第63話 恐怖は再び
本日もよろしくお願いいたします。
宗君とあたしが友達になってあっという間に1週間が経った。
友達になったからと言ってもする事が何かが変わる訳でもなくて。
いつも通り、宗君の送迎で駅と家を行き来する日常だ。
だけど、あたしの気持ちはあの日を境に変化を見せていた。
仕事の帰り、宗君の送迎で自宅のマンションに到着する。
「ありがとう宗君、おやすみー!」
「ああ、おやすみ」
マンションの前に停められた車から降り、宗君と挨拶を交わす。
そのたった一つの事が、どこか嬉しくて。
これから一人の家に帰る事は寂しいけれど、また明日も会える、そんな事を思い過ごせるのだ。
マンションの入口に向かう間、宗君はあたしをいつも見送ってくれる。
あたしが中に入った事を確認して車を発進させるのだ。
入口をくぐる直前、振り返り今一度手を振った。
手を上げ返してくれた宗君に満足するとマンションへ入ったのだった。
宗君と友達になってからの事と思う。
当日に約束していたショッピングモールの買い物も、食料品を買う前に上手くショップ側への誘導が成功し、宗君とのショッピングが実現した。
閉店間近ではあったがウィンドウショッピングをして一緒に服を見たり、フードコートで遅い夕食を食べたりした。
デートみたいだなんて思ってみたり。
宗君はそんなこと思って無いだろうけどさ。
でも、なんだかんだ文句を言いながらも、宗君はちゃんと話を聞いて人の事を考えてくれている。
宗君はすごく優しい人なんだと思う。
「ふふ、今日は電話しちゃおうかなー?」
上機嫌なあたしは鼻歌でも歌うぐらい陽気だった。
この目の前の、ポストを開けるまでは。
「……え?」
ポストを開けると、そこに写真が投函されていた。
一瞬で1ヶ月前の出来事がフラッシュバックする。
恐る恐る、震える手でその写真を手に取った。
「……なに、これ?」
写真には、あたしが写っていた。
家中で寛ぐあたし。
着替えている途中のあたし。
一糸纏わぬ姿まで。
頭が真っ白になり暫し呆然と立ち尽くす。
「なんで……」
気が付けば、あたしの足は後退りをしていた。
思い出したかの様に辺りを見回すが、こちらを窺う視線は見当たらない。
写真をカバンに押し込むと踵を返し、たった今くぐったばかりの入口へと駆けた。
「宗君っ」
マンションを飛び出し宗君の姿を必死に探すが、既に離れているのか宗君の乗った軽自動車は見当たらなかった。
マンションの自室がある辺りを見上げる。
あまりの恐怖で家に帰る気には到底なれなかった。
ずっと見られていたかと思うと恐怖で身震いが止まらない。
頭がまるで回らない。
宗君、宗君助けて。
頭の中はそれでいっぱいだった。
気が付けばあたしは、宗君が向かったであろう万屋の事務所の方角へと走り出していた。
「はぁっ、はぁはぁっ、っ……!」
何かから逃げるように必死に走っていた。
不安からか何かに追われているような思い込みに陥っていたのだ。
夜の帳が降りた街は暗闇に包まれていて、影と言う影が自分を見つめているようで。
「そ、そうだっ、電話っ!」
何故思い付かなかったのか。
パニックに陥っていた自分が恨めしい。
直ぐ様宗君の電話をコールする。
ワンコールワンコールがひどく長く感じた。
3コール程すると宗君が電話に出てくれた。
「真澄? どうかしたか?」
「宗君っ、た、助けてっ!」
口から出たのは要領を得ないが切実な一言だった。
「今どこに居た?」
電話口に宗君の雰囲気が変わった事を感じた。
取り乱す事無く冷静な彼の言葉にあたしも必死に返す。
「わ、わかんない……はぁ、はぁ……無我夢中で走っちゃってっ、宗君の会社の方に、向かったんだけどっ」
あたしは自分の居る場所すら分からなくなっていた。
越してきたばかりの見知らぬ地だ。
ただでさえ、特殊な立場から出歩く事など皆無だった。近所な訳だから、もしかしたら明るければ何となくは分かったかもしれないが、暗闇に閉ざされた中歩く街は初めて見る様相であった。
「近くに何がある?」
「え、えっと、えっと……」
宗君に居場所を伝えられる様に、立ち止まり辺りを見渡す。
すると自身の後方に人影が見えた。
「い、いやぁっ、宗君っ!」
自分を襲いに来た犯人ではないのか、その恐怖から怯えて再びパニックに陥りかける。
「大丈夫落ち着いて。近くに何が見える?」
そんなあたしに対して冷静な宗君に、少しだけ自分も落ち着きを取り戻す。
よく辺りを見ると道の先に小さな公園が見えた。
コレなら分かるかも、と近づきながら宗君へ伝える。
「はあっ、はぁ……えっと、こ、公園があったよ! ど、道路に面してるっ」
「わかった、もう向かってるからな。あと、このまま電話は繋いでおくんだ」
「う、うん……」
「大丈夫だからな」
「うんっ」
大丈夫。その一言を宗君から言われただけで、不思議と心が落ち着くようだった。
あたしは勇気を振り絞るともう一度振り返り、先程目に写った人影を探した。
しかし、よくよく見ればあたしが人影と思っていたのは、影になったただの植木だった。
「はあぁ……」
あたしは一つ大きく息を吐いた。
今まで恐怖から意識の外に追いやられていた、乱れていた呼吸を自覚する。
胸がバクバクと煩く鳴り、浅い呼吸を繰り返していた。
「し、宗君、ここに居て大丈夫、だよね?」
「ああ、もう着く」
宗君の言葉が示す通り、車のマフラー音が聞こえてきた。
そして、その音の主は滑り込む様にあたしの前に停車した。
「大丈夫か真澄っ」
「宗君!」
気付けばあたしは車から出てきた宗君に堪らず抱きついていた。
「うぉっ!? ……真澄?」
「宗君……っ」
彼のぬくもりを求めるように強く抱き付く。
最近では嗅ぎ慣れてきた彼の匂いに安心したのか、勝手に涙が溢れ、身体から力が抜けた。
膝も笑って上手く力が入らない。
すがる様に身体を預けるあたしを抱き止め、宗君は何も聞かずに頭を撫でてくれた。
「ご、ごめん宗君……ぅくっ、ぅぅ……」
「大丈夫だよ」
ひとしきり泣いて涙も止まった頃。
「真澄、少し我慢してくれよ」
宗君はそう言うとおもむろにあたしを抱き上げた。
見たまま、お姫様抱っこである。
「ひゃぁっ!? な、なな、なにっ!?」
驚きに涙も引っ込んでしまった。
状況が読み込めない。
「悪い、でも取り敢えず車に乗ろう、事務所に向かいながら話を聞く」
「あ、う、うん……」
あたしは宗君の言葉に素直に頷いた。
正直まだ、足に力が入らず一人で立つのも覚束なかったからだ。
宗君に連れられるがまま車で万屋の事務所へ向かうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。
明日も投稿出来るかと思います。




