第7話 帰宅
引き続き7話目です
再び理沙と二人になった部屋では、俺がペンを走らせる音だけが響いている。
まもなく二人の実施した作業の報告書や完了書類が完成する。
「…………って仕事しろよ!」
俺が出勤して三時間程経過していた。
理沙が仕事している様子は全くなかった。
「っきゃぁ!? 急に大声出してびっくりさせないでよぉ!」
ぅぐ…。
急に女らしい声出しやがって。
怯んでしまって、なんか負けた気分だ。
「せっかくうとうとしてたのに」
「なんで寝ようとしてんの?」
理沙は体を伸ばしながら大きなあくびをする。
強調される双丘につい目を奪われる。
「ちょっとなに見てんのよ」
身体を抱くように捩ると、俺をジト目で睨んでくる。
「……なにも」
「そんなこと言ってー。目線には鋭いのよー?」
私の魅惑のボディが気になってしょうがないのー?
とニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「デカイ口開けて欠伸してんなーって思っただけだよ」
「んなっ! なんでそんなとこ見んのよ! 恥ずかしいじゃない!」
先程とうって変わって赤顔させる。
「俺の前でやらかしたのは理沙だ」
「ぅぐぐ……」
なんとかごまかす事に成功したようだ。
「わ、私は朝早くから仕事だったんですー! そのせいでちょっと眠くなっちゃったんですー!」
旧知の間柄だからか、俺と二人になると数段子供っぽくなる理沙だった。
「あ、そうだったのか。気づかなくてごめん」
「ぁ、あう……いや、急にそんな改まれても反応に困るんだけど」
少し頬を赤くしてもじもじとし出す。
うん、可愛い。
「俺の方はもう終わるよ。あとはやることある?」
「いや、とりあえずはないかな。今日は上がりにしよ」
お、ちょっと早く終わったな。ラッキー。
「オッケー。片付けちまうな」
俺は手早く机を片付けると、事務所の戸締まりを確認していく。
戸締まり終え机に戻ってくると、理沙も帰り支度を済ませたようだった。
「……宗がここに来て3年、かな?」
「んぁ? どした、急に?」
「いや、早いもんだなーって。ここに来た時なんてあんなガキんちょだったのにね」
「……年寄り臭いぞ?」
先程自分も思い出していた事柄に、恥ずかしさを覚えて茶化してしまう。
俺の言葉に理沙は笑みを深くして拳を握りしめた。
「ま、まて! 拳を振り上げるな!」
「はぁ、余計な事言うところはまだまだガキなんだから」
わざとらしい盛大なため息をつく。
いまいち理沙の言いたい事を計りかねていた。
何か悩みでもあるのだろうか。
「なんか悩み事でもあんの?」
「この会話の流れでその質問来るとは思わなかったわ。少しイラっとする」
「心配してんのにひでぇ言い種だな!」
「嘘よ。……ん、そうね少し寂しかったのかもね」
そう言って黙り込み、俺から目線を反らす。
反らした目線は机と床を行ったり来たりしている。
何度か言いかけたりした後。
「…………たまには帰ってきても良いんだよ?」
「……」
理沙の言葉に言葉を返せなくなる。
俺が言葉に詰まっていると理沙が誤魔化すように、早口でまくし立てる。
「なんてね……。最近一緒に呑む人も居ないしさー、ちょっとつまんなくてねー! だからそんなこと……」
だけど、目線はまだ机辺りを泳いでいた。
俺は理沙の言葉を遮った。
「あ、そういえば俺も最近呑んでないんだよな。どこかに付き合ってくれる綺麗なお姉さん居ないかな、なんて……」
「あ……」
俺と理沙の目線がぶつかる。
「……ふふ、何それわざとらしい」
「……ははっ」
それから二人で小さく笑いあった。
「……理沙ん家お邪魔してもいいか?」
「帰ってくるんだから、お邪魔なんて言わないの!」
満面の笑みでそう言ってくれる。
確かにあれから一年くらいか。
毎日顔会わせてるから、理沙が寂しがっていることに気付かなかった。
反省。
心の中で謝罪して、上機嫌な理沙と共に俺は事務所を後にした。
適当に買い物を済ませ、理沙の家に赴いた。
10階建のマンションで事務所の雑居ビルから徒歩10分程の立地だ。
7階にある理沙の部屋の玄関をくぐる。
一年前と特に変わった様子もなく、どこか安心感を覚える俺だった。
玄関の置物の位置も変わっていない。
「久しぶりだな」
思わずそう呟いていた。
「宗ったら出ていったきり、寄り付かないんだもの」
俺の呟きを拾った理沙が口を尖らせながら文句を言う。
「毎日顔会わせてるから、頭から抜けてたわ」
「そんな事だろうと思ったわよ」
ため息を付きながら買い物した品を広げていく。
「てことで、お願いね!」
こちらに振り向くとパチリとウィンクを飛ばしてくる。ちょっとお茶目な仕草を美人がやるとギャップが良い。
うん、可愛い。
「何を」
「何って料理よ、料理!宗の料理食べたくて買い物中楽しみにしてたんだから!」
パシパシとキッチンの台を叩く。
「俺は理沙の料理を食べれると思って来たんだが」
俺だって同じだ。一年理沙の料理を食べていないし、食べたいとも思う。
「えー! 私は宗のが食べたいの! 一年も食べてないもの! 少しくらい言うこと聞いてもバチ当たらないわよ! そう言うわけで作ってよ!」
「わ、わかったから。子供みたいに騒ぐなよ」
「ほんと? やった!」
ホントに子供みたいだ。
こんな幼い感じだったか?
一年前を思い出す。
…………こんな感じだったかもしれない。
「んじゃ、適当に作るからテーブル片付けていてくれ」
「りょーかい♪」
ご機嫌に居間へ向かう理沙を見送り、俺は料理に取り掛かった。
理沙の料理は次回に取っておこう。
俺の料理を摘まみつつ、理沙の出してきたお酒を呑んで夜は過ぎていった。
俺がここを出てからの一年間をお互いに語り合った。
毎日の様に顔を会わせていても、話せていない話が沢山あるんだな……。
俺の話しを聞いてくれる理沙の嬉しそうな様子に、俺も普段になく饒舌になった。
たまには顔を出そう。
そう心に決めた夜だった。