第80話 寂しさと嬉しさと
国語、英語、理科、社会。
試験は順調に進み、気が付けば時は放課後です。
ホームルームも今終わり、後は帰るだけ。
「斉藤さん、お疲れ様」
「沢良木君もお疲れ様です」
わたしは宗君の言葉に笑顔で答えます。
「沢良木君のお陰で、なんとか試験を乗り越えられました。2週間付き合ってもらってありがとうございました」
わたしは嘘偽りのない感謝の気持ちを宗君へ伝えました。
宗君が居たからこんなにも勉強に打ち込めました。
宗君が居たから問題が解けました。
宗君が居たから勉強が、楽しくなりました。
「いや、頑張ったのは斉藤さんだよ。俺は手助けをしただけだからね」
「いえ、沢良木君が居なければきっとわたしは今までと変わらずに勉強出来なかったと思うんです。勉強のやり方も分からず、闇雲に取り組んで、結局ダメで……。だから沢良木君のお陰なんです」
わたしは胸にある思いを宗君へ伝えます。
わたしは宗君のお陰で変われたんです。
宗君への感謝の思いがわたしを笑顔にさせます。
「あ、えっと…………そうか」
宗君はわたしから目線を逸らすと、ポツリと溢しました。その顔は少し赤くなっていて、わたしは何故か嬉しくて。
「ええ、そうなんです!」
胸を張って頷きました。
「……って、まだ終わってないからね!? テストが戻って来ない事には何とも言えないだろ?」
「あ、そうでした! ふふふっ」
「あははっ」
宗君に言われて気が付きます。
まだテストが終わっただけであって、テストは帰って来てないのです。
全部終わった気でいた自分につい吹き出してしまいます。
宗君もつられた様に笑いだしました。
その笑顔が嬉しくて頬は更に緩むのでした。
「はぁ~、随分と楽しそうだこと……」
「あ、唯ちゃん! お疲れ様!」
沈んだ声の主は唯ちゃんでした。
見るからに肩を落として落ち込んでいます。
普段の様子からは考えられないぐらいの落ち込みっぷりです。
「お疲れ~。やっと地獄から解放されるよ……」
「テストどうだった?」
「この姿から想像してくれよ……」
そう言うと唯ちゃんは苦笑いしました。
どうやらあまり結果は良くなかったみたいですね。
「私に比べ愛奈ちゃんは随分と良かったみたいだね?」
「えへへへ、バッチリだよぉ!」
唯ちゃんに向かって、ついピースしちゃいます。
なんたって宗君が先生してくれたんですから。
当然です!
「沢良木君のお陰です!」
「さ、斉藤さん、あんまり大声で言わないでよ」
「私も沢良木先生にお願いすれば良かったよー!!!」
「高畠さんも!!」
「ぷっ、あははっ」
宗君の慌て具合と唯ちゃんのオーバーリアクションに思わず笑ってしまいました。
「あー、でもテストも終わったから、ようやく部活に専念出来るよ」
「一週間は部活禁止だもんね?」
「そうなんだよ。もう勉強しないで良いと思うと気が楽だよ」
「唯は関係なくバスケやってただろうに」
唯ちゃんは嬉しそうに笑いますが、こちらに来た藤島君は唯ちゃんの言葉にため息をついていました。
……あれ?
ふと、わたしは唯ちゃんの言葉にどこか引っ掛かりを覚えました。
「……?」
何が引っ掛かるのか、それが分からずわたしは首を傾げます。
しかし、それはすぐに分かりました。
「次のテストは中間だろ? テスト勉強を暫くしなくて済むと思うと清々しいね」
「……っ」
テスト勉強、しなくて済む……。
わたしはその言葉の意味を理解しました。
テスト勉強の時間が無くなる。
それは、宗君と二人きりの勉強時間が無くなる、と言うことに他ならないのです。
わたしはそんな当たり前の事に、たった今思い至ったのです。
「……た、確かにそうだね!」
「それじゃ、私は早速部活へ行ってくるよ! 愛奈ちゃん、沢良木君また明日! 行くぞダーリン!」
「ダーリンやめろ」
「うん、また明日……」
「ああ」
その事実は、例えようの無い不思議な痛みと重みを伴って胸にのしかかるのでした。
「はぁ……」
帰り支度をしながらもわたしの頭の中は終わってしまったテスト勉強の事で一杯でした。
知らず知らずの内にため息も漏れます。
何でわたしはこんなにも宗君とテスト勉強がしたいんだろう。確かにこの二週間は楽しかった。だけど、ずっと勉強がしたいか、と言われれば首を傾げざるを得ない。
どうしたんだろう、わたし。
「斉藤さん?」
「え?」
わたしを呼ぶ声にはっとすると、隣の宗君がこちらを覗いていました。
その瞳はわたしを心配している様な色を見せます。
「どうかした? さっきから元気無いけど」
頭の中ではよく分からない事を考えていたので、わたしを心配する声に、妙に恥ずかしい気持ちになります。
「だ、大丈夫です!」
「……そう? 斉藤さんはもう帰る?」
「あ、わたしは図書室……」
「え、まだ勉強するの!? 熱心だなぁ」
あ、やってしまいました……。
ここ2週間の癖でそんなことが口をついて出てしまいました。
どれだけ勉強したいんですかわたし。
わたしそこまでガリ勉じゃないですよぉ。
「あ、あはは、冗談ですよ?」
「なんだ冗談か。ビックリしたよ」
恥ずかしさで顔が熱いです……。
わたしは誤魔化す様に言葉を繋げます。
「あ、あの、沢良木君はこ、答え合わせとかするんですか!?」
これは少し考えていたこと。
テストが制限時間より大分早く終わった為、問題用紙に答えを写していました。
宗君にも余裕があれば、やったら良いと教えられたのでやってみた次第です。
それを見て答え合わせをすれば直ぐに点数が分かるという訳です。
もし、宗君さえ良ければ一緒に出来ないかな、なんて。
「答え合わせか。時間があれば家でやるつもりだったけど?」
「あ……その、もし、よろしければ……」
「ん……ああ、そうだね。一緒にやろうか?」
バイトの時間までだけどね、と宗君は笑います。
宗君はいつもわたしの伝えたい事を汲んでくれます。
甘えている事を自覚しながらも、嬉しくなるんです。
「はい!」
まだ、宗君と一緒に居れる。
そう思うと心は満たされ、笑顔が溢れるのでした。
「…………ぁ」
わたしはそこでようやく気が付いたのです。
あぁ、わたしは勉強がしたいんじゃなくて。
宗君と一緒に居たかったんだ。
その事実に。
不意に訪れた、胸の奥に感じる熱さと。
何故か火照る顔に、わたしは混乱していきます。
ぐるぐると、頭の中で言葉が巡りとりとめがありません。
「どこで答え合わせする? ここ?」
「ふぇ、え、えぇ、と、図書室でっ!!」
反射的に答えたのは、最近ではすっかりとお馴染みとなった場所。
「ぷっ、あはは、斉藤さん図書室好きなの? それじゃ、行こうか?」
「お、おお願いいたします!」
宗君に笑われてしまい、更に顔が熱くなるのをわたしは自覚するのでした。
お読み頂きありがとうございました。
結局、一話では本編に戻れませんでした…。
後一話で終わる予定です。
追記 すいません。多分終わらないです。申し訳ない。




