既に準備してるからね」


桜子ちゃんはそう言って俺の列を指差す。


どうりで隣に見覚えの無い机があると思ったよ!

もしかしたら俺の壊した机の替えなのかと思ったりしたんだが、勘違いも甚だしいわ!

俺のばかん。


俺はすっかり頭を上げるタイミングを失っていた。

桜子ちゃんの言葉に真澄が頷き歩き出す。

真澄が隣を通る度その席の生徒からは感嘆や見惚れたようにため息が出ていた。

靴音が近付き、真澄と俺の距離が無慈悲に無くなっていくのが分かる。


「……」


俺は無意識にちらりと斉藤さんを見る。

彼女はじっと真澄を見つめていた。

しかし、その横顔は周囲の浮かれた生徒とは明らかに違うものだった。どこか浮き足立つような、見定めるような。

俺はその表情の理由には思い至らなかった。


そして、遂に真澄が俺の前を通る。

そのまま通り過ぎてくれと俺は願うも、当然の様に真澄さんは立ち止まった。


「……」


突如立ち止まった真澄に教室がざわめく。

「なに?」「どうしたの?」「沢良木の席か?」

等とクラスメイトの疑問が耳に届く。


真澄の一挙手一投足が注目されていた。


少し佇んでいた真澄だったが、彼女はおもむろにしゃがみ込んだ。


教室のどよめきが一層大きくなる。


そして、真澄は机に手をかけると尚も俯く俺と強制的に目線を合わせた。


「……どう見ても宗君だよね?」


真澄の声は本当に良く通るなぁ……。


「よ、よう?」


油の切れた蝶番の様に、ギギギと首をなんとか回して俺は挨拶を交わすのだった。


俺の顔は盛大にひきつっていたと思う。










お読み頂きありがとうございました。



  □    □    □

真澄ちゃん 沢良木君 斉藤さん


席順はこんな感じ。

両手に花だぜやっほい(´Д`)

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