第65話 得意料理は
本日もよろしくお願いいたします。
「今日は少し早い帰りの予定なんだよー」
朝、通勤ラッシュが終わり、人の流れも落ち着き始めた新幹線のホーム。
俺と真澄は二人新幹線の到着を待っていた。
最近ではすっかりお馴染みとなった行動だ。
「そうなのか?」
「うん、7時過ぎには帰って来れるよ」
今日もメガネと帽子、それに無造作に一つに纏められた髪で変装する真澄が言う。
「そっか了解。夕飯はどうする予定だ?」
「多分食べないで帰って来るかなぁ。だから家で食べることになると思う」
「なら一緒に食べようぜ」
せっかく時間的にタイミングも合うのだから、と俺は提案した。
「え、本当っ!?」
俺の提案を聞くと、飛び跳ねるように真澄が食い付いた。その思った以上に食い気味な反応に気圧されそうになるが、努めて表に出さないで頷く。
「ああ、外でも良いし、作っても良いぞ」
「それなら宗君の手料理が食べたいっ!」
即答であった。
食い付きの良い真澄の様子に思わず笑ってしまう。
「ははは、わかった。ただ、一応自炊はしているが大した物は作れないから期待するなよ?」
「そんなの無理に決まってるでしょっ、宗君の手料理を楽しみに今日は仕事頑張るもん!」
瞳をキラキラと輝かせる様は、本当に楽しみにしているようで年相応な可愛さを感じる。
しかし、そこまで期待されると中々ハードルが上がると言うもの。
俺のしている自炊は本当に、一応、なのだ。
普段、食にそこまでこだわりの無い俺は、腹が満たせる事とある程度の栄養が摂れればくらいにしか考えていない。いつもの調子で作ろうとすると、「食えなくはない」と言う理沙姉さんの評価を頂く事になる。
さすれば、味に満足出来るメニューは一択となってしまう。
それならば真澄も文句は言うまい。
と言うことで、自分の中で今晩のメニューが決定した。
「おう、頑張れよ。場所は真澄の家で良いか?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃ迎えに来る前に買い物は済ましておくよ」
「ふふ、ありがとう!」
「もし食べたい物のリクエストがあれば聞くけど?」
一応は聞いておこうと真澄に問いかける。
もし、俺の得意な料理以外と言う事であれば、食えなくはない料理となってしまうのだが。
「な、悩ましいっ。でも最初は宗君が得意な物が食べたいなー!」
良かった。
そう言うことなら、悩む必要は無さそうだ。
なんせ得意と胸を張れる料理は一つしかないのだ。
「わかった。まあ、期待しないで帰ってこい」
「ふふっ、期待してるね」
「おい」
ニヤリと俺をおちょくる真澄。
こうなったら、ぎゃふんと言わせてやろうじゃないの。
夕飯は気合いを入れて作ろうと、俺は心に決めるのだった。
新幹線到着のアナウンスが聞こえ、間も無くベルがホームに響く。
程なくして新幹線はホームへと到着した。
「それじゃ、今日もお迎えよろしくね?」
「ああ、任せろ」
くるりと俺の方へ振り返り、新幹線を背にする真澄に頷く。
「ふふ、夜楽しみにしてるね」
ウィンク一つ残して真澄を乗せた新幹線は、都心を目指しホームを離れて行った。
「さてと、帰るかー」
誰に言うでもなく呟くと、俺も駅を後にした。
「ただいまー」
「誰に言ってんだ?」
空も暗くなり始める頃、駅からマンションまで帰り、二人揃って真澄宅の玄関をくぐった。
家に入ると真澄が誰も居ない家に向かって、ただいまと挨拶していた。
え、何これホラー?
「人が居なくても挨拶は大切でしょ? それに今は宗君も居るしね」
習慣なんです、と真澄は言いながら俺の胸を指でつついた。
「そっか確かに。それなら……ごほん」
正論だな、と思い返し咳払いを一つすると真澄に向き直り挨拶を返す。
「おかえり真澄」
家族を迎えるつもりで笑顔もプラスだ。
お帰り、なんて久しく言っていないセリフじゃないだろうか。
「……」
「どした?」
「て、照れるねコレ……」
ぼーっと俺の顔を見ながら固まってしまった真澄はそんな事を言った。
そして、顔を赤くするとそっぽを向いて頬を掻く真澄。
「そんな反応されるとこっちも恥ずかしいんだが」
まさか照れられるとは思わず、俺自身も無性に恥ずかしくなってしまった。
「えへへ、さあ上がって宗君!」
「ああ」
どこか嬉しそうな声を上げた真澄に先導され、俺は家に上がるのだった。
「結局共同作業だな」
「まあまあ。宗君が作ってる所見たら、なんか一緒にしたくなっちゃったんだもの」
ずっと見てるのも魅力的だったんだけどねー、とニヤニヤとする真澄を横目に俺はみじん切りにした玉ねぎを炒めている。
俺は真澄と並びキッチンに立っていた。
当然、真澄の家はキッチンもとても広く二人並んだ所でなんて事無い。俺ん家の狭苦しい台所とは雲泥の差である。
経済格差ここに極まれりである。
システムキッチンとか初めて使うわ。
「アイドルと一緒に料理なんて、番組の企画でなけりゃ多分出来ないぞー?」
「お、確かにそれっぽいかもな」
「でしょう? 有り難く思いなさい!」
「へへぇ、有り難き幸せ」
悪戯っぽい笑みで胸を張るアイドル様に、俺もノリを合わせてお辞儀して見せる。
「よろしい!」
満足そうに頷く真澄に思わず笑みが溢れた。
ホームで決定していた事だが、夕飯はハンバーグを作る事にした。
「でも、ハンバーグが得意料理って言うのはイメージがつかなかったよー」
「まあ、回数作ったからな」
理由は分からないが、一時期理沙にひたすら作らされていた事があった。そのため無駄に技術が上がったのだ。
最初は当然、食えなくはないハンバーグだった訳だから、理沙が満足するまで作ったさ。
多分得意料理と言って過言ではないと思う。
しかし、何故あの時理沙はあんなにハンバーグハンバーグと煩かったのだろうか。週一で作ってた気がする。
未だに謎である。
食費は……思い出さないでおこう。
俺がハンバーグの下ごしらえをしている間、真澄は味噌汁や付け合わせを作っていた。
ハンバーグに味噌汁が変?
昔ウチでは普通に出てたし、真澄も気にしないようだから良いんだよ。
和風ソースかけりゃ和食じゃねぇか。
持論なので悪しからず。
「よし、後は焼くだけだな」
「そう言えばハンバーグの玉ねぎってあんまり炒めないんだね?もっと飴色になるまでやるのかと思ってた」
真澄は手が空いたのか俺の側に来ると、俺の手元にあるハンバーグのタネを見ながらそんなことを言った。
「それはカレーとかハヤシとかだろ。ハンバーグはコレくらいが良いんだよ。そこまで炒めると甘くなり過ぎるし食感も消えるだろ?」
「あ、それもそっかぁ。それにしても宗君詳しいんだね。手際も良いし凄いな」
感心したように頷く真澄に俺も思った事を聞く。
「そう言う真澄も中々だろ。作り慣れてる感じがするぞ?」
米を研いだり、料理の下ごしらえや包丁捌き等、真澄の手際はとても良く、横で見ていて安心出来るものだった。
普段からしっかりと作っている証拠だろう。
この年でよくやっていると思う。
ふと、もう一人の料理得意な少女の事が脳裏にちらついた。
「ふふ、ありがと。料理は好きだからさ。休みとかは必ず作るんだよー」
「なるほどね」
「って、コレ前にも言ったんですけどー!!」
「はは、すまんすまん。そういや聞いたな」
俺はプンプンと怒る真澄と会話を続けながらも、タネの形を整えフライパンへと入れていく。
握り拳サイズを一人二つ食べれる様に作る。
真澄が多けりゃ俺が食べれば良いし、残しても良いだろう。
「ほい、完成だ」
そう言いながら、俺は焼き上がったハンバーグを皿に盛り付ける。
真澄と会話を続けながら料理を進めていると、あっという間に完成だ。
誰かと料理を一緒にするって事がこんなに楽しいものだとは知らなかったな。
今までは必要にかられて料理していた側面があったからな。
「わっ、凄い! お店みたいだ!」
盛り付けられた料理に凄い、と嬉しそうに手を叩く真澄。
その様子に今度は俺が胸を張る番だった。
してやったりと言った気分である。
当初の目標は達成と言っても良い。
「ふふん、どうだ俺の腕前は?」
「わーわー、ひゅーひゅー、パチパチー! さ、早く食べよ!」
「はは、それじゃ運ぶか」
空腹が勝ったのか早く食べたそうにする真澄に、一つ笑いかけると一緒にテーブルへと料理を運んだのだった。
お読み頂きありがとうございました。
Sさん「し、宗君の隣でお料理なんて……ぅう、羨ましいよぉ!ずるいよぉ!わたしだってしたこと無いのに!わたしも一緒にしたいもん!!隣で料理する宗君を見上げたいです!横顔見ながらニヤニヤしたいですー!!!うわぁーーーんっ!!」
もし事実を知ったら金髪ちゃんの胸中はこんな感じてすかね。




