第82話 結果発表と天使の笑顔
長らくお待たせしました。
今回もよろしくお願い致します。
期末テストが終了して、早くも1週間が経った。
テスト前のピリピリとした空気は消え失せ、目前に迫った夏休みへの期待からか、浮わついた空気が満ちていた。
そんな今日は、待ちに待った期末テストの公表日。
斉藤さんと二人、頑張った成果が公になる日なのだ。
昨今、プライバシーの保護だなんだと試験結果の公表を行う学校と言うのは減っているらしいが、うちの御崎高校は未だに掲示板への貼り出しで結果を公表している。見える事が向上心に繋がるとかなんとか。それを理由に必死に勉強していたクラス連中は見事に学校の思惑に嵌まっていたのかもしれない。俺はどっちだって良いけど。
今回の斉藤さんの作戦はこれを利用したものとも取れる。
公になる自身の点数をもって実力を知らしめる、と言った具合だ。
しかし、正直な話この話は俺が勝手にそう解釈しただけなのだ。
もしかすると、斉藤さん本人は結果をひけらかすつもりは更々無いのではなかろうか、なんて考えてしまう。
よくよく考えてみると、クラスの連中に斉藤さんが自身の順位を自慢するだとか、あの子の性格的にも想像出来ないところ。
もしかすると、見返す、と言いつつも知らしめる方法まで考えて無いのかも知れない。
二人で勉強していた時も、どう見返すと言った話は皆無だったので、意外と本当にあるかもしれない。
そんな抜けてるところも可愛いのだが。
まあ、これも想像なんだけどね。
本日の昼休みに貼り出しが行われると言う事なので、斉藤さんと見に行く予定だ。
そして、ついに訪れた昼休み。
「斉藤さん、行こうか?」
「う、うん、わかったっ」
呼び掛けた斉藤さんは目に見えて緊張している。
時間を追う毎に緊張が高まって行くのが端から見ていて手に取るように分かった。
前もって答え合わせをした結果では、どの教科も高得点を取っており、各教科の教師が公言していた平均点は優に超えていると考えて良いものだった。それに順位だってそれなりに行くはずだ。
しかし、その目で直接結果を見ないと不安なのかもしれない。
ガチガチに緊張した斉藤さんの様子につい笑ってしまう。
「ほら、大丈夫だから」
「あ……うん」
俺は緊張を解すように、頭をポンポンと撫でてみた。
すると、緊張の色は殆ど無くなり、笑みが咲いた。
相変わらず天使可愛い。
ついつい沢山撫でたくなってしまう。
それを俺は鋼の精神ではね除けた。
俺はにやけそうになる顔をなんとか抑えると、斉藤さんを促し二人で掲示板へ足を向けるのだった。
掲示板の位置へたどり着くと、やはりかなりの人だかりが出来上がり、喧騒に包まれていた。ホールのような広い場所ではあるが、その殆どが人で埋まっている。
学年別に掲示されているので、一年生の位置まで移動する。
「人一杯だねー」
「発表当日だからな。仕方ないよ」
人はとても多いが、自分の番号と名前を確認するとその場を去るので案外早く人は捌けているようだ。
「なんか入試の結果発表を思い出すね!」
「あー、そうかも」
徐々に消化されていく列を斉藤さんとだべりながら進む。
5分と経たずに掲示板の目の前までたどり着いた。
「いよいよだよ……」
「ああ」
さあ、緊張の瞬間だ。
俺は早速視線を巡らすと斉藤さんの名前を探す。
俺なんてどうでも良いんだよ。
天使が最優先だ。
上から順番に見ていく。
「「…………」」
……あ。
あった。
斉藤さんの名前を見つけたぞ。
これは……。
隣の天使を見ると、未だに見つけられていないようだった。
それもそうだろう。斉藤さんは下から数えている為、見つかるまでしばらくかかるのだ。
なんたって、上から数えた方が早いのだから。全く、自己評価の低い天使である。そんな謙遜は美徳だとも思うが、斉藤さんはもっと自分に自信を持って良いと思うんだ。
俺は一つ笑みを溢すと、未だ名前を見つけられていない天使の肩を叩く。
「え? どうしたの?」
「ほら、斉藤さん、こっちだよ」
俺は指差す。斉藤愛奈の名を。
「…………えっ!?」
「やったな」
斉藤さんは自分の名前を見つけると、驚きに目を見開いた。
自身の予想を上回る順位だったのだろう。
この学校の一学年は各クラスが40人前後で全5クラス。
つまりおおよそ200人と言う人数が居るわけだ。
そして、表記方法はクラス別等の順位は無く、学年全体の順位が1位から100位まで記名されるのだ。
100位に満たない者は記名すらされない。
世知辛い世の中である。
俺的には記名されないヤツより100位の方がダメージが来る気がするんだけどさ。どうでもいいけど。
斉藤さんは以前、入試はギリギリだったと言っていた。その時、参考に聞いてみた得点は今回のテストで言う所の100位以下にあたる模様。
それが。
「じ、17位……!? え、え? ええぇっ!?」
「驚き過ぎだよ。それくらい斉藤さんは頑張ったんだってことさ」
「17位……」
ぼーっ掲示板を眺め佇む斉藤さんに一つ笑うと今一度肩を叩く。そして、彼女を促した。
「ほら、後ろも並んでいるから行こうか」
「う、うん……」
俺たちは場所を昼休み恒例の中庭へと移した。
結果発表の件で食堂の購買はとても空いていたため、すんなりと昼食をゲット出来たのは幸いだった。
相変わらずおにぎりですが。
いつものベンチへ腰掛けると、各々昼飯を広げる。
「……斉藤さん、大丈夫かー?」
「ふぇっ!?」
俺は掲示板からここまで、心ここに在らずといった様相でいた斉藤さんへ、手を顔の前で振りながら声をかける。
俺の声に斉藤さんはビクリとするとこちらを見た。
その反応、お兄さん地味に傷付くわ。
まるで小動物に怖がられているかの様である。
冗談はさておき。
「大丈夫?」
「ぅ、うん。心配かけてゴメンね。……正直、まだ実感が湧かなくて。夢でも見てるみたいなの」
「あははっ、大丈夫現実だって」
「わ、笑わないでよっ、だって本当に信じられないんだもの! わたしなんかが、あんなに……」
うぅ、と唸りながらジト目をくれる天使。
そんな姿だって斉藤さんがしたら、むしろただのご褒美であります。
タメ口でジト目天使可愛い。
思わずにやけそうだ。
「こら、また自分を卑下しない。大丈夫、この結果は斉藤さんがこの2週間頑張った成果なんだ。他の誰でも無い、斉藤さん本人の頑張りなんだよ」
相変わらずネガティブ思考な天使を窘め、そして労った。
「頑張ったな」
「……うんっ!!!」
俺の言葉に斉藤さんはようやく、満面の笑みを見せてくれたのだった。
「えへへー、17位だよ、17位~! 凄いね凄いねー!」
斉藤さんはお弁当をつつきながら笑う天使。
先程から吹っ切れたようにこのご様子である。余程今回の結果が嬉しかったようである。
ご飯を運んだその小さな口が可愛くもぐもぐ動きそして飲み込むと、えへへーと頬をほころばす。
最早エンドレス。
えへへーのヘビロテである。
可愛らしいその声を横で聞き続ける俺は耳が幸せ。
ついタイミングを合わせて俺も、えへへー言いたくなるが頑張って自重している。俺がしたって誰得なんよ。
「ふふっ、沢良木君卵焼き上げるよ!」
「はっ!?」
驚く俺を余所に斉藤さんは弁当の蓋に卵焼きを置いてしまった。
ちなみにいつも蓋におかずを貰っております。
っと、そんなことより。
「あー。卵焼き貰えるのは嬉しいんだが、斉藤さん一個も食べてないよね?」
そう、先程からこの調子でホイホイとおかずをくれるもんだから、俺が殆どのおかずを食べてしまうような勢いである。
さすがに気が引けてきたよ。
「いいんだよー! 沢良木君には感謝しているんだから! これくらいしかお礼出来ないの。だから一杯食べてね!」
「は、はい……いただきます」
観測史上最大のご機嫌天使に俺は頷く他なかった。
「うん、旨い」
「えへへ、良かったぁ!」
相変わらず天使お手製弁当は旨かった。
報酬として、天使の笑顔にお手製弁当。
十分過ぎるな。
ごちそうさまでした。
昼食を終え、弁当を片付けていた時、斉藤さんは思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば沢良木君は何位だったの?」
斉藤さんは、自分の順位を見るのに精一杯だったよ、と恥ずかしそうに詫びる。
「え、と……」
斉藤さんから投げ掛けられた質問に、俺はつい口ごもってしまう。
「?」
きらきらとした瞳で俺を見つめる斉藤さん。
その様子からは、自分へと勉強を教授してもらった者への期待が籠っている、様に見えた。
俺自身の受け止め方でしかないのだが、妙に言いづらい。だが、いつまでも知らんぷりは出来ない。
斉藤さんの順位は最優先で見たが、俺自身の順位も一応見ていたから答えられる。
「………………位」
「ん?」
俺の呟くような返答が聞こえなかったのか斉藤さんは首を傾げる。
ええい、ままよ。
「1位だったよ」
「ふぇっ!? え、えぇぇっ!? ぃ、いい、いちい? え、ホントっ!? ホントにホントっ!?」
「うん、本当」
自分の順位を見たときよりもオーバーなリアクションで驚く斉藤さんへ俺は頷く。
斉藤さんに嫌味っぽく捉えられただろうか。
だから言うのが嫌だったんよ。
自分から言うとか自慢みたいで恥ずかしいじゃんね。
少し気分が沈む。
暫し放心していたような斉藤さんだったが、その口がポツリと溢す。
「……す」
「す?」
「すっごいよ沢良木君っ!!!」
「お、おう……」
身をこちらに乗り出しながらそう叫ぶ斉藤さんの表情は、実に嬉しそうだった。
あれ?
「凄いなぁ、やっぱり沢良木君は凄いよ!」
「あ、あぁ、ありが、とう?」
その表情はまるで自分の事を喜ぶかのようで。
満面の笑みで俺を讃える斉藤さんに俺は上手く答えられなかった。
「さすがわたしの先生だよ! えへへ、嬉しいなぁ。あ、わたしも自慢出来ちゃうね?」
「あ、そ、うか……」
笑みを崩さず言い切った斉藤さんに俺は顔の熱さを自覚した。
「教室に戻ったら早速唯ちゃんに教えないとね! あ、でもあんまり言いふらしたく無いかも……でもぉ!」
ああ。
この子は。
本当に、自分の事のように喜んでくれているのか。
俺はようやくその事実に辿り着いたのだ。
ぐだぐだと考えていた自分が酷くちっぽけな人間に思えて、益々恥ずかしい。
穴があったら入りたい。マジで。
だけど。
「斉藤さん、ありがとう」
俺は心綺麗な天使へ言うべき言葉を返した。
「え? 何で沢良木君がお礼言うの?」
「なんでも」
「え? えー?」
俺はどこか満ち足りた気持ちで微笑んだ。
昼食を終え、俺たちは教室へ戻った。
幾分時間も過ぎたので、斉藤さんのテンションもだいぶ落ち着いてきた。
しかし、教室は未だに喧騒に包まれていた。
何となく聞こえてくる会話もテストに関する物が殆どのようだった。
やはりテスト結果の公表は大きなイベントなのだと再認識する。
「ね、ねえ、斉藤さんっ」
「え?」
俺と斉藤さんが席に着き、次の授業の準備をしていると不意に斉藤さんを呼ぶ声が聞こえた。
あまり聞き覚えの無い声に振り向くと、二人の女子クラスメイトが斉藤さんの前に立っていた。
「あ、の、何かな……?」
恐らく斉藤さんも初めて会話する子達なのか、その声には色濃く緊張が見えていた。
当然、俺も喋ったことも無ければ名前も知らない。
「テストの順位見たよっ! 凄いねっ!」
「あ……」
一人の女子がそう告げると、もう一人も同意するように頷いた。
「斉藤さんって凄く頭良いんだね! 私なんて100位ギリギリだったよ。こんなことなら斉藤さんとテスト勉強したかったなー」
「ホントホント! 私も順位は似たような感じだったし」
「あ、えっとっ、それはっ……」
突然誉められ、二人の会話に圧される斉藤さんはおろおろと慌て出す。
そんな姿を見て、二人の女子も何かに気付いた様にはっとした。
「ご、ゴメン斉藤さんっ。急に話し掛けられても驚くよね?」
「い、いえ、その……大丈夫ですよ?」
「私達、斉藤さんとお話したくてさ」
「そうそう!」
二人の女子の表情からは、純粋に斉藤さんと話したいと言う思いが感じられた。
邪な色は無く、純粋にクラスメイトとして話したい。友人になりたい、そんな表情で。
「ぁ……」
斉藤さんの緊張の色は段々と薄れていって。
「……ありがとう」
唐突な斉藤さんの感謝の言葉に二人の女子は呆気にとられ、そして見惚れていた。
その天使の笑顔に。
「あははっ、お礼なんて変だよっ」
「えへへ、そう、かな?」
「さ、斉藤さん可愛いっ」
「え、えっ!?」
ワイワイと隣の女子三人は自己紹介やテストの結果について歓談している。その中にいる斉藤さんはとても眩しい笑顔を咲かしていた。
斉藤さんの交友が一つ広がった事に俺は胸を撫で下ろした。
斉藤さんが定めた、"皆を見返したい"と言う目標。
それは十分果たせたのではないだろうか。
少しずつてはあるが、クラスメイトと打ち解けると言う結果を伴って。
中庭で斉藤さんが吐露した心の叫び。
ただ、楽しく学校に通いたい。ただ、友達を作りたい。
そんな望みを斉藤さんならば、ゆっくりと、着実に勝ち得る事を俺は確信するのだった。
―――――
「……ちっ」
その嫌悪にまみれた舌打ちはある場所へと向いていた。
女子三人が語り合う中。
楽しそうに笑う、一人の金髪の少女へと。
「どうしたの、美里?」
「なんでもないわよ」
「そう?」
松井美里を囲む数人がその不機嫌な様子に首を傾げる。
どうもこの昼休みから美里の機嫌がすこぶる悪いようなのだ。
取り繕う様に内の一人が話題を美里へと投げ掛けた。
「あ、でも美里凄いよね! 期末学年21位ってさ! 20位ぐらいって平均80点以上は確実じゃん? あたしらなんて載らなかったし」
「……は?」
「えっ? あ、の……」
その不機嫌さをより一層強めた美里にたじろぐ取り巻き。
「……クソが。なんで、私がアイツなんかに……」
暗く澱んだ瞳で呟く美里の言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。
―――――
「やっぱり気にくわないのかね……」
俺は誰に言うでもなく小さく呟いた。
斉藤さんは気が付いていないが、松井の視線が何度かこちらへと向いている事に俺は気付いていた。
その視線に込められた感情は、お世辞にも好意的とは言えない物であった。
俺が見た順位では奇しくも松井の4人前が斉藤さんだった。
松井が斉藤さんを虐げる理由など皆目見当もつかないが、あれだけ斉藤さんを目の敵にするのだ。
あの順位は気にくわないに決まっているだろう。
何も起こらなければ良いのだが、と俺は願わずにはいられない。
いや。
今度こそは、俺が……。
クラスメイトと談笑する天使を今一度見る。
変わらず笑顔を振り撒く彼女に、俺は決意を新たにしたのだった。
まもなく夏休み。
俺が高校生活で初めて迎える長期休暇が、始まる。
お読み頂きありがとうございました。
長らく続きましたが今回で前日談は終わりです。
次回から二学期に突入です。




