第66話 近づく吐息
本日もよろしくお願いいたします。
「いただきまーすっ!」「いただきます」
二人で手を合わせると、早速食事を頂く事にした。
コレまた俺ん家とは違う、大きなテーブルに向い合わせで腰かけている。
真澄は早速、俺の作ったハンバーグを口に運んでいた。
「んーおいしー!」
「そりゃ良かった」
蕩けたニコニコ顔で頬に手を当てている。
余程旨かったのか既に二口目を口に入れるところだ。
喜んで貰えたのなら良かったな。
「空腹は最高の調味料とはよく言ったものだね!」
「おい、いきなり俺の手料理をディスってんのか?」
「うそうそ! すんごく美味しいよ! お店出せるよ!」
バカにした後、打って変わって絶賛する真澄に、俺は思わず苦笑いした。
「さすがにそれはオーバーだ。コレ以外は大したもの作れないし」
「それでも凄いよー。男の子で料理上手いって、今時は一種のステータスじゃない?」
「そうなのか? 知らんな」
ヒモと言う事だろうか。
いや、専業主夫か?
確かに真澄の様に稼ぎの良い女性も多いのだし、無くはないのか。
「そうなの! 宗君にはお婿さんに来て欲しいね。仕事帰ってきたら旦那の美味しい手料理が待ってるとか幸せじゃん! どうですか!?」
婿に来いって……。
現役アイドルが言って良いセリフじゃない気がするが。
それに。
「俺は専業主夫やりたくない」
仕事を終えて嫁と子供が迎えてくれるとか憧れるじゃないか。
仕事で疲れた心が家族に迎えられて癒される、的な。
「大丈夫だよー、慣れるよ!」
「なんか婿になる方向に話進んでないか!?」
真澄は俺のツッコミに可笑しそうに笑うのだった。
引き続き食事を続け、今度は真澄の作った味噌汁を頂く。
「お、真澄の作った味噌汁美味い」
「ほんと!?」
「ああ、味付けも丁度良いし好みだ」
真澄の見た目によらず、と言うのは失礼だが、とても美味しい味噌汁だ。真澄の料理慣れした様子は伊達では無かった。
味噌汁って簡単に見えて意外と難しいよな。
火加減とか入れる調味料の分量とかさ。
それに好みもあるから、毎日飲むとなると相性も関わってくるんじゃ無かろうか。
「ふふふ、宗君に誉められると凄く嬉しいね」
「うん、コレなら毎日飲みたいな」
「まいにっ、……えっ!?」
「味噌汁の味付けの相性は大事……って、どうかしたか?」
俺の言葉に何故か驚きの声を上げた真澄。
何やら、手をわたわたとさせている。
そして、その顔は赤い。
「え、だって、その……毎日、とか、その……さ?」
「……」
……おおう。
確かに、考えるとこの言い方じゃまるで。
「プロポーズみたいだな」
「~っ!!!」
俺の言葉を聞くと、真澄は顔を更に真っ赤にして俯いてしまった。
再び赤面真澄さんの登場だ。
そのまま俯いて微動だにしなくなってしまった。
一向に顔を上げないので、声をかけてみる。
「冗談だぞ?」
「わ、わかってるよっ」
ばっ、と真っ赤な顔を上げ、語気を荒くする真澄につい気圧されてしまう。
そんなに怒んなくてもいいじゃないの。
「そ、そうか」
「……もうっ。乙女心を弄ばないでよね!」
真澄は俺を叱ると、プイッとそっぽを向いてしまった。
あれ、最初に言い出したのは真澄だったよな。
男の子の心は弄んで良いのだろうか。
釈然としないわ。
夕飯を食べ終えると、この家に来る度に腰かけるソファで今日も寛いでいた。
俺は座りながら、ぼんやりとテレビを眺めている。
ちなみに真澄は出ていない。
コーヒーを淹れてくれると言う真澄の言葉に甘えて、その到着を待っていた。
程無くして、キッチンから真澄が戻ってきた。
真澄が戻ってきたので、俺はテレビを消した。
「お待たせ」
「お、サンキュー」
真澄からアイスコーヒーを受け取り礼を言う。
真澄は自分のカップを持つと前回同様、躊躇なく俺の隣に腰かけた。
まあ、隣に座るのは構わない。
先日言われた通り、ここは真澄の家なのだから。
しかし、なぁ。
「……近くないか?」
「そう?」
そう、って……。
くっつく程と言うか、最早くっついてる。
ピッタリと腕と腕がくっついてるんですよ。
体温だって分かってしまう程だ。
「くっついてる」
「くっついてんの」
おおう。
真澄さん潔すぎるだろ。
返す言葉がごさいません。
何処か満足気な表情の真澄に俺は早々に諦め、淹れてもらったアイスコーヒーを頂く事にした。
「ねねっ、コーヒー美味しい?」
俺がコーヒーに口を付けると、見上げながら問いかける真澄。
肯定と頷いた。
「ん、ああ、旨いよ」
インスタントだし誰が淹れても、なんて言おうとしたのだけれど。
「えへへ、良かったぁ」
この笑顔の前には形無しです。
にへら、とだらしなくも嬉しそうに微笑む真澄。
不覚にもキュンとしちゃったじゃないかこのやろう。
なんか悔しいわ。
真澄は俺の懐に潜る様に寛いでいる。
体格差もあるので、すっぽりと収まるようだ。
「ふぅふぅ……ん、おいし」
先日も言っていたようなホットコーヒーだが、少しずつ舐めるように飲んでいる。
今日はミルク入りの様だ。
しかし、熱いのが苦手なのだろうか。
「猫舌?」
「あ、ばれた?」
聞いてみるとすぐに白状した。
いたずらっ子の様に舌を出して笑う。
「……なんでホット飲んでんだよ」
「ちゃんと理由あるんだから!」
「ほう? 聞いてやろうじゃないか」
胸を張り自信満々なアイドル様に俺も合わせ、質問してやる。
「んーと、脂肪燃焼効果でしょ、アンチエイジング効果でしょ、あとは……」
指折り真澄は数えていく。
5つ程上げてくれたのだが。
「それってコーヒー自体の効果じゃ?」
「ホットの方が効果ありそうじゃん!」
「……さいですか」
尚も自信満々なご様子のアイドル様に、俺は頷くしかなかった。
まあ、言われてみれば確かに温かい方が効く気はするな。
真澄と会話をしながら食後のコーヒーを飲み終え、腹もこなれた頃合い。
あまり遅くなるのも、と思い、そろそろお暇しようと俺は立ち上がった。
「そろそろ帰るよ」
「あ……うん、そっか」
「ご馳走さま、旨かったよ」
頷く真澄に礼を言い、テーブルに置かれた真澄のスマホとガラケーの隣に並べてあった自分の財布や携帯をズボンのポケットに入れていこうと手を伸ばすが、思い留まった。
「それじゃ―――」
別れの挨拶をしようと俺は振り返る。
しかしその瞬間、胸にトンと衝撃を感じた。
「……」
「真澄?」
視線を下げれば俺の胸に抱き付く真澄の頭が見える。
髪から感じるコンディショナーの甘い香りが鼻を擽る。
俺が問いかけるも、真澄は顔も上げず黙り込んでいた。
「……宗君」
「ん?」
何処か沈んだ声色に俺は優しく返す。
すると真澄は、顔を上げて俺を見つめてきた。
ぱっちりとした大きく黒い瞳は、見ていると吸い込まれる様な感覚を覚える。
「……今日は、帰らないでよ。……今日も、ずっと一緒にいて?」
俺を見つめるその瞳は潤んでいて。
俺は……。
「……ああ。わかった」
そう頷いた。
再びソファへ腰かけた俺達の間に言葉は無かった。
先程以上に密着した身体。
真澄は俺に抱き付く様に身体を預け、俺もそれを支える様に抱いていた。
お互いの鼓動までもが聞こえるようで。
ふと、見下ろすとこちらを見上げていた真澄と目が合ってしまう。
「ふふ、ねぇ宗君?」
「ん?」
「ありがと」
「……」
何に対してのお礼なのか。そんなことを聞くような無粋な真似はせず、俺はその瞳を見つめ返す。
「昨日の夜みたいに……ね?」
「真澄」
俺に寄りかかる真澄の肩を更に抱き寄せる。
「ぁ……宗、君……」
小さく息を漏らす真澄の表情は熱っぽく赤らんでいて、とても扇情的だった。
お互いの顔は近づき。
その距離は限り無く、ゼロになり……。
――ピンポーン――
「……っぅひゃあ!?」「っうお!?」
突然鳴り響いたチャイムによって、一瞬で二人の距離は人一人分離れる事になった。
心臓がばくばくと煩い。
俺は一度頭を振ると、ため息を吐くのだった。
お読み頂きありがとうございました。
Sさん「わ、わたし正ヒロイン……ですよね?」




