第67話 女の子怖い
大変長らくお待たせしました。
今回もよろしくお願いいたします。
暗く狭く閉鎖的な空間。
窓と言う窓には黒い遮光カーテンが取り付けられ、外から中の様子を伺い知る事は不可能だ。
そんな空間に浮かぶ光源は只一つ。
四角いその光源はぼんやりと空間を出していた。
「おおっ、凄いね! さすがアイドルだね! 菅野ちゃんやるぅ!」
「うっ、うぅ……やっぱり若さなの? そうなの?」
「くそっ、なんでアイツばっかり……やっぱり顔なの
? そうなの?」
狭く暗く空間で肩を寄せ合うように光源を見つめるは三人の男女。
部屋同様にその顔もぼんやりと照らし出されていた。
感心しはしゃぐ一名を除き、残りの二人は恨み言を口にする。
まあ、万屋の面々である。
彼女らが見つめる光源……ノートパソコンのディスプレイには高級マンションと思われる部屋の中の映像が映し出されていた。
映し出されている部屋の中には人の姿が見てとれる。
長身の男性の胸に抱き付くのは、長髪の女の子。
つまり、宗と真澄である。
『……宗君』
『ん?』
ノートパソコンのスピーカーからは部屋での宗と真澄の会話が聞こえてくる。
「え、なになに!? 菅野ちゃん何言っちゃうのっ!?」
「……(ごくり)」
「皆のますみんが、ますみんがぁ……」
皆が見つめるディスプレイの先では真澄が宗を見上げ、宗もそれに応え見つめあっている。
『……今日は、帰らないでよ。……今日も、ずっと一緒にいて?』
「きゃーーーっ!! 言っちゃったーーー!!! それでそれで!? 宗君は!?」
『……ああ。わかった』
「おおお! あんなイケメンスマイルで頷かれたらコロッといってしまうやないか!」
「ぁぁぁぁ、宗が、宗が……」
「宗許さん宗許さん宗許さん宗許さん宗許さん……」
ディスプレイの二人は寄り添う様にソファへと腰かけた。そして、静かに座る二人に画面から動きが無くなった。
「はふぅ……いやぁ、こんなに面白いのが見れるとは思わなかったねー!!」
「宗が、宗が、宗が……」
「宗許さん宗許さん宗許さん宗許さん宗許さん……」
はしゃぐ一人と虚ろな一人に恨み言の一人。
実に混沌とした空間であった。
ここは、万屋が所有する大型バンの車内。
後部座席及び荷室をフルフラットにして窓を遮光カーテンで隠し簡易的なモニタールームを設置したものになる。
モニタールーム等と大層なことを言ってもノートパソコンに無線通信のルーター、スマホと直交変換用のインバータ、それらが置かれる机、が設置される程度なのだが。
「でも宗君凄いよねー」
「……何がよ?」
「宗許さん宗許さん宗許さ……ぐべしっ」
「ノッポ煩いっ!」
「ぅ、ぅう……」
いつも通りに杏理のボディブローを受け、床を転がるノッポ。
一瞥もくれず杏理は続けた。
「菅野ちゃんだよー」
「彼女がどうかしたの?」
「だって、凄い変わったじゃんあの子。最初に事務所に来たときから比べるとさ、なんと言うかー年相応、みたいな? 心開いてる様な感じがしたよ」
それに理沙も頷いた。
「ええ、そうね。昨日の事務所でもそんな感じだったわね。両親からも私に連絡があったわ。電話口での様子も最近は明るくなったって。それに……随分と宗が気に入られてるわ。あ、あはは……」
モニターに視線を送りながら理沙は乾いた笑い声を上げた。
「理沙ちゃんは理沙ちゃんでショック受け過ぎー! これ演技なんだから、演技!」
気にしない気にしない、と杏理は理沙の肩を叩き慰めた。
「わ、分かってるわよ! でも、なんか見ていると、し、宗を取られちゃう様な気になって……」
「もー!! ヤキモチ理沙ちゃん可愛いんだからー!!」
「そ、そんなんじゃないってば!!」
じゃあ何があるんだよー! とじゃれる杏理を必死に払いのける理沙。
「あ、少し動きあったぞ」
いつの間にか復活していた大次郎がディスプレイを覗きながら、側でじゃれ合う二人を呼んだ。
再び三人でディスプレイを覗く。
『ふふ、ねぇ宗君?』
『ん?』
端から見れば最早恋人同士にしか見えない様子の二人は、ソファで見つめ合いながら言葉を交わしている。
『ありがと』
『……』
「おおお!? 凄い見つめあってるよ!! このまましちゃう!? キスしちゃうのっ!?」
「えっ!? え、えっ!? き、キス!?」
「……や、やめてくれ、お願いだ! お願いだぁっ!!」
『昨日の夜みたいに……ね?』
『真澄』
「き、昨日の夜って、宗何してたよーーーっ!!!」
「こ、殺してやるっ、殺してやる宗ーーーっ!!!」
「え? 昨日の夜って言えば……」
ディスプレイの向こうでは、宗が寄りかかる真澄の肩を更に抱き寄せていた。
『ぁ……宗、君……』
真澄の熱っぽい吐息と声が聞こえ、車内の三人は息を飲んだ。
「わっ……菅野ちゃんエローい!!」
「……」
「……」
未だにはしゃぐ一人と、残りの二人は最早燃え尽きた様に声も発さない。
ディスプレイの二人の顔は至近距離にあり、今にもキスをするのでは無いかと言わんばかり。
三人が食い入るように見つめる中、あの音がスピーカーから響いた。
――ピンポーン――
「「「あ、やべ……」」」
ディスプレイを見ることに夢中になるあまり、マンションの入口を監視する事を失念していた三人の声が重なった。
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危なかった。
マジで危なかった。
何故か堪らなく自分を殴りたい気分だ。
真澄さん怖い、アイドル怖い、女の子怖い!!!
女性恐怖症になりそうだわ、マジで。
そもそも、あそこまでやる必要なくね?
確かに昨日は事務所に真澄を泊めたからずっと一緒だったけどさ。
でも、他のメンバーも皆居たしさ!
何も無かったよ!
それに、昨日みたいにって何だよ!
寝付けない、って真澄が言うから皆でトランプやっただけだよ!
濁すと卑猥に聞こえるからあら不思議!
パタパタとインターホンのモニターへと駆けていく真澄を見ながら、俺はため息を吐いた。
あれで演技とか、男なら全員騙される事請け合いである。
女の子の演技力半端ない。
この目にまざまざと見せつけられましたわ。
「……」
ううむ。
しかし、この胸に感じる疼きは一体何なのだろうか。
真澄を近くに感じる度に、胸にチクリと痛みと焦りが沸き上がる。
そして、脳裏にちらつくのは一つの煌めく髪色と笑顔で……。
俺は一度かぶりを振ると、気を取り直し胸元の小型マイクに小さく話しかけた。
そして、マイクとセットの小型イヤホンに集中する。
「……おそらく犯人だと思うが、そちらからは?」
『あ、え、えと、そうねっ、多分そうよ!』
「……多分?」
『宗君ゴメーン!! そっち見るのに夢中で監視忘れてたー!!!』
『……宗、すまん』
「まじか……」
全く役に立たなかった同僚三人に唖然としてしまう。
入口を見張り、犯人と目される人物の来訪を俺に伝える役割があったにも関わらず、こちらを見ることに忙しかったらしい。
勘弁してくれ。
今までの様子が見られていたと思うと、それも恥ずかしい。
しかし、いつまでも悲観していてもダメだと、今一度かぶりを振ると気持ちを切り替えた。
最早、ターゲットは直ぐ近くまで来ているのだ。
「まあ、過ぎた事はしゃあない。それじゃ、手筈通り頼むぞ?」
『任せて!』
外部班の返事を聞くと俺は通話を止めた。
「宗君、来たよ」
「……ああ」
ちょうど戻って来た真澄に頷く。
その顔には、酷く緊張した表情が張り付いていた。
俺は立ち上がり真澄に近付くと、緊張を解す様にその頭を撫でた。
「あ……」
「大丈夫。真澄が思うようにするんだ」
「うん」
尚も緊張色濃いまま真澄は微笑んだ。
お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。
真澄ちゃん回もあと少しです。
サクッと終わらせる予定です。




