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第75話 支えたい

本日もよろしくお願いいたします。

斉藤家訪問の前日談としましては、最後のストーリーとなります。

終わり次第、本編へと移ります。


夏休みに入る前、期末試験を迎える沢良木君と斉藤さん。柵を打ち破るべくひたむきに努力する天使。


※長いです。


2018.4.15改稿

斉藤さんの座席位置、いきなり間違えておりました。申し訳ありません。

向かい側→隣へ





 

 それは、期末テストを二週間後に控えたある日に起こった。


 高畠さん。えー、斉藤さんが最近言葉を交わすようになった女子生徒だが、彼女が居ればまた違ったのかも知れない。彼女は中々友達思いな所があり、最近はよく斉藤へのフォローをする姿を見るようになった。

 斉藤さんが積極的に話にいく訳では無かったが、徐々には斉藤さんも心を開いているようではあった。

 しかしまあ、彼女頼り過ぎるのもアレだな。


 一番は俺が側に居なかった事か。

 俺自身を万能だの何でも出来るスーパーマンだとかは間違っても思わないが、俺だって斉藤さんの友達だ。彼女がピンチとあらば最優先で駆けつける所存だ。

 その場に居れば全力でフォローに回っていただろう。


 ……あ、やっぱ無し。前言撤回。

 俺が居たら多分ブチキレてたと思うから、尚更収拾つかなくなってたな。うん。


 いや、過ぎた事より今は目の前の事に集中しよう。

 俺の隣、直ぐ側に座るは我が校随一、いや唯一無二の天使斉藤さんだ。

 斉藤さんはペンを握りしめた可愛らしい手を必死に動かしノートを埋めていく。


 そう、俺は今、斉藤さんの"専属講師"をしているのだ。




 俺が聞き及んだ、事の顛末はこうだ。


 ―――――――


 最近は近くに期末テストを控え、授業も普段に増して教師、生徒共に力が入っているように感じる。

 教師は授業の所々にテストに関するヒントをちりばめ、生徒はそれを聞き逃すまいと一心不乱に耳を傾ける。

 しかし、それはあくまでも、真面目と称される部類の生徒であって全ての生徒に当てはまる物ではなかった。まあ、不真面目と分類される生徒であっても多少は授業態度に改善は見られる。

 そんな授業風景。


 斉藤さんも例に漏れず真面目に授業を受けていた。

 普段から真面目で一生懸命な彼女であるが、その横顔は普段に増して真面目、と言うより必死な様子が窺える。


「……」


 不意に斉藤さんは隣の席へ視線を投げ掛ける。

 隣の席、つまり俺の席な訳だが、そこには空の席があるだけだった。


 俺はどこにいるかって?

 恥ずかしながらこの時俺は体調不良で1日だけ休んでしまったんだ。前日のバイト中に服が濡れ、ほったらかしで仕事を続けていたのが悪かったんだと思う。

 まあ、俺の体たらくは良いんだ。反省してるし。


 高畠さんもこの日は休みだったらしく、つまりこの日斉藤さんは気を許せる様な相手が一人も居ないまま学校を過ごしていたようだ。

 最近はずっと俺が居たし、高畠さんとだって話すくらいになってたからな。

 少し心細かったかも知れないな。


 斉藤さんがいくら心細くとも、テスト前の授業は粛々と進んでいた。


 俺と友人になる以前、斉藤さんは授業中に当てられても答えられない事がままあった。

 実際、俺が初めて斉藤さんへ干渉したあの日。ノートの切れ端を斉藤さんへ渡した時も教師の問いに答える事が出来ず、俯いていたのだ。

 周りの斉藤さんへ対する態度に、我慢の限界が訪れて俺は手助けをした。


 あの時の自分を俺は誉めてやりたいね。

 宗、よくやった。と。

 なんたって、斉藤愛奈さんと言う至高にして唯一無二の究極ラブリー天使と友達になれたのだから。

 人生で一番有意義な決断だったと俺は声を大にして語りたい。

 あの出来事がなければ俺の高校生活は灰色だったに違いない。うん。

 あの日、枯れ果てた俺の高校生活に天使から授かる癒しと言う名の潤いが与えられたのだ。


 ……閑話休題。


 えっと、授業で答えられない事があった、って話だったな。


 まあ、以前はそんな状況だったんだが、結論から言うと最近の斉藤さんは前と違って授業中にしっかりと受け答え出来ているのだ。

 分からない所があれば俺に質問をしてくれて、俺が教えればそれをしっかりと理解している。

 テストはまだ受けていないが、おそらく以前と比べ成績は上がっていることだろう。

 ああ、間違っても俺が育てた俺のお蔭、等とおこがましい事を言う気は更々ないと明言しておく。


 彼女、本当は頭がとても良いと俺は思うんだ。

 ただ、相談出来る友人も居らず、尚且つ周囲の環境が最悪だった。

 そんな中でがむしゃらに、道も分からず、さ迷いながら、なんとか一人で進もうともがいていたんだ。

 そこへ俺と言う簡単な道標を得ることで進む道が見えた。それだけだ。




 この日、斉藤さんは当てられたと言う。


 最近の斉藤さんであれば問題なく答えられていただろう。

 間違いない。


 だけど、そう。

 何もかも、タイミングが悪かったんだ。





「それじゃ……斉藤、答えてみろ」


「は、はい!」


 斉藤さんは教師の指名で立ち上がった。

 ノートへと視線を落とし自分の書いた物を確認する。

 答えは直ぐに見つかった。既にしっかりと解けているのだ。

 後は答えるだけ。

 口を開き答えるだけだった。

 だが。


「答えは…「斉藤さーん、まだ答え無いのー?」」


「早くしてよー、後がつっかえてるよー? アハハッ」


 ギャハハッ


 斉藤さんの言葉へ被せる様に、その言葉は発せられた。まるで狙い澄ましたかのように。

 そして続くは数人の下品な笑い声。

 それはまるで俺が初めて手助けをしたあの日の再来。

 あの日と全く同じ女生徒の言葉が発端だった。

 連鎖する嘲笑、失笑は止まない。


「っ……」


 耳に突き刺さるその声に斉藤さんは体を強ばらせ萎縮する。

 それは以前から幾度となく彼女へ浴びせられた嘲笑。

 俺と友人になる以前まで縛られていた柵。


 心に刻まれた傷痕が否応なしに思い起こされ、抉られる。


 斉藤さんは唇を噛み必死に耐えた。

 彼女だって以前とは違うのだ。

 少ないながらも友人を得て、学校と言う憂鬱極まりなかった場所を楽しいと感じられるまでに成長したのだ。


 しかし、心無い追い討ちが彼女を襲う。


「つかまだ答えないの? 早くしてくんない?」


「ぁ……ぅ……」


 答えようとするも、その喉は音を成さず息が漏れるばかり。

 息は浅く、胸の鼓動は早い。

 教師が勝手な発言をする生徒を注意するが、もう遅い。


 クスクス


 ヒソヒソ


「まだー?」




「……っ」





 ……少女の心は折れた。



 タイミングが、悪かった。

 この場に、彼女の拠り所となる人物が居れば結果は変わっていたかもしれない。

 高畠さんか。

 俺、か。



 彼女は教師に着席を促されるまで立ち尽くしていた。

 そして、席に着いた彼女の頬には涙が一筋跡を作っていた。




 ――――――




「おはよう斉藤さん」


「……」


 病欠を明け、俺は登校するなり隣の斉藤さんへと挨拶をする。毎日欠かさない日課となりつつある行動。

 いつも斉藤さんは俺の挨拶へと笑顔を返してくれる。

 その笑顔をチャージすることで、俺の1日は始まるのだ。

 斉藤さんが振り撒く天使の笑顔を見ないと調子が出ないんだよ。斉藤さんマジ天使。


 しかし、俺の挨拶への返事は待てども来ない。

 不審に思い、俺は斉藤さんの顔を覗く。


「……斉藤さん?」


「……ぇ? あ、沢良木、君。どうかしました?」


 どこか覇気の無い声。

 表情も同様に暗い。


 え、何、どゆこと?

 どうかしたの斉藤さん?


「あ、いや、おはようって、挨拶をね?」


「あ、ごめんなさい。おはようございます」


 ようやく返してくれた挨拶はどこか事務的で、感情の抑揚が感じられない声だった。


 いやいやいやいや、マジ何があったんだよ!?


 俺はここ最近の斉藤さんからは想像出来ない事態に、混乱の極みに達していた。

 いつも天使の笑みを振り撒き、俺に笑顔を届けてくれる斉藤さんがここにいない。


 柄にもなく、おろおろとしてしまう俺。

 とにかく斉藤さんと会話をしよう、と自席へ腰を据えた。


「斉藤さん、どうかしたの? なんか様子が変だよ?」


「……ぇ?」


 おおう。

 まさに心ここにあらずってな具合だな。

 俺の言葉にワンテンポ遅れて反応した挙げ句、内容も把握出来ていない。


 顔をこちらへ向けてくれたので、俺は諦めずに声をかける。


「……何か悩み事? 相談ならのるよ?」


「ぁ……うん、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ……?」


 斉藤さんはそう言い、笑顔を浮かべた。

 だけど。

 その笑みは普段の可憐で愛らしい笑みとは程遠い。どこか悲痛で、無理矢理浮かべたものだった。


「……っ」


 その笑みを目の当たりにした俺は胸にチクリと痛みを感じる。

 一体何があって、この子がこんな悲しい笑顔を浮かべなければいけないのか。微かに憤りに近い感情が俺の胸に宿る。


「……そう……か」


 そう、は見えない。

 何かあったなら聞かせて欲しい。

 俺達は……友達だろ?

 俺は彼女にこう伝えたかったのかも知れない。


 しかし、俺は頷くことしか出来ずなかった。


 俺が頷いた瞬間、斉藤さんの肩がピクリと震えた。それは、簡単に見落としてしまうほど小さな物だったが。


「……ぇ、ええ。あ、ほら、もう授業始まってしまいますよ? 準備しなくちゃ」


 そそくさと逃げるように俺から視線を外すと斉藤さんは前を向いてしまった。

 それは、もう話すことは無いとでも言うような拒絶に感じた。


「ああ」


 斉藤さん同様に前を向いた俺だったが、頭の中は様々な感情がない交ぜになっていた。


 斉藤さんは何故こんなにも暗い笑顔を浮かべるのか。

 斉藤さんは何故俺に話してくれないのか。いや……。


 ……俺、は何故、あと一歩踏み込めなかったのか。


 俺は斉藤さんへ責任を転嫁しようとした、彼女の友人たる自分の不甲斐なさ、情けなさに気落ちするのだった。





 ……おかしい。


 何がおかしいのか、それは隣の少女だ。

 朝の様子からしておかしいのは分かり切っていたのだが、それに拍車がかかっている。


 今は授業中。既に4時限目に入っているのだが。


「……」


 斉藤さんからの質問が無いだと……?


 ここの所、彼女は"毎日"時には"毎時間"俺に勉強の質問をしてくれていた。

 それが今日に限って、全く無いのだ。


 質問をする必要が無い程に理解が深まったのなら、それほどに嬉しい事はない。

 しかし、盗み見る隣の少女の様子からは、到底そうは思えなかった。


 ううむ。

 ノートもいまいち取りきれていない、か。


 本当にどうしたのだろう。

 前にあった、こちらを見てノートを取り損ねるとかそう言う次元の話じゃないな。

 その姿は授業その物に集中していないように見える。


 俺自身も朝の一件以来、斉藤さんへ上手く話しかける事が出来ていない。


 次の休み時間……昼休みか。

 そこでちゃんと話を聞こう。


 だが、その前に……。


 俺は休み時間にすべき事を考えて過ごした。




 昼休み。

 俺はあるクラスメイトの元を訪れた。

 そう、高畠さんだ。

 斉藤さんは昼休みになって早々に席を立ってしまった。トイレでも行ったのかもしれないが、ちょうど良かった。


 俺が誰かに話かける事などまず無い為、高畠さんも少し驚いた様子だ。隣に居た藤島も同じ表情だ。

 一緒に昼食でも摂る所だったのだろう。

 仲の良いこった。

 この歳でここまでおおっぴらにカップルするのって、結構凄いよな。各々友人だって居るだろうし、そこら辺はどうなんだろうか。

 まあ、俺には関係無いし、どっちにしろ今はどうでもいい。


「お、沢良木君、珍しいね。どうかした……って、一つしか無いよね」


「ああ。斉藤さんの事だが……何か心当たりある?」


 俺の言葉に高畠さんは苦虫を噛み潰したような表情をした。

 この様子だと、彼女も何かしら知っていて気に病んで居たのかも知れない。


「まあ、と言っても沢良木君と同じく私も昨日は休んでいてね。さっき健太から聞いたんだよ」


 その言葉に俺と高畠さんの視線が隣の藤島へ移る。


「お、俺!? いや、俺じゃなくて他の友達にでも聞けば良いだろ?」


 視線を受けた藤島は少し焦ったように俺へ言う。


 しかし、俺にその言葉を言うとは……。


「俺の友達は斉藤さんしか居ないっ」


「いや、何で偉そうなんだよ……」


「しかし、その斉藤さんが何も教えてくれない! つまり困った! だから教えてくれ!」


「いや、そこまで言えるなら他のヤツでも良いだろ……」


「成り行きだ! 頼む!」


「いや、だから何で偉そう……はぁ、まあ良いや、座れよ」


 頼む態度じゃねぇだろ、とため息を吐く藤島が空いている椅子を指した。


「ぷっ、はは、沢良木君は愛奈ちゃんが大事なんだな」


「まあな。唯一の友達だからな」


 藤島は俺が席へ座るのを見届けると教室を見渡した。

 一通り見るとこちらへ視線を戻した。


「よし。アイツらいつも昼は居ないから大丈夫だとは思うが。アイツらに目付けられると面倒臭そうだからよ」


 藤島の言葉に俺は首を傾げる。

 主語がアイツではよく分からない。


「昨日の授業中にちょっとあったんだよ」


 藤島は少し声を絞り、身を屈めながら話始めた。

 俺も倣い身を屈める。


「授業中?」


「ああ。えっと、松井、居るだろ?」


 その名前を聞いて高畠さんも少し顔をしかめた。

 しかし、俺は。


「…………誰だ?」


 恐らく高畠さんとは別の意味で顔をしかめた。

 藤島の言う名前を思い浮かべても全く頭には浮かんで来なかったのだ。

 皆目検討つかんわ。誰だ松井。ゴジラか。


「マジかよ……」


 そっからかよ、と藤島は頭を抱えてしまった。

 隣の高畠さんも少し呆れの含まれた視線を俺にくださっている。

 なんかゴメン。


「あー、松井美里ってのは、窓側列の真ん中に居るゆるふわパーマかけた少し茶髪の女子。背は高めで、顔は結構良い方だな。確か読者モデルやってるとかなんとか。性格はちょっとキツイが……」


「すまん、もっと分かりやすく頼む」


「これ以上に無い説明だよ!!!」


 だって結局分からないんだもの。


「……沢良木君って想像以上に面白いな。特にダーリンとの掛け合いが……」


 高畠さんの呟きが耳に届いた。

 俺と藤島でお笑いコンビか。

 御免被るわ。


「ごほんっ……。まあ、それでだな、昨日その松井が――――」


 藤島は仕切り直し、と咳払いを一つすると語った。


 昨日の出来事を。





 藤島と高畠さんとの会話を終え、俺は事の顛末を知った。


 そして、教室に一つの音が木霊する。


 バキッ


「ひっ!?」


「お、おお俺の机ぇっ!?」


 おっと、つい机にヒビが。


 俺の握った藤島机が悲鳴をあげてしまった。端から中心の向かって机の半分程に割れ目が出来た。


「ああ、すまん藤島、つい」


「つ、ついじゃねえよ!? なんでつい机が割れるんだよ!? いや、訳わかんねえから!」


 良いツッコミしてるじゃないの藤島。

 後で俺の机と交換してやるから勘弁な。


 だけどゴメン、今構ってる程、心に余裕が無いわ。


「ふ……ふははっ」


「さ、沢良木君笑ってるよ……」


「な、なんだよコイツ、マジ怖いんだけど!? 髪の隙間から見える目、全然笑ってねぇよ!?」


 つい漏れてしまった笑い声に二人が怯えていた。

 実に失礼なヤツらだな。


 まあ、そんなことより。


「……さて、ぶん殴りに行くか」


 その顔が原型留めなくなるまで殴ってやらぁ。

 二度とお日様の下を歩けないようにしてやろうじゃないの。

 裸にひん剥いて町内引き摺り回してやるわ。

 ああ、理沙に軽を借りるとしよう。

 ロープは学校にも探せばあるだろ。

 バリカンもあったら良いな。

 野球部とかに無いかな。

 あー、松井の顔なんて記憶に無いから知らないから探すのが面倒だな。

 まあ、藤島に案内させるか。


 天使に傷を負わせた責任は重いぞ。


 俺は松井某への制裁を執行すべく音もなく立ち上がる。

 しかし、気がついた高畠さんに止められてしまった。


「っておい沢良木君っ!! 早まるなっ! 一回落ち着こう! な!」


「そ、そうだぞ! もう少し考えようぜ!」


 藤島も高畠さんに便乗するように俺を止めた。


「俺は落ち着いてるが?」


 そうだ、俺は落ち着いている。

 落ち着いて松井とやらをぶん殴りに行こうとしているのだ。


「いやいやいや! 落ち着いて人殴りに行くヤツがあるか! 第一、愛奈ちゃんはそんなことをして喜ぶのか!?」


 なに?


「……」


 ……ううむ。

 確かに高畠さんの言う通りか。


 俺が報復した所で果たして斉藤さんが喜ぶのか……。


「いいや、喜ぶ筈がないな……」


 俺はかぶりを振るともう一度席に着いた。

 答えはすぐに分かる。

 あんなにも優しい子だ。

 俺がそんなことをしてしまえば、逆に彼女が気を病み、傷付いてしまうだろう。


「「……ほっ」」


 二人はあからさまに安堵のため息を吐いていた。

 そんな様子に思わず苦笑いしてしまう。

 暴力事件の片棒を担がずに済んだからだろうな。


 俺はおもむろに頭を二人に下げた。


「二人とも申し訳なかった。それとありがとう」


「へ?」


「お、おう?」


 突然頭を下げた俺に面食らった様子の二人。


「せっかく善意で教えてくれたのに失礼した。いやぁ、二人が止めてくれなければ、恐らく本当にぶちのめしに行ってたからな」


 二人は俺の言葉に今度は打って変わって頬をひきつらせていた。

 間違いなく停学か退学だったな、と言う俺が付け足した発言に更に頬をひきつらせた。


 不思議なもので、斉藤さんが絡むと俺は見境を無くすらしい。

 考え直してみると、普段は考えもしない様な非常にエグい思考に陥っていた。

 今度からは気を付けよう。

 斉藤さんには嫌われなく無いからな。


「ま、まあ、考え直してくれたのなら良かったよ」


「……マジなんなんだよコイツ」


 二人は盛大にため息を吐くと揃って肩を落とした。


 藤島に聞く限りだと、その時クラス全員が加担していたわけでは無いそうだ。それだけが救いか。

 嘲笑を浴びせるのは例の松井一派だとか。

 ヤツらの発言力が強いせいで皆も強く出れないと言う。


 ううむ。

 そうなると、どうしたものか。

 何か良い解決法は無いだろうか。


「ん、そう言えば斉藤さんは?」


 ふと、本来の目的を思い出した。

 斉藤さんと話がしたかったんだ。

 そこで取り敢えず内容を把握しようとここにいたのだ。


「言われてみれば当の愛奈ちゃんを見ないな?」


 てっきりトイレにでも行っているのかと思っていたが、それにしては随分と帰りが遅い。

 藤島を見ても首を振るだけだ。


「ま、まさか、また松ナントカにっ!?」


「松井だよ。いい加減覚えろよ」


 藤島のツッコミはスルーして俺は立ち上がる。

 藤島は生粋のツッコミ担当なのかもしれない。


 最悪な情報を仕入れたばかりだ。

 斉藤さんの姿を見つけられず、言い知れぬ不安にかられる。


「沢良木君、今度は落ち着いてよ?」


「ああ、もちろん。それじゃ斉藤さんを探して来る! 二人とも助かった!」


 二人との会話もそこそこに俺は教室を飛び出した。


 どこだ斉藤さん!!!





 宗が立ち去った教室では。


「いや、全然落ち着いて無いからな沢良木君?」


「沢良木って、あんなヤツだったのか……」


 嵐の様に去って行った宗にげんなりした様子の二人だった。

 二人の席の近くに居た生徒も、普段ひっそりと存在している宗の騒がしい姿に驚きを隠せない様子。

 宗が飛び出した方へ視線を向ける姿もちらほらと見れた。


「なあ、唯」


 机に突っ伏していた藤島が顔だけを上げて恋人の名前を呼ぶ。


「ん?」


「一番危ねぇヤツって沢良木じゃね? 松井なんかよりさ……」


 つか俺の机どうしたら良いんだよ……、と藤島がぼやく。


「いやいや、愛ゆえだろう」


 藤島の言葉に唯がかぶりを振り、机は御愁傷様、と肩を叩いた。


「あいぃ? やっぱ付き合ってんのかあの二人。そりゃまあ、彼女が苛められればキレるか」


 仲良いもんなぁ、と頷く藤島に唯も頷き返す。


「そうだな。愛奈ちゃんも沢良木君にべったりでね。そこがまた可愛いんだけどさ。よく二人の世界を作ってるよ」


 普段の様子を思い出してか唯が笑う。

 しかし、唐突に唯の表情が疑問色へ変わった。


「んん? でも沢良木君"友達"って言っていたような?」


「あー、言われてみれば?」


「まあ、どっちにしろ今回は沢良木君へ任せるとしよう。残念ながら私ではまだ愛奈ちゃんの心を開く事は出来ないようだからな」


 藤島は心底無念そうな表情を浮かべる彼女を見て笑う。お前なら直ぐに仲良くなれるよ、と友達思いな恋人を慰めた。


 そして、二人は思い出したように昼食を開始するのだった。




 ―――――――




「ううむ、分からん」


 教室を飛び出した俺は廊下で途方に暮れていた。


 探しに出たは良いが、斉藤さんの行くような場所ってどこだろうか。

 そもそも、自分で向かったのか、何かに巻き込まれたのか。それも定かではない。


「教室以外で斉藤さんが行く場所って言ったら一つしか思い付かない」


 焦る心を落ち着け、ひとまず向かおうと、あの場所へ俺は足を向けた。





「……あ、居た」


 よかった、と安堵に思わずため息がついて出た。


 俺の視線の先、"中庭のベンチ"。

 中でもその場所は植木で隠れていて、周りや校舎からは見えない。見ようとするならば、わざわざ中庭に降り、こちらへと赴かなければならないのだ。


 そんな目立たない、ひっそりと存在するこのベンチに一人の天使が腰かけている。

 その可愛らしい手にはお弁当箱。開いてはいるものの箸が進んでいる様子はない。


 俺は静かに近付くと、おもむろに隣へ腰かけた。


「ぁ……沢良木君」


「ああ、沢良木です。隣良い?」


「ぁ、ぇと……はぃ」


 既に腰掛け事後承諾を問う俺に、斉藤さんは頷いた。


 中庭に暫しの沈黙が降りた。


 俺は斉藤さんを横目に見る。

 その手に持つ箸はやはり動く事無く、よくよく見ればほとんど弁当には手が付けられていなかった。

 横顔を見ても、その視線は地面を見つめていて、いや、ぼーっとしていて何も見ていないようだ。


 俺は斉藤さんへかける言葉を探し、暫し逡巡すると意を決して声をかけた。


「……昨日の事、聞いたよ」


 その言葉に斉藤さんは分かりやすく肩を震わせた。

 そして、実にぎこちない、無理矢理な笑顔を浮かべた。


「ぁ、あーぁ、バレちゃいましたか……ぁはは。恥ずかしいので、沢良木君には知られたく無かったんですけどね」


 斉藤さんは引き続きその歪な笑顔を浮かべる。

 俺はその笑顔を目の当たりにして、今朝の様な胸の痛みを再び感じた。しかし、それは今朝よりも明らかに大きな痛みで。


「えへへ、ちょっと、その……失敗してしまいました。解くのは出来たんですけどね……」


 俺は耐えきれず首を振る。

 斉藤さんは悪くないんだ、と。

 しかし、笑みを崩さない斉藤さんは続ける。


「せっかく、沢良木君に教えて、もらったところだったのに……一人で解けたんですよ……わたし。わたし一人でも……」


 その声は震えていて、無理に気丈に振る舞っているのは明らかで。


「だけど、ダメでした……。解けたんですよ? 何で、でしょうね……?」


 俺が見つめる先で斉藤さんは、ギュッと目を閉じた。

 それは溢れ落ちる何かを堪えるようで。

 だけど、それはあえなく溢れ落ちる。


 膝の上で握り締めた拳に、ポタリポタリと雫が落ちた。


「……わたしの何が、ダメなんですか?」


 面を上げ、俺を見つめるその双眸からは止めどなく涙がこぼれ落ちていた。


「……何で、わたしなんですか?」


 斉藤さんは少しも俺から目を逸らさなかった。

 既に無理に作った笑顔は鳴りを潜め、その表情は悲壮感に満ちていた。


 胸を鷲掴みにされた様な痛みに自分の表情が歪むのが分かった。

 しかし、俺も目は逸らさなかった。

 意地もあったと思う。


 彼女はどんな言葉を求めているのだろう。

 俺は何と声をかけたら良いのだろう。

 俺は何と声をかけられるのだろう。


 俺が彼女に伝えたい言葉は、何だろう。



 俺は深呼吸の様に一つ息を吐くと肩に籠っていた力を緩めた。


「なあ、斉藤さん」


「……?」


 俺は俺が出来うる限りの優しさで斉藤さんへ語りかける。


「……俺って何だろうな?」


「……ふぇ?」


 俺の言葉が全く予想外だったのだろう。

 泣き腫らした目許ではあったが、涙は途切れ、きょとんとしていた。

 そんな様子に俺は少しだけ笑みが浮かべる。


「さ、沢良木君は、沢良木君、ですよ……?」


 意図を計りかねているのだろう斉藤さんは首を小さく傾げた。


「ああ、俺は俺だよな……」


 そうだな、と一つ頷き斉藤さんを見つめる。


「俺は、沢良木宗は、斉藤さんの"友達"なんだよ」


「え?」


 ゆっくりと、一言一句を彼女へ伝える様に俺は語る。


「そして、斉藤さんは俺の友達だ。だからさ、俺に何でも話してくれないか。いや、違うな……俺は話して欲しいんだ。もし、斉藤さんが困ったり悩んだりする事があれば力になりたいんだ。俺が力になれるかは分からない。それでも友達として、斉藤さんを支えたいんだよ」


 押し付けがましい俺の言葉だが、紛れもない本心だ。

 今朝言えなかった、言いたかった言葉なんだ。


 斉藤さんが悲しんだりする姿なんて見たくない。

 そんな姿は彼女に似合わないんだ。


「ぁ……ぁ、わ、たし……」


「……」


 俺は黙って斉藤さんの言葉を待つ。

 斉藤さんは何度か口を開いては閉じ、言葉を紡ごうとする。


「な、なんで……? なんで沢良木君は、そこまで、わたしを構ってくれるんですか……?」


 やがて俯き、斉藤さんの口をついて出たのはそんな疑問。

 しかし、俺はその疑問に対する答えを一つしか持ち合わせていないんだ。


「友達だからな」


「っ……」


 即答する俺に斉藤さんはピクリと一度肩を震わせた。

 俯くその肩は次第に揺れ、嗚咽が混じる。


「っうぅ……ひっく……ぅえぇ…っ……」


「……」


 泣きじゃくる金髪の少女を俺は見守る。


「……ぅうっ、……はいっ、わ、わたし、は、沢良木君の友達です……っ」


「ああ」


「沢良木君、は、っ……わ、わたしの話を、聞いて、くれますか……?」


「ああ」


「友達を……沢良木君、を……頼っても、良いんですか?」


「もちろん。その為の友達だ」


「沢良木君、わ、たし……」


 斉藤さんは再び顔を上げ、濡れた双眸で俺を見つめる。

 そして、思いの丈を俺にぶつけた。


「わたし、辛かったですっ……。悔しかったですっ、悲しかった、ですっ……。なんで、わたしなんですか? わたしが何をしたんですか? わたし、は、わたしはっ……」


 止めどなく涙を流しながら斉藤さんは思いを語る。

 いつかと同じこの場所で、斉藤さんは思いを俺に吐露する。

 生きることに不器用な少女のささやかな願い。


「わたしは、ただ楽しく…学校に来たいんです。勉強がしたいです。……友達を、作りたいんです」


「ああ」


 俺は彼女の頭を優しく、ゆっくりと撫でた。

 絹糸の様に綺麗な金髪は指の間を滑り落ちる。


「ぁ……」



 俺は斉藤さんに友達と言いながらも、どこか無意識で距離を取っていたと思う。

 馴れ合う事を恐れていたのか、本当に俺なんかがこの子と友達になって良いのか、胸の奥で考えていたんだ。きっと、斉藤さんが俺へ相談してくれなかった事だって、俺自身のせいでもあるんだ。


 友達。

 俺自身が斉藤さんへ言った言葉のはずなのに、その言葉に背を向けていたのは紛れもない俺で。

 甚だ滑稽で無責任だった。


 最初。

 一番最初にこの子へ抱いた思いは何なのか。

 その笑顔に癒される。

 笑顔が似合う子。

 一生懸命な姿に惹かれる。

 それもそうだろう。

 だけど。


 この子を少しでも"支えたい"。

 その笑顔が見れるよう、"支えたい"。

 この思いが胸の根底にあるんだ。


「斉藤さんなら直ぐに出来るさ。なんせ俺みたいなひねくれものとだって友達になれるんだぜ?」


 口が上手くない俺からの、せめてもの気休め。

 いつも、を意識した少し砕けた言葉。


 なんがかんだ御託を並べてもさ、俺は結局斉藤さんの笑った顔が見たいだけかもしれない。

 君の為に、は俺自身の為に、なのだ。

 自分の身勝手な思いに内心苦笑いした。


「……沢良木君……ありがとう」


 だけどさ。

 斉藤さんにはこんなにも、笑顔が似合うんだから。


 仕方ないと思うんだ。


 俺はようやく浮かべてくれた天使の微笑みに笑い返した。









お読み頂きありがとうございました。


沢良木君が今回はカオスでした。

あ、いつもでしたね


切るのが面倒でこんなに長くなりました……。

1万文字越えてるので、いつもの3、4倍ですねw

毎回このくらいの方が良いんでしょうかね?

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