第83話 新学期の通学路
いつも通りの時間。
いつも通りの通学路。
いつも通りの歩調。
俺はのんびりと歩く。
ジリジリと太陽は元気よく照り、日中では未だ秋の訪れを感じられない。
朝だと言うのに既に20℃後半といったところ。
「……暑い」
あまりの暑さに愚痴も漏れると言うもの。
俺は学校へと続く緩やかな坂道を見上げ、一つため息を吐いた。
夏休みが終わり初めての登校。
御崎高校、2学期の始まりである。
おはよー。
久しぶりー。
焼けたねー。
休みはどこか行ったー?
通学路ではそんな夏休み明けならではな会話が飛び交っていた。
相変わらず俺の歩調は遅いので他の生徒に追い越されていく。
俺はその様子をぼんやりと眺めながら進む。
「あ、沢良木君っ」
のんびり歩いていると、鈴を転がすような声が俺の耳に届いた。
いつかもこんなことがあったな、と俺はつい笑ってしまう。確か1学期の末辺りだったか。
俺は振り返り声の主、金髪の天使を見る。
「おはよう!」
満面の花咲ような笑みに俺も笑い返す。
「おはよう、斉藤さん」
2学期最初の斉藤さんは初っ端から最高に可愛かった。
「朝からあっついねー」
俺の直ぐ隣に並び歩き始めた斉藤さんが手でパタパタと顔を扇ぎながら言う。
「そうだね。夜とかは段々と冷える様になってきたけど、日中はまだ殆ど夏だよね」
ほんとだよー、と頷く斉藤さん。
ふと、俺は斉藤さんが帽子を被っていないことに気付いた。いつもは通学中に帽子を被っているんだが、今日は無いようだ。身長差から見下ろす事になるのだが、頭の天辺がよく見える。アホ毛がひょこひょこ動く様子が微笑ましい。
それに俺の視線はついつい、白いうなじに行ってしまう。
髪結った斉藤さんも可愛いな。
今日の斉藤さんは帽子を被っていないことに加え、珍しく髪を後ろに青と白を基調としたシュシュで一つに結っていた。イルカを模したアクセサリーと真鍮製の細いチェーンがあしらっており、とても斉藤さんに似合っていた。
ちなみに水族館で買った物だったりする。斉藤さんと一緒に選んだ物なのだ。
いつも学校では髪を結わずに下ろしているのでとても新鮮に映る。
前に斉恵亭の手伝いをしたときも一度だけ見たが、2回目と言うことで未だ見慣れないのだ。
ただ纏めただけなのに魅力的に映る。
さすが天使です。
それに今は制服も夏服だ。
冬服はブレザーなので夏服は半袖ワイシャツに学年指定のリボンを着けたものになる。
一学期の斉藤さんはカーディガンを来ていることが多かったので、半袖姿は久しぶりに見る。
半袖の夏服から伸びる白い肌がとても眩しい。
見慣れない髪型に夏服の組み合わせ。
最高にキュートでラブリーだぜ。
「髪結ってるの珍しいね?」
「あ、これ? さすがに暑くて」
えへへ、と笑いながら尻尾のように揺れる髪を指で弄る。
「学校ではいつも下ろしてたから、初めてかも。……変かな?」
俺を見上げる斉藤さんは少しだけ不安げな色を瞳に覗かせると俺に問う。そして、その指はシュシュも撫でていた。
「いや、可愛いよ」
俺は即答する。
斉藤さんが変な訳あるもんか。
天地が引っくり返っても有り得ないですよ。
どんな髪型だろうと可愛いに決まっている。
おおう。
やばい、そう考えると見たくなってくるぞ。ポニテ、ツインテ、サイドアップ、ハーフアップ、おさげ、お団子、編み込み……。
是が非でも色々と見てみたいであります。
なんとかして見せてもらえないだろうか。
筋肉ダルマと共同戦線を張るのも吝かではない。
「かっ、かわっ……!?」
おおう。
顔を真っ赤にして俯いてしまったぞ。
よう考えると俺の物言いもストレート過ぎたな。
思っていることがそのまま口をついて出ちまったぜ。
天使可愛い。
……まさか、からかっていると思われたのだろうか。
俺の信用度仕事しろ。
「本当だよ?」
「わ、わわ、わかったから! もう言わないでよ!!」
「お、おう?」
凄い勢いで頷かれてしまった。
だけどそっぽを向いてこっちを見てくれない。
それになんだか距離も開いてしまった。
お兄さん寂しい。
「シュシュも凄く似合ってる」
「ぁ……ぅ。……ぁりがとぅ」
どうしてもシュシュについても言いたくて口にしたのだが、余計に縮こまってしまった。
何だかやらかした感が漂って来たではないか。
俺のばかん。
「おーい、愛奈ちゃーん」
「ん?」
二人で無言のまま歩いていると後ろからそんな声が聞こえてきた。
声の主はそのまま斉藤さんへ突っ込んだ。文字通り。
「あ、唯ちゃ……きゃぁっ!?」
「久しぶりー!! お、愛奈ちゃんその髪型可愛いな! いやぁ、一ヶ月ぶりだな!」
声の主はクラスメイトの高畠さんであった。
高畠さんは斉藤さんをそのまま抱きしめるとぐるぐると回った。
高畠さんは女子としては少し高い背丈の持ち主なので、斉藤さんとはそれなりに身長差がある。
そのため斉藤さんはその胸にすっぽりと嵌まって抜け出せない。その上バスケ部の体力バカである。体力は有り余っているのだ。斉藤さんは良いように振り回されていた。
朝からとんでも無くテンションが高い高畠さん。
俺もそのテンションに思わず引いてしまう。
しかし、腕の中の斉藤さんが死にそうになっているので、助け船を出した。
「おはよう高畠さん。そろそろ斉藤さんを離してあげてよ。目回ってるよ」
「へ? あ、愛奈ちゃんすまなかった! 久々に会えて嬉しかったんだ!」
「だ……大丈夫ぅ、だょ……?」
俺の言葉に高畠さんは腕の中の斉藤さんの状態に気付き解放した。
斉藤さんはよろけながらも何とか自分で立った。
「斉藤さん、大丈夫?」
「ぅ、うん。……目回ったよぉ」
何とか一人で歩けるようではあるが、まだふらついている。そんな様子に苦笑いしてしまう。
俺は苦笑いしながら高畠さんを窘めた。
「高畠さん、朝から元気過ぎるだろ」
「ああ、すまなかった。愛奈ちゃんを見たらつい……って誰ぇっ!?」
ここ一ヶ月慣れた反応を目の当たりにして、俺は早々に合点がいく。
1学期の俺ぱないんだぜ。
「私はすっかり沢良木君と話している気になっていたんだが、初対面だろうか? ご兄弟とか、もしやご親戚?」
「……いや、沢良木君で間違い無いっす」
さすがにここまでの反応は初めてだ。
高畠さんは中々面白い思考回路を持っているようだ。
会話を重ねる度に、俺の中で高畠さんはポンコツになっていく。
そんな曲解しないで、素直に本人でいいじゃんね。
「ほ、本当か!?」
「ふふふ、最初は驚くよね?」
「あ、ああ……。はぁ、こんなにも変わるものか」
復活した斉藤さんが高畠さんの反応に同意を返した。
高畠さんはしばらく俺をじろじろと見ていた。
そんなに見るなよ。照れるぜ。
「……そんなにおかしいか?」
俺は髪の毛を軽く弄りながら高畠さんへ問う。
今日は学校に合わせ不自然にならない程度に、少しだけ髪の毛を整えている。マッスル美容師ミキちゃんからご教授頂いた数あるセット法の一つである。
男の子の身嗜みですのよ。
……やっぱり変だろうか。
「あ、違うんだ! 変じゃないぞ! いや、一学期の沢良木君は髪が長すぎて顔が全然見えなかったからな。素顔を初めて見たからビックリしたんだ」
「そうか」
まあ、変じゃ無ければなんでも良い。
一番大事なのは天使斉藤さんに変と思われないかどうかなのだから。
「わたしも夏休み中に初めて見た時はビックリだったよ!」
「愛奈ちゃんでさえそうなのか……ん?」
何やら突然高畠さんが斉藤さんに近付くとこそこそと喋りだした。
「……ってことは、やっぱり愛奈ちゃんは夏休みも沢良木君と会っていると言うことだね!」
「あ、うん。そうだよ? 夏休み中最初に会った時はもう髪は短かったんだよー」
「なるほどなるほど! それで? デートとかしたの?」
「でっ!?」
俺は背を向けられているのでその会話を伺い知ることは出来ない。
でっ!?とか斉藤さんが叫んでいたが何の事か分からない。ちらりとこちらへと視線を投げ掛けて来るが俺は首を傾げるばかりである。
仲間外れのようでお兄さん寂しい。
「な、何でそんなこと聞くの!?」
「だって友達の恋路なら気になるじゃないか!」
「こ、こいっ、あ、それは、その……あぅ」
「ほれほれぇ、バレバレなんだから吐いちゃいなよ! それでどこ行ったの?」
「ば、バレバレ……はぅ」
後ろから見ていると慌てたり落ち込んだり喜怒哀楽が背中でわかってしまう。
これはこれで面白いかもしれない。
「えっとね、で、デートは水族館に行ったの。色々あったけど凄く楽しかったんだ。えへへ……」
「おー! 定番だな! お姉さんは色々の部分が気になるけどな!」
「う、うん。えっと、わたしの到着が早すぎたんだけどね、待ち合わせ場所で柄の悪い人に絡まれるところを助けて貰ったりとか」
「ベタなっ! そんな漫画の中の話実在するのか!?」
「ま、漫画? でも本当にあったんだよ? ……二回も」
「お、おう……。さすが美少女。それで沢良木君はどんな感じで助けてくれたのさ!?」
「え、えぇと、ね。こう……」
前の二人を見ていたら斉藤さんが突然身振り手振りで何か伝え始めた。新しい遊びだろうか。
高畠さんの黄色い声も時折聞こえて来る。
しかし、俺が蚊帳の外過ぎる。
俺はハブられながらも楽しめる新たな心情を悟りつつある。
まあ、二人が楽しそうで何よりだよ。
「うーん、暑いなぁ……」
寂しくなんて無いったら無いのだ。
楽しそうに語らう二人の背中を追いかける様に学校へと向かった。
お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




