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第6話 大友万屋

昨日に引き続き、6話目です

少し長めです


 どこか満足げな表情で去って行った高橋先生もとい、桜子ちゃんを見送り学校を後にした。


 ……しかし、クラスの連中が騒ぐのもわかる気がする。

 桜子ちゃん可愛いぞ。


 生徒に対して真摯だし、お茶目なところも親しみやすい。何気ない仕草に伺える大人の色気にもドキッとさせられる。

 うん、学校が少し楽しみになるかもしれない。


 そんな事を考えながら帰路に着いた。


 電車で学校のある地区から一駅。その駅から徒歩10分。

 お世辞にも治安が良いとは言えない廃れた商店街跡に隣接する住宅街。

 そんな中に我が家(築25年、間取は2K、家賃は2.8万の格安アパート)はある。


 鍵を開け、誰も居ない家にあがる。

 ろくに家具も置いていない居間にある簡素な仏壇へ、ただいま、と心の中で声をかける。


 この家には俺の他に住んでいる人間は居ない。

 家族は既に全員亡くなっている。

 まあ、いわゆる天涯孤独ってヤツだ。

 一年前、ようやく借りれたこのアパートで気ままなロンリー生活を楽しんでいるところだ。


 両親は4年前に事故で亡くした。

 親戚の類いも皆無で、祖父母の存在も俺はしらなかった。

 働けもしない身では自宅を維持することも出来ず、早々に手放した。

 一年前までどうしていたと言えば、とある所に転がりこんで厄介になっていた。

 家賃を払う程度に食い扶持を得た俺は一人暮らしを始めた訳だ。


 制服を着替えると俺は家を出た。

 今日は重要な収入源、バイトの日だ。

 今日は、と言ったが週5回程度で入っているのでほぼ毎日働いていることになる。


 電車で学校とは反対方向に一駅隣にあるバイト先へ向かう。俺のバイト先は駅から程近く、徒歩で5分程度も歩けば到着する。

 バイト先の事務所が入っているのは築30年を過ぎるくたびれた雑居ビルである。

 狭苦しい急な階段を上がり、三階のドアを開ける。


 大友万屋。

 これが俺のバイト先だ。こんな名前が現代にもあるのかと最初は感心したもんだ。名前からは万年閑古鳥を想像してしまうが、これで中々忙しい。犬の散歩から害虫駆除、庭の掃除に買い物代行、車のタイヤ交換、チラシ配りのなんでもござれ。変わり種で言えば冠婚葬祭の代行サービスなんてものもある。


「お疲れ様です」


「あ、宗。お疲れ~」


 書類の散らばる机でタバコをふかしながら女性が手をヒラヒラと振る。

 顔は非常に整っており、その眠たそうなタレ目も艶やかに見えてくる。無造作に後ろで纏めた黒く長い癖髪もこの人にとっては引き立てる一要因となってしまう。服の上からでも分かる優れたプロポーション。

 その容姿だけで人生勝ち組じゃないかってな女性が俺の雇い主。


 大友理沙(おおとも りさ)

 27歳独身の敏腕女社長兼経理兼人事兼会計兼従業員だ。

 ……まあ、人手が足らないんだわ。

 俺の他にはあと二人正社員が居るが業務で出払っているようだ。この大友万屋は全員で4人の零細企業なのだ。


「二人は?」


「ん?ああ、今日は三丁目の山下さん家で庭木の剪定のご依頼」


「あー、あの腰悪くしちゃったじいさん」


「そそ。もう帰って来るんじゃない?」


「そうか。俺の仕事はある? 昨日の分はもう終わったし」


「んー、今んとこないから書類整理お願い」


「あいよ」


 指示された通り机に向かい書類整理を始めた。


 ……この会社、以前までは事務系に優れた人材が壊滅的だった。既知だった理沙に拾ってもらい、ここを訪れた時は崩れそうな書類の山に目眩がした。

 当然、最初の仕事は書類整理だった。

 事務系スキルがメキメキ上昇したのは言うまでもない。1ヶ月延々と書類に向かったのは伊達じゃない。

 再び溜まりつつあった書類のファイリングや廃棄など捌いていく。


「ふふふ、いやー、宗がいると本当事務所がキレイになるよね!」


 理沙が頬杖を付き体勢を崩しながら俺に話しかける。体勢を崩すもんだから形の良い胸がぐにゅんと変形する。

 ……目に毒だ。

 この社長の元で働いていれば、嫌でも女に耐性が付く。昔からの仲というのもあり、無防備な姿をさらけ出される身にもなって欲しい。

 こちとらもて余してる若い男の子だぞ。勘弁してほしい。


 容姿端麗で悪い人でもないのに、いつまでも独身なのが不思議だ。


「あんたらがやらせてんだよ」


「いやー、めっけもんだね」


「人をものみたいに言うなや」


 小一時間もすれば書類もキレイさっぱり無くなった。






「ただいまー」


 理沙と他愛のない話をしていると入口からそんな間延びした声が聞こえてきた。


「あ、宗君やっほー」


「今日は内勤か宗」


「二人ともお疲れ。この通り、いつものように書類整理だよ。さっき終わったところだけどな」


 俺はそう言って机をポンポン叩く。


「おおー、さっすがー」


 愛想良く、ニコニコと笑う小柄な女性は沢村杏理(さわむら あんり)

 見た目はツルペタのロリっ子みたいだがれっきとした成人である。歳は22歳。……今気付いたけど桜子ちゃんと同い年だな。

 長い栗毛の髪をポニーテールにしている。


「俺らには出来ない芸当だからな」


 一方、長身な方である俺より更に長身な男。

 短く刈られた黒髪に人の良さそうな顔立ちをしている男、笹野大次郎(ささの だいじろう)

 少し童顔気味なせいか見えないが、このメンバー内最年長だったりする。年齢は29歳。

 そしてこの男、ロリっ子杏理ちゃんの彼氏である。

 ロリコンめ。

 年齢的には何も問題無いが………ロリコンめ。


「やる努力をしろよ」


「理沙ちゃん、めっけもんだねっ!」


 同じ事言ってるし。


「杏もそう思うでしょ。あんときの自分を誉めてやりたいね!」


「俺居なかったらどうしてたんだよ。あの状態では税金関係やら申告関係引っ掛かってただろ」


「まー、そんときは本気出すよ。私追い込まれると力発揮するタイプだもん」


だもん、って……。何歳だよ。


「っうお!?」


 スチール製の灰皿が顔面目掛け飛んできた。寸でのところで回避する。

 後ろでカランカランと音がする。


 

「ちっ……、避けたか。宗、失礼な事考えたでしょ」


「あぶねぇよ! つか、そのセリフ言ってる時点で自覚あるんじゃねぇか!」


「あ? もういっぺん言ってみな?」


 今度はガラス製の灰皿を振りかぶる。

 よく殺人で使われたりする、あれ。


 いやいや、洒落になんないから!


「う、うそうそっ! 何にも考えてない! 強いて考えた事と言えば、相変わらず理沙は美人で色気があるなーとか! なのに少し抜けてたり可愛いとこもあって! おこがましくも守りたくなったり! そんな人に雇われて俺幸せだなーってな事は考えたかもしれない!!」


 俺史上最速を誇るかもしれない早口で美辞麗句を並べたつもり。

 俺、あんまり口上手くないんだ。ごめん。


「ったく……調子の良いことばかり言って」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、灰皿は仕舞ってくれた。

 セーフセーフ。


「理沙ちゃん宗君のことホントに好きだよねー。顔赤くして可愛いー!」


「あ? 杏、なんか言った?」


「な、な、何でもないよ!?」


 杏理が大次郎にこそこそと何か話していたが、理沙に聞き咎められて慌てていた。


「はぁ、まったくもぅ。……それじゃ、報告を聞こうか」


「「はい」」


 仕事モードに切り替えた理沙が帰ってきた二人に向き合う。

 二人も表情は真剣になる。


 初めは、犬の散歩やら今回みたいな木の剪定とかそんなことに、真面目に報告とか少し馬鹿にしていた部分があったけれど、仕事に対する姿勢とかメリハリだとか学ぶ事はとても多かった。

 そう言った端々の仕事への取り組みがリピーターなどの顧客確保に繋がっているのかもしれない。

 仕事モードの理沙は格好良く、好きだ。素直に尊敬している。


 二人の報告を聞く理沙の横顔を見やり、理沙に拾われた頃を思い出す。


 そう、この女性が両親を亡くした俺を拾ってくれた人物だ。


 何でも突っ掛かる蛮勇くらいしか取り柄の無い、取り柄と言えるかも分からないような餓鬼を拾ってくれた女性。

 多感な年頃に母親代わりをしてくれた。

 母親というか姉ちゃんだったかもしれないが。



 衣食住の代わりとして散々こき使われ、四六時中文句を垂れていた頃が懐かしい。

 今思えば、選り好みせず多種多様な仕事をさせられたお陰でスキルは無駄に高くなったが。

 理沙は人を使うのが上手い。

 個人のレベルにあった仕事の割り振りを正確に行う。仕事に関してなら理想的な上司なのだろう。

 生意気な餓鬼んちょの俺のことも上手く使ってくれた。


 今ではバイトながらこの会社の一角を担っている。


「……………」


 ………大丈夫か?この会社。

 やっぱり何か変だわ。

 俺を拾ってくれたことには感謝しているのは本心だが、自分の独白でこの会社の行く末がひどく心配になってきた。

 ここには就職しないけどな。


「ーと言う訳で、山下様には口頭ではありますが継続契約を頂きました。後日正式な書類の取り交わしになります。……報告は以上ですね」


 普段の間延びした喋り方の鳴りを潜めた杏理がそう報告を締めくくった。


「うん。良くやった。ご苦労様」


 理沙もその報告を聞いて相好を崩す。


「へへ、もう剪定師顔負けだよ!」


 とたんに杏理ちゃんの喋りが元に戻った。

 まあ、こういった具合で様々なスキルを積むことが出来るのはこの仕事の魅力かもしれない。


 本職に頼むまでもなく、コストもかけたくない。

 そんなニーズに上手く合致した商売なのだ。人数の関係でそこまで手広くは出来ないが。

 理沙の手腕か不思議と業務用の機材を使えるため、モノによっては専門業者にもひけをとらないことを自負している。

 本人曰く、やりようでいくらでも手に入る、だとか。


「ふふっ、そりゃ頼もしいわね。それじゃ、二人は上がりで良いよ。報告書は宗に任せるとしましょう。宗もこのあとは暇だったからねー」


「お、ラッキー!」


「それなら宗、頼むな」


「ああ。任された」


 二人は帰り支度を済ませると事務所を後にした。


「さて、さっさと片付けますか」


 俺は二人が終えてきた仕事の報告書を作るべく、再び机に向かった。


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