第69話 結末
本日もよろしくお願いいたします。
俺はリビングへのドアを開け中に入りながら堤の言葉に応える。
手に持った、"鍵"を堤に見せつける様にぷらぷらと振った。
俺の登場に拳を振り上げたまま心底驚いた表情の堤は、覆い被さった真澄から飛び退いた。
「な、なんで貴様が!?」
「……宗君」
「……」
ううむ、鍵を見せたんだけどな。
とりあえず真澄の安全を確保しないと。
俺はゆっくりと歩を進め二人に近付く。
「投降してくれ堤さん。今ならまだ間に合う」
無駄かと思いながらも、よく聞く常套句を俺は口にする。
視線を巡らせると、真澄はソファで身体を起こし胸元を隠していた。悲しみと恐怖に彩られた瞳が俺を見つめている。
その姿を目の当たりにして堤に対する怒りが湧いてきた。つい堤を睨んでしまう。
「く、来るなっ!!」
堤は何歩か後退るとそう喚いた。
やはり聞く耳を持たないつもりの様だ。
そうこうしているうちに俺も元の半分の距離まで、二人の近くまで来ることが出来た。
しかし。
「来るなって言ってるだろぉっ!?」
一際大きく喚くと堤は懐から、刃渡り15センチ程のナイフを取り出した。
そして、震える右手で俺に向かって突き出し構えた。
「マジか……」
ストーカーってマジおっかねぇな。
まさか、そんな物まで持ち出すとは思わなかった。
真澄に被害が出る前になんとか片付けなければ。
俺は悟られないよう注意しつつ、いつでも飛び出せる体勢を取った。
「ホントに何なんだよお前は!? お前が居なけりゃ、お前さえ居なけりゃ!!」
今度は俺に八つ当たりかよ。
ストーカー始めたのはあんただろうが。
堤は尚も喚きながらナイフを振り回す。
堤が後退り真澄との距離がある程度空いたことが幸いか。
「真澄は誰にもやらないっ! 真澄は俺だけの物なんだぁっ!」
安心したのも束の間、堤はナイフを振り上げ蹲っている真澄へと振り下ろそうと駆け出した。
「……!」
俺は力強く床を蹴ると真澄と堤の間に何とか滑り込んだ。そして、腕を振り上げた堤の懐に潜ると、振り下ろされる腕を左手で掴み右手で肩を押さえ関節をきめた。
間接をきめられ痛みから堤は堪らず手を離し、ナイフは床を転がった。
俺は手が届かない様にナイフを部屋の隅まで蹴り飛ばした。
「は、離せぇっ!! この野郎っ!! お俺、俺の真澄に近付くなぁっ!!」
俺は支離滅裂に喚き散らす堤をそのまま床に倒すと組伏せた。
床にうつ伏せで組敷かれながらも堤の喚きは収まらなかった。
「……理沙、堤は取り押さえた。もう終わりだ」
俺は喚き続ける堤を無視し、マイクを通して理沙達へ連絡した。
「……堤、さん、どうしてなの?」
堤が喚く中でも真澄の呟きは何故か耳に届いた。
未だに涙はその頬を伝い、止めどなく溢れていた。
堤も黙ると真澄を見上げた。
その顔には先程の様な歪んだ笑みが再び浮かんでいた。
「あは、ははは、さっきも言っただろう? 真澄が、真澄ちゃんが悪いんだよ? 俺以外の男と一緒に居るから、だから……俺は君を守る為に!」
どうも堤の言うことは要領を得ない。
最近真澄と接触があった男と言えば俺になるわけだが、それ以前が誰を指すかは分からない。
調査に入る前だってその辺りの話しはしっかり真澄から聞き及んでいるのだ。
そして、付き合っている男性も居なければ、親しくしている男性も居ないという。
「……そんな相手、居なかったのになんで?」
真澄も同じ様な疑問を感じたようだった。
当然自分が一番分かることだろう。
しかし、その返答を聞いた堤は表情を一変させた。
「共演者や番組関係の男共に媚び売ってただろうがぁっ!! 俺以外の男にニコニコ愛想振り撒きやがって!! ふざけんなぁ!!」
「そ、そんな……っうぅ、ぐすっ」
最早言いがかり甚だしい限りだった。
そりゃ仕事関係ならば愛想良くするのだって当たり前だろうに。
被害妄想や思い込みが激しすぎた為に正気を見失っていたのだろうか。
理由はどうであれ聞いていて不愉快極まりない暴論だった。
「真澄、もう何も聞くな」
俺はあらかじめ用意していた結束バンドで堤の腕を後ろ手に縛ると、口にも猿ぐつわを噛ませた。
猿ぐつわまでする予定ではなかったが、聞いていて不愉快過ぎた。
「真澄はあんたを信頼していたんだ。ずっと一緒に仕事を頑張ってきた恩人だって……。それをあんたは踏みにじったんだ。それも最悪な形でな。真澄の友人として俺はあんたを絶対に許さない」
俺の言葉を聞いて喚くのを止めた堤だったが、その顔には賎しい笑みが張り付いたままであった。
もう諦めたのかもがく事もせず、後は静かなものだった。
「宗君、ご、めん、ごめん、なさい……ぅっ、うぅ……」
「真澄が謝る事じゃないさ……」
泣きじゃくる真澄は俺への謝罪を何度も口にした。
無理を通して堤との対話を望んだ事に対してなのか。
気にするなと、少しでも気持ちが和らぐ様に頭を撫でた。
「……宗、君っ」
「っ、と……」
真澄が俺の胸へと飛び込んで来たので、俺は慌てて受け止めた。
昨日と同様に俺は泣き続ける真澄の頭を、万屋の面々が到着するまで撫で続けたのだった。
場所はマンションのエントランス。
警察に連行される堤を俺達は遠目に見ていた。
先程まで俺に抱き付いていた真澄は落ち着いたのか、俺から離れ隣に佇んでいる。
と言ってもその指は俺の袖を掴んで離さないのだが。
そして、その周りには万屋の面々も居る。
そんな時、俺に声が掛けられた。
「あれ? 君は確か……」
その声に視線を向けると一人の警官が俺を見て、少し驚いたような表情をしていた。
俺もその顔を見て思い至る。
「あ、モールの時の。その節はどうも……」
なんと、モールの一件で俺と斉藤さんがお世話になった警官の一人が居たのだ。こんな偶然もあるもんだ。
俺は警官に頭を下げ挨拶をした。
隣の真澄が疑問の視線を投げ掛けて来たが、ちょっとねと俺は肩を竦めるに留めた。
真澄も追及するほどでも無いのかあっさりと視線を戻した。
「また会うとはね驚いたよ。しかもまたこんな現場だし。……しかし、こういう事は本来もっと早い段階で警察に話して欲しかったね」
「それは申し訳ありませんでした」
この警官の言うこと至極正論なので、素直に俺は謝った。すると、俺の隣の真澄は俺を押し退ける様に前へ出た。
「あ、あたしが悪いんです!あたしが無理を言って…」
真澄は俺を庇う様に弁解した。
突然の真澄の訴えに驚いた様子だったが、すぐに苦笑いした。詳しくは聴取させてもらいますから、と言って収めた。
「今回は大事に至らなかったけれど、今後は注意してください」
警官の言葉に黙って頷いたのだった。
「しかし君、随分もてるんだね。羨ましいなあ」
警官は現場を離れる際、隣で俺の裾を掴む真澄を見ると意地悪い笑みを浮かべそんなことを言い放った。
「そりゃ、どうも……」
警官の物言いに思わず頬がひきつってしまうのを抑えられなかった。
揉め事にモテるってか?
全く嬉しくないわ。
袖を掴む力が強くなり、袖に大きく皺が残ったのは気のせいだと思う。うん。
―――――――――
「でも、よく許したよね理沙ちゃん」
「ん?」
宗へ寄り添う菅…真澄ちゃんを見ていると、隣の杏が話しかけてきた。
依頼ももう終わる事だし、友人の娘だから真澄ちゃんと元の呼び方に戻させてもらうとしようかしらね。
「こんな危ない事を、ってこと。だって最初反対してたじゃない?」
杏の言い分に納得した。
真澄ちゃんが堤と会話をして言質を取る。そしてその時点で宗が堤を取り押さえる……簡単に言えばこんな内容だ。しかも、真澄ちゃんが宗の事で堤に向かって怒鳴ったのは完全に想定外でかなりハラハラしたものだ。本人曰く、つい頭にきて、との事だが非常に心臓に悪かった。
確かに普通ならこんなこと許可出来るような事ではないし、させられない。
だけど。
「だって、止めたって勝手にしでかしそうだったじゃない……」
昨夜を思い出し思わずため息が出てしまった。
あの時の真澄ちゃんの様子を見たら、止めたとしてもこっそり、とか勝手にやりそうな雰囲気だった。
「あー、かもね……」
杏も思い至ったのか苦笑いした。
「もし真澄ちゃんに協力を求められたら、宗なんて断れないだろうしね……」
「宗君ってなんだかんだ言って面倒見良くて優しいし、押しに弱いもんねー」
そうなのよねぇ。全く杏の言う通りだわ。
昔からあの子は優しいから。
危ない事にも見境無く突っ込んで行ってしまう。
本人はケロっとしていても、見ているこっちは全くもって気が気じゃない。
「だったら最初から把握出来る状況でスタンバイしようって訳」
全く手の届かない所で危険な目に遭われるよりよっぽど良いと判断したのだ。
少し、と言うかかなり至らない所があり恥ずかしい限りだったけれど。反省。
宗のおかげで助かったわ。
「なるほどねぇ。ま、とりあえず解決かなー」
「かなり胸くそ悪い結果だったけどね……」
「まあ、ねぇ……」
大変なのはこれからだ、と真澄ちゃんを見ながら思う。
犯人が身内とあっては芸能界の仕事に関してはかなりの痛手だろうし、何よりも一番は"心"の問題なのだ。
「ますみん、大丈夫かな……?」
大次郎の呟きに杏と私は頷く。
彼女はこれから立ち直って行けるのか。それだけが気がかりだった。
「あ、警官が来るよ?」
あー、事情聴取はもちろんよね……。
ウチにも面倒事はまだ山積みのようだ。
お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。
次で真澄編は終わりになります。




