第62話 着信
本日もよろしくお願いいたします。
「それで、あの時の撮影が面白くて――」
――プルルル――
集合時間の変更があった為、真澄の家で新幹線の時間まで暇を潰している最中。
リビングのテーブルに置かれたガラケーが着信音と共に震えた。
「あ、宗君ちょっとごめんね」
俺は真澄の言葉に黙って頷いた。
真澄が仕事での愚痴や面白かった事などを語ってくれるので、俺は聞き手に回っていた。
正直な話、芸能人の名前を上げられてもまず分からないのだが。嬉々として語る真澄にとりあえず聞くに徹していた。
「はい、菅野です。お疲れ様です。……はい、はい。ええ、間もなく御崎を出ます」
真澄はガラケーを耳に当てると話し始めた。
会話の内容からすると、仕事関連で、おそらく堤さんかと思われる。
まあ、ガラケーは仕事用なのかと思ってはいたので、間違いは無いだろう。
「……はい、それではその時間でよろしくお願いします」
「堤さんから?」
「うん、なんか再度確認したかったみたい。さっきも本人から連絡来たのにね?」
「そうか」
真澄はストラップ一つ付いていないガラケーをパチンと閉じるとテーブルに再び置いた。
「その携帯は貸与品か何かか?」
「これ? そうだけどどうかした?」
真澄はテーブルに置いた携帯を指差す。
「あ、いや、女の子が持つにはあまりに似つかわしくないからさ」
「まあねぇ。グレーで飾り気も無いし、女子の持ち物じゃないよね」
「まあ、会社のじゃ仕方ないよな」
「あ、これは会社のじゃないよ。マネージャーから借りてるヤツなんだよ」
「堤さんから?」
「うん、連絡取りやすいようにって。確か他の子も持たせられてたはずだよ。それに連絡だけならこれで問題無いしね」
「ふうん?」
さてと、と真澄は手を一つ叩いた。
そして、おもむろに立ち上がった。
「そろそろ駅までお願いしても良いかな?」
「おう、了解」
問いかける真澄に返事をすると、俺も合わせて立ち上がった。
いつもの様に駅併設のコインパーキングに駐車すると、車外に出た。
相変わらず容赦なく照りつける夏の日差しが眩しい。
「あちーな。この暑さなんとかならないかね……」
俺の身体を包む熱気に思わず独り言ちてしまう。
夏真っ盛りである。
「あつーい。仕事行きたくないなー」
後部座席から降りた真澄も、暑さに不満を漏らしていた。
「ほら行くぞ?」
「あい……」
促す俺に真澄は不承不承頷いた。
駅構内に入ると、建物の中だけあって涼しかった。
コンクリートの建造物っていう事と、多少空調も効いているのかもしれない。
「ふぅ、中は涼しいな」
「そだね、駐車場まで目と鼻の先なのに少し汗かいちゃうね」
パタパタと手で顔を扇ぐ真澄を横目に俺は頷いた。
いつも通り、俺は真澄の右半歩後ろを付き従う様に歩いている。
この立ち位置は一人で護衛するのに適していたりする。
後ろからの襲撃にも対応出来、前からでも左手で真澄を押し退け俺が前に出られる。
まあ、そんな事態はそうそう無いだろうが。
と、その時半歩前を歩く真澄が出し抜けに振り返った。
その行動に思わず少しだけ身構えてしまう。
「どうかしたか?」
「ね、宗君。ここで提案なんだけど、このままモールで遊ぶってのはどう?」
「…………は?」
コイツは一体何を言っているのか。
しばらくアイドル様の言葉に対する理解が追い付かず間抜けな声が出てしまった。
「いったいどういう事だ?」
「だってさー、暑くて仕事する気にならないし、モールに行きたいしー」
先のでんの様にぶーぶー口で言う真澄。
一体全体どういう事なのだろうか。
真澄は少しおちゃらけた事を言うことはあっても、仕事に対して真摯に向き合っていたと、俺は感じていた。
それが、サボると言い出すとは何かあったのだろうか。
「宗君も居るから荷物だって困んないしー?」
「……俺は荷物持ちかよ。ふざけて無いで、そんなことより新幹線のホームに向かうぞ。しっかりホームまで送り届けるのが俺の役割だからな」
「うそうそ! 冗談だっ―――」
――プルルル――
「あれ? またマネージャーかな?」
真澄は携帯を取り出すと、通話ボタンを押し耳に当てた。
駅の喧騒で会話の内容はほとんど聞き取れ無かったが、1分もすると通話は終了した。
「なんかあったのか?」
「ん、いや、よく分かんない。さっき家で聞いたのと同じ様な内容だった」
「同じ?」
「うん、なんか新幹線に乗ったのかとか、何時まで来れるとか」
「……真澄って信用無いのか?」
もしくは俺の信用が無いのか。
むしろその方が可能性が高い気もする。
今までは何も言われなかったが。
「バカ言わないでよっ。これでも仕事では信用ありますー! 真面目なんだから!」
さっきまでのサボり発言は真面目なヤツが言うセリフなのだろうか。
「モールで遊びたかったんじゃ?」
「嘘だってば! 冗談にマジレスしないでよ!」
俺には真澄の言う冗談と本気の違いが未だに分からない。
「でも、なんかあったのかな? 向こう着いたら少し急ごうかな」
「とりあえずホームまで行くか」
「うん」
首を傾げる真澄を促し、ホームへ俺たちは向かった。
「帰りにまたモール行きたいんだけど?」
ホームで新幹線を待つ間、帰りの時間を聞いたあと真澄がそんな事を言った。
「また?」
この間も行ったじゃないか、そう言おうと思ったが。
「食料品くらい買わせてよー」
「あー、そりゃそうか」
日常的に必要な物も当然あるよな。
先日も日持ちするような物をそれなりに買い込んだのだが、さすがに無くなってもおかしくない。
仕事の関係で外食が多いと言っても限度があったか。
「それじゃ、帰りに寄ろうか」
「お、今日はすんなり許してくれたね!!」
真澄の言葉に頷いた俺を茶化す様にニヤニヤとするアイドル様。
「別に意地悪で言ってる訳じゃないし、俺の言葉に強制力だって何も無いんだぞ?」
「分かってるって!」
本当に分かっているのだろうか。
釈然としない俺の胸中を他所に新幹線到着のアナウンスがホームに響いた。
「それじゃ、9時着の新幹線で帰って来るから、お迎えよろしく!」
「ああ、気をつけてな」
真澄は俺の言葉を聞くと笑顔で頷き、新幹線へと入って行った。
窓越しに真澄が客席に座るのを見届けると、俺はホームを後にすべく踵を返した。
「……ん?」
ホームから降りる階段へ差し掛かった時、ふと視線の様なものを感じて俺は振り返った。
しかし、特に気になる人や物は無かった。
不思議に思っていると新幹線出発のベルが鳴り響いき、新幹線が動き出した。
気のせいか。
そう自分の中で結論着けると、俺は駅を後にした。
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次回もよろしくお願いいたします。




