第86話 今だから願うこと
お昼休みです!
やって来ましたお昼休みです!
宗君と一緒にお弁当を食べるお昼休みです!
楽しみです!
二学期最初の授業は宿題の確認等、大した内容ではありませんが、わたしは少しも集中しておりませんでした!
一学期もこんな事がありましたね。
わたし、成長してないです……。
チャイムと共に教室は喧騒に包まれます。
一学期以来久しぶりのお昼休みランチタイムです。
楽しみで顔がにやけてしまうのは仕方ないですよね。
朝のホームルームで宗君からオッケーを頂いていたので、わたしはご機嫌で宗君を見ます。
「沢良木く―――」
「ねえねえ、沢良木君! 良かったら一緒にお昼食べない?」
だけど、わたしに気付いた宗君がこちらを向こうとした瞬間、わたしの言葉は遮られたのです。
「ぁ………」
わたしは言葉を続けることが出来ず、口からは息が漏れるだけで。
宗君の前には3人の女の子達が居て、皆がお弁当を持っていました。
「沢良木君ってお弁当? それとも学食とか?」
「……え? あ、ああ、購買、だけど……」
「あ、そうなんだ! それなら学食のホールで食べるのとかどうかな?」
宗君を誘う女の子達は矢継ぎ早に言葉を続けます。
わたしはそれを横目に呆然とするばかりでした。
わたしが最初に約束したのに……。
宗君とお弁当を食べたいのはわたしが一番で……。
そんなやるせない思いが胸を締め付け、痛みを伴う。
宗君を他人に取られてしまったような、どうしようもない感情だった。
いや、こんなんじゃダメだ。
直ぐに諦めていては今までと何も変わらないじゃないか。
「ぁ、ゎ、わた、し、も……」
自分を奮い立たせ言葉を紡ごうとしますが、やっぱり上手く行かなくて。
元よりの引っ込み思案と、わたしには出来ないことを事も無げに出来てしまう彼女らへの劣等感が邪魔をして。
楽しそうに宗君へ話し掛ける女の子の横顔を見ると、胸の中がぐちゃぐちゃになってしまいました。
わたしだけの宗君、なんて思い違いをしていた事に気付くのです。
最初に約束をしたから、いつもわたしと一緒だから宗君とお昼ご飯を食べれるだとか、そんなものはわたしがそう考えているだけで。
そこに宗君の意思を強制するものは何も無いのです。
当然、宗君は優しいですからわたしの事も汲んでくれるだろうと分かります。
だけど、宗君には自分で選ぶ権利だってあるのです。
わたしとお昼を過ごそうと、他の娘と過ごそうと。
他の人も交えて昼食を取れば、なんて当然の事を思っても、それはそれでやはりイヤなんです。
わたしと宗君はずっと二人だったんですよ。
好きな人をずっと独り占めしたいです。
わたしの本心は、他の娘と一緒にご飯を食べて欲しく無いと言うのです。
そんなワガママな自分を自覚して更にショックを受けました。
わたしはお弁当を入れた巾着を手に持つと席を立ちました。
教室の出口へと足を向けます。
こんな卑しい自分に
は宗君と一緒に過ごす資格は無い。
……いいえ。
見せたく無い、でしょうね。
こんなに情けない自分を宗君に知られるのは嫌でした。知られて、そして、嫌われたら。
だったら、適度な距離感を取ったらどうでしょうか。
必要以上に近付かず、離れず。
そんな大人の距離感……なんちゃって。
宗君と一緒に居られないのは嫌ですけど、嫌われるよりは何倍もましですから。
がらがらとドアを開ける。
今日も中庭、ですかね。
あそこ以外に穴場は知らないですし。
あぁ、他にも探して見ようかな。
そうですよ。なにも、宗君とお弁当を食べられるのは今日だけじゃありませんからね。
何処か良い場所が見つかればまた宗君を誘って……。
無理矢理自分を言い聞かせ教室を出ました。
「せっかくのお誘いだけどごめんね、先約があるんだ」
だけど、それはわたしの腕を掴む手に阻まれて。
「えっ?」
とても優しくわたしを止める手は温かくて。
「それじゃ、行こうぜ?」
宗君はいつもの笑顔でそう言いました。
宗君に連れられるままわたしは中庭に辿り着きました。
腰掛けるのはいつものベンチ。
二人だけの指定席。
「さ、昼飯食べようぜ斉藤さん」
「…………沢良木君、良かったの?」
「何が?」
わたしはようやく口にすることが出来ました。
「クラスの女子からお昼を誘われてたこと……」
わたしと一緒で良いの?
他の人じゃなくて?
わたしと……?
胸中では疑問が渦巻く。
宗君なら誰とでも仲良くなれると思います。
わたしなんかを構う必要だって無いんです。
だけど。
「今朝斉藤さんと約束しただろ? 勝手に破る筈がないよ。俺が一緒にお昼を食べたいのは斉藤さんだよ」
笑顔の宗君はさも当然と言い切るのです。
「あ……」
やっぱり宗君は宗君で。
「ありがとう……」
顔が火照るのが分かります。
どんどんと顔が熱を帯びていきます。
宗君がクラスメイトではなくわたしを優先してくれた、選んでくれた事実に。
わたしが宗君に勝手な思い込みを押し付けていたことに。
恥ずかしさ、申し訳なさを思いながらも、嬉しくなる気持ちは抑えられませんでした。
宗君がわたしとの約束を大切にしてくれていると、強く感じてしまったのですから。
思えば、久しぶりの宗君とのランチタイム。
宗君がウチの手伝いをしてくれた以来、久しぶりに会うのです。
一緒に過ごす中庭の昼休みに限っては一ヶ月ぶりなのです。
嬉しくない筈がないです。
こうやって隣合わせに座るだけで胸の鼓動がうるさいくらいで。
「それにさ」
と、宗君はいつものいたずらっ子の様な笑みを浮かべます。
「斉藤さんのお手製お弁当を食べられるんだぜ? そりゃあ、何があっても約束は守るだろ」
たとえ火の中水の中さ、とおどけながらも自信満々に言いきる宗君に一瞬呆けてしまいますが、わたしは堪えきれず吹き出してしまいました。
「ぷっ、ふふふっ、あははっ、沢良木君変なの。わたしのお弁当なんて大したこと無いのにね」
宗君は大げさですね。
ママにも及ばず半人前と自分では感じていますもの。
宗君が美味しいと言ってくれるのは嬉しいのですが、わたしはもっと美味しい料理を食べてもらいたいんです。
「そんな訳あるかぁ!」
「ふぇっ!?」
しかし、わたしの思いとは裏腹に、突然大声で否定する宗君にビックリしました……。
「俺はこの弁当を楽しみに学校に来ていると言っても過言じゃない。それくらい旨いんだって。こんなに旨い弁当は今まで食べたことなかったぐらいだよ。大したことあるんだよ!」
「ぁ……ぁ、あの……ぁ、ありがとう……沢良木君」
「俺の方こそ、いつも旨い弁当を分けてくれてありがとう」
わたしは絞り出すように何とかお礼を口にしました。
すると、宗君も笑いながら頭を下げるのです。
身を乗り出し力強く語る宗君からは嘘が微塵も感じられず、本当に美味しいんだと誉めてくれていると感じられました。
いつも美味しいと食べてくれているし、それをお世辞と思っていた訳ではないけれど。
こんな真剣に好きな人が美味しいと言ってくれる。
それは、どれだけ嬉しいことなんだろう。
胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、嬉しさのあまり視界が滲んでしまいました。
俯くわたしは誤魔化す様に弁当箱を広げると、いつもの卵焼きを蓋に乗せて宗君へ差し出しました。
宗君が一番最初に誉めてくれた料理。
「ぇ、えへへ、そこまで言ってくれるんだから、ちゃんと、食べてね?」
「ああ。もちろん」
さりげなく目元を拭い、ちらりと宗君を見ると美味しそうに卵焼きを食べてくれていました。
「うん、今日も旨いね。……斉藤さんは本当に良いお嫁さんになるよ」
それは初めてわたしの弁当を食べた時、宗君が言ってくれた言葉。
あの時は、自分のそんな姿は欠片も想像も出来なかったです。
そんな人は居ないですけどね、なんて答えた気がします。
あの時の自分では、想像するとさえ思えなかった。
だけど、それが今では。
こんなにも大好きな人が隣に居て。
わたしのお弁当を食べてくれていて。
そんな風になれたらな……なんて思ったりするんです。夢見るんです。
だからわたしは答えます。
あの日とは違う言葉を。
「がんばるよ!」
なんてね。
お読み頂きありがとうございました。
今回は斉藤さん回。
ちょっとだけ成長したお話。
一方沢良木君はどんな気持ちで斉藤さんを誉めたんでしょうかね。
次回も宜しくお願い致します。




