第84話 クラスの反応
「って誰だよ!?」
「もう飽きたわその反応!!」
俺のツッコミが昇降口で木霊した。
俺らに合流した藤島が放った言葉に対するツッコミだ。
藤島も見事に高畠さんと同じ足跡を辿ってくれていた。
散髪してからと言うもの、身嗜みって本当に大事なのね、と痛感する毎日である。
思い返せば最初に事務所を訪れた時の真澄もさぞかし不安だった事だろう。今度会ったら謝ろうかしら。
既知の人物へ会う度こういう反応をされるのだ。
もうそろそろ許して欲しい。
「お、おう? なんか知らんがすまん」
「分かってくれたのなら良いんだ」
「……え、何? 俺が悪いの? 釈然としねぇ……」
憮然たる面持ちで独り言ちる藤島だった。
「しっかし、沢良木随分と変わったな」
前の女子が二人楽しそうに進んで行ってしまったので、藤島が俺に話しかけてくれていた。
さすが運動部、コミュ力全開ボーイである。
俺も頑張っちゃうぜ。
「そうか? 髪切っただけだぞ?」
バッサリとな、と俺は髪をかき上げた。
先程から生徒と廊下ですれ違う度、こちらへ注がれる視線が妙に多い気がする。あんまり見られるのは好かないのだが。
藤島はその視線に気付かないのか続ける。
「それだって大変身だろうが。一学期のお前考えてみろよ。キモロン毛だっただろ」
「ひでぇ……」
さすがにそこまで言われたのは初めてだわ。
だが、やはりそう思われていたのか。
まあ、実際その通りで間違い無いと自分でも感じてはいるが。
しかし、そう言う事であれば周囲の俺に対する評価も自ずと理解すると言うもの。
「やっぱ皆そう思ってたんかね」
「当然だろ」
こいつめ……。
随分はっきりと仰りますこと。
どうやら一学期の俺は接触禁忌種かなんかだったようだ。根暗で目立たないと言う俺のコンセプトは予想以上の効果を発揮していた模様。
俺は能動的に友達を作らなかったのではなく、受動的に避けられて友達ができなかったのかもしれない。
痛恨のミステイクである。
前までは友達は作らないとは決めていたが、意外とダメージ来たぜ。やりおるな藤島。
「……いや、待てよ?」
ものは考えようでは無いだろうか。
俺の脳裏には一つの光が差す。
一学期の俺は近寄りがたいキモロン毛。
仕方ない、それは認めよう。
しかし、だ。
そんなキモロン毛を前にしても、ぷりちーエンジェル斉藤さんは顔色一つ変えずに接してくれたじゃないか。むしろ笑顔を振り撒いてくれてすらいたのだ。
その笑顔にどれだけ俺が癒されたことか、皆さんもご存知の通りだろう。
これは、斉藤さんが心清らか天使で聖母、と言っても過言ではない、いやその通りだと再確認してしまったに他ならない。さすが美少女天使斉藤さんだ。
「なんだよいきなり真面目な顔で考え込んで?」
「いやなに、斉藤さんの天使具合を再確認してただけさ」
「沢良木は相変わらず平常運転なのな」
悪口と感じるのは気のせいだと思う。
藤島から残念イケメン等と誉めてるのか貶しているのか分からない失礼極まりない名誉を頂戴しながら廊下を進み、三階にある1年2組の教室まで4人で辿り着いた。
ドアを開けようと前に出るも、俺は教室のドアを前に立ち止まってしまう。
朝から俺の容姿に関して立て続けに反応されていたので、教室に入ってからの反応が怖くもある。
教室単位で誰だよっ、とか言われたら俺のガラス工芸品の様なハートが砕けちまうよ。
「なんだよ沢良木、急に止まって」
「いや、教室での反応を考えると俺のガラスのハートがな……」
「防弾ガラス製だろ?」
……こいつ。
さっきからズバズバと言いおって。なんか俺に恨みあんのか。
机だって交換してやっただろうが。
しかし、藤島よ。
付き合いは短いが、何だか俺の扱いが上手いじゃないの。煽られると燃えちゃうぜ。
確かに言われて見れば気にする程の事では無いように思えてきた。
そもそも、クラスの連中とは殆ど会話したことも無いじゃないか。そんな奴らにどう反応されようが、俺が狼狽えるタマか?
たまたま朝から知人に立て続けに会い、その反応から少しナーバスになっていたのかもしれないな。
俺らしくもない。
「沢良木君」
俺が逡巡していると、俺の腕に感触が。
そちらを見ればニコリと笑い、俺の腕に手を置く天使の姿。
「ん、大丈夫だよ」
ああ、もうどうでもいいや。
悩む事が馬鹿らしい。
一瞬で腹は決まった。
「うん」
俺と斉藤さんは一つ笑うと教室のドアを開いた。
「朝から見せ付けるなぁ(ボソッ)」
「なぁ、ぜってー付き合ってるだろコレ(ボソッ)」
後ろで声を潜める二人の会話は俺に届かなかった。
1年2組の教室には8割がたの生徒が登校しているようだ。終わった夏休みを悔やむ者も居るが、それでも久しく会う友人との語らいに表情は明るい。
夏休み明けの教室は喧騒に包まれていた。
しかし、それは俺が教室に入るまでである。
「「「「……………」」」」
沈黙が伝播するように教室全体に広がっていく。
そして、視線は一様にこちらへと。
斉藤さんはその視線にビクリと震えると俺の影に隠れてしまった。
先程まで俺を励ましてくれていたのに、そんな小動物感漂うところもぐうかわ。
つい撫でたくなる。
「え、あれ誰だよ?」
「あんなヤツ居たか?」
「いや? 見たことないな」
「他のクラスか?」
「つか、上級生じゃないの?」
等と男子の声が聞こえ。
「あんな男子いたっけ?」
「えー、わかんない」
「ねぇねぇ、なんかカッコ良くない?」
「ホントだ! え、普通にイケメンじゃん!?」
「えっ、ホントに誰なの!? 誰か知り合い居ないの?」
「声かけてみてよ!」
と女子の黄色い声が耳に届いた。
教室の沈黙は瞬く間に喧騒で上書きされてしまった。
なにコレ、凄まじくこっぱずかしいんだが。
なんで俺なんかに反応するんだよ。
普通に沢良木君だよ。
根暗で野暮ったいキモロン毛だった沢良木君だよ。
自分の顔が盛大にひきつりそうになるのが分かる。
だが、縮こまったり俯いてしまうのも何か悔しいので堂々と胸を張って進む事にする。
「……えへへ」
隣の斉藤さんへ視線を向けると、頬が緩んでニマニマしてるし。何故か胸を張って自慢気なお顔だし。
何故……?
「くそっ、なんだよコレ。沢良木のせいで恥ずかしいぞ……」
「あ、あはは……。これは想像してなかったな。沢良木君責任取ってくれ」
俺に言うなよ……。
後ろの二人は俺より恥ずかしそうにしていて、こちらを睨むのだった。
教室を包んだ喧騒は一度終息を見せる。
そう、俺が席に向かったからだ。
俺の一挙手一投足に視線が注がれているのがありありと分かる。
「さ、沢良木君、凄い見られてるね……」
「なんかゴメンな」
俺の言葉に斉藤さんはふるふると首を振った。
「大丈夫」
「そっか」
微笑む斉藤さんに俺も笑い返す。
相変わらず優しい天使だ。
バスケ部カップルは席が離れているので、既に別れている。二人の向かった方では俺の正体を問いただそうと各々に数人が群がって行くのが見えた。
二人には申し訳なく感じた。
高校生活において、最も長く感じられた自席への道のりがようやく終わる。
斉藤さんと並び、最後尾の席に辿り着いた。
「「「「…………(ごくり)」」」」
この上なく教室の中の緊張が高まるのを感じた。
その視線は痛いほどで、隣の斉藤さんはあからさまにひきつった表情である。
「……え、あの席」
「は? マジ?」
「嘘……」
俺はおもむろに自席の椅子を引くと腰かけた。
「「「沢良木かよ!!??」」」
「「「沢良木君だったの!?」」」
もう嫌だこのクラス。
お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




