第77話 テスト勉強と桜子ちゃん
大変長らくお待たせしました。
今回もよろしくお願いいたします。
「あれ? 沢良木君?」
「ん? あ、高橋先生?」
場所は図書室。
ここ数日の日課となった図書室の勉強会である。
いつもと同じように斉藤さんとは隣り合わせで腰かけているが、只今隣は空席だ。
斉藤さんは今さっきトイレへと出掛けられた。
トイレはこの図書室から距離があるため、結構かかると思われる。
一人で参考書へ視線を向けていた所に声をかけられたというわけだ。
当の桜子ちゃんは授業で使う資料を図書室から借りていた様で、その返却に来たようだ。
「テスト勉強?」
「ええ、そうですね」
「こんな早い段階からするなんて感心感心! って沢良木君だったら当然かぁ!」
大体の生徒は3日前とかだよね、と言いながらも、相変わらずニコニコと愛想の良い笑みを向けてくる桜子ちゃん。
なんだか俺の評価の過大な所が気になるが。
「ん? 他にも誰か一緒に?」
桜子ちゃんの視線は俺の隣、斉藤さんの席へ向いていた。
「斉藤さんですよ。一緒に勉強していたんです」
「そうなんだぁ!」
桜子ちゃんの愛想の良い笑みは、ぱぁっと嬉しそうな笑みへと変化した。
以前、斉藤さんの事で声をかけられた事が有るから、彼女の事を気にかけてくれていたのかもしれない。
生徒思いの優しい先生だと思う。
どこかの虐めを見て見ぬ振りをする様な先公とは雲泥の差である。
「ありがとうね、沢良木君」
今度は優し気な瞳で微笑む桜子ちゃん。
コロコロと魅力的な表情が出てくる先生に素直に感心してしまう。
可愛げながらも大人の女性たる魅力もある。
こういった所が皆から人気を集める所以なのだろう。
相変わらずクラスの男子からの支持は厚い。
「いえ、俺は何も」
「ふふっ」
謙遜しようにも見透かされたように微笑みを向けられるだけだった。
以前言葉を交わした時もそうだったが、この人には不思議と勝てそうに無いんだよ。俺が良いようにあしらわれる。
数歳の差しか無いんだけどなぁ。
「ちょっと小耳に挟んでね、心配してたの」
「……先日の件、ですよね」
曖昧な表現をした桜子ちゃんに俺は何が言いたいのか察した。その通りだった様で桜子ちゃんは頷く。
隣良いかな、と言う桜子ちゃんに俺も頷いた。
桜子ちゃんは斉藤さんとは反対側の席へ腰かけようと椅子を引くと、俺の近くまで椅子を移動させた。
「確か、沢良木君が休みだったよね?」
「ええ、俺が居ればもうちょっとは斉藤さんを……」
「いえ、ごめんなさいっ。沢良木君を責めている訳じゃないの。言い方が悪かったよね」
桜子ちゃんは慌てた様に俺の言葉を手で制した。
「でも、その様子だと聞いてはいるみたいだね」
「はい、クラスメイトや斉藤さんから」
「そっか……。斉藤さんの様子はどうかな?」
事が事なだけに、やはり本人からは聞きづらいのだろう。表情からはそんな様子が伺える。
確かに斉藤さんの事だ、先生などに声をかけられても心配を掛けまいと気丈に振る舞いそうに思えてしまう。
桜子ちゃんも既に斉藤さんとの対話を持っていたのかも知れない。
生徒思いな桜子ちゃんには申し訳ないが、斉藤さんはある程度心を開いてくれないと、結構頑なな所があるからな。
桜子ちゃんを安心させるように俺は思っている事を答えた。
「……彼女は強い子ですから。大丈夫だと思いますよ。実は今もですね、テストで皆を見返したい、と頑張っていたんですよ?」
俺は斉藤さんの思いを自慢の様に語る。
斉藤さんの考え方は俺には真似できない。
俺なんかよりよっぽど大人で。そして純粋で。
彼女の友人である事を誇りに思えるよ。
「ふふ、そっか。それなら大丈夫かな。……私がこんな事を沢良木君に頼むのは、おかしい事なんだけどね。どうか、斉藤さんをお願いします」
自分の不甲斐なさを痛感している、とでも言う様に表情を歪める桜子ちゃん。
そんな先生に俺は当然、と答える。
「先生にお願いされるまでも無いですよ。俺は斉藤さんの友達なんです。友人を助けるのに理由は要らないですから」
俺には天使のスマイルが最高の報酬なのさ。
なんて、キザったらしい事を考えてみたり。
いや、よくよく考えるとマジでそれが理由な気もするわ。
天使侮り難し。
天使の笑顔プライスレス。
「……はぁ。斉藤さん可愛いもんなぁ(ボソッ)」
「ん? 先生なにか?」
「あ、ううんっ、何でもないよ!」
「?」
突然慌てだした桜子ちゃんに俺は首を捻った。
それからは他愛も無い話を斉藤さんが帰ってくるまで続けた。隣とは言え、桜子ちゃんが妙に俺に近いことが気になった。
「……高橋先生?」
「あ、斉藤さん! ちょっとお邪魔してたよ」
戻って来た斉藤さんが先生を見つけ声をかけた。
桜子ちゃんもそんな斉藤さんへと手を振っている。
「テスト勉強してたんだってね? えらいえらい!」
「は、はい……。沢良木君が教えてくれるので……とても助かっています」
「うんうん、良かったね!」
斉藤さんはどこか恥ずかしそうな、嬉しそうな笑みを浮かべた。
桜子ちゃんもそれを見て嬉しそうに頷く。
そんな二人を見て俺も何となく癒された。
「あっ、私時間無いんだった! それじゃ先生は行くね。沢良木君、斉藤さん勉強頑張ってね!」
そう言うが早いか桜子ちゃんは席を立った。
「はい、ありがとうございます」
「あ、はい……」
笑顔を残し桜子ちゃんは図書室を後にした。
「……高橋先生、優しいですよね」
席に戻り、ノートを再び開いた斉藤さんはポツリと呟いた。
その呟きに答える様に俺は頷く。
「そうだね。生徒思いな先生だと思うよ」
「はい。高橋先生、よくわたしに話しかけてくれたんですよ。多分、わたしがクラスで浮いていることを気にしてくれてるんでしょうね……」
やっぱり予想していた通り、斉藤さんとも話はしていたようだ。
しかし、さっきの桜子ちゃんの様子からすると。
「だけど、わたしちゃんとお話出来なくて……。せっかく声をかけて頂いていたのに、何の相談も出来なかったんです」
これも予想通りか。
その姿が何となく想像出来る。
「だから、顔を会わすのが少しきまずくて」
斉藤さんは頬を掻くと苦笑いした。
「桜子ちゃんは生徒の事をよく考えてくれているし、親身になって相談にも乗ってくれると思うよ。世間話でも良いから少しずつ話出来るようにすれば良いんじゃないかな」
生徒思いな桜子ちゃんの心労が少しでも和らげられれば、と俺はフォローしてみた。
「ええ、そうですね。今度はそうしてみます」
良い子な斉藤さんは恥ずかしそうに頷くのだった。
「……そう言えば、沢良木君って高橋先生と仲良いんですね」
勉強を再開して暫く経った頃、唐突に斉藤さんがそんなことを言った。
俺の参考書を捲る手が止まる。
「……そうかな?」
その言葉の意図を考えるもよく分からない。
仲、良いか……?
俺と桜子ちゃんが二人で話す事なんて殆ど無いし、先程の会話だって2回目じゃないだろうか。
それを仲良いと言われても実感がまるで湧かない。
ましてや教師と生徒である訳で。
「わたしには見えました」
そう少し棘のある口調で語る斉藤さんを見れば、どこか拗ねた様な表情で俺は更に混乱する。
「い、いや、そんな事無いと思うけど?」
「いえ、良いんです。……あ、ここ教えて欲しいんですけど」
「あ、ああ……」
初めて見る斉藤さんの様子に狼狽えつつも、引き続きテスト勉強に励むのだった。
ちなみに頬を膨らます斉藤さんが可愛いくて、俺は癒された。何で膨れてたのかは分からないが。
斉藤さんと俺の勉強会が始まりあっという間に1週間を過ぎた。
昼休みや放課後の時間を使って中々に勉強時間を取れたと思う。
斉藤さんの勉強も、今回のテスト範囲を既に2周することが出来た。もう1周もすれば完璧じゃなかろうか。
後は一問一答式でやっていこうかと思っている。
俺のバイトの都合で放課後はそこまで出来る訳では無いが、斉藤さんは家に帰ってからもしっかりと勉強しているようだ。
斉藤さんの勉強の出来具合を見て俺は安心するのだった。
残す日数は後僅か。
皆を見返したい。
そんな斉藤さんの目標を達成すべく気を引き締めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
桜子ちゃんが久しぶりの登場でした。すぐに出番終わりましたけどね。




