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第58話 やけっぱち天使

本日もよろしくお願いいたします。












「とりあえず覚えるから」


わたしの目の前に座る宗君はそう言うとメニューとにらめっこを始めました。

わたしと宗君は客席の椅子を引き出して隣り合って座っています。

開店までは後10分程なので、宗君と最後の打ち合わせです。


とんでもなく急展開ではありますが、宗君と一緒に家の定食屋の手伝いをすることになりました。

宗君に理由を聞いて納得はしましたが、まさか宗君とウチの仕事をすることになるとは凄くびっくりです。

Tシャツにデニムなんていう適当な普段着を見られてしまうのは物凄く恥ずかしいのですが、一緒にお仕事を出来るのはなんだか幸せです。

不思議と宗君との距離が少し縮まったような気さえしますよね。

それに、その……。



なんか宗君が、お……お婿さんに、来たみたい、です。

きゃーっ!


自分の妄想に思わず顔を両手で覆ってしまいます。



家族みんなが着ているわたしの趣味で選んだネコさんエプロンですが、予備の物を宗君も着てくれています。

もう、ネコさんエプロン着けた宗君が可愛くて可愛くて……えへへへ。


水族館以来の宗君とあってはじろじろと見ずには居られません。これでもかってくらい見てます。

カッコいいです。可愛いです。

最初はびっくりして隠れちゃいましたが、もういつかのように逃げたりはしません。

自分に正直でいることにします。


だから、宗君を見てにやにやするのです。

正直が一番です。


1分程にやにやと堪能していると宗君が突如顔を上げました。

なんとかギリギリにやついた顔を引っ込めることが出来ましたが、目と目がバッチリ合いました。

恥ずかしいです。

顔が熱いです。


「ん? どうかした?」


「な、なんでもないよー? 沢良木君こそどうかした?」


「メニューは覚えたから次の仕事を教えて貰おうかと」


「ふぇ?」


今なんと言いました?

メニューは覚えたって、まだ1分くらいしかたってませんよ?

メニューだってサイドまで合わせれば30程はあるのです。

つい、変な気の抜けた返事が出てしまいました。

宗君を疑う訳では無いですが、流石に難しいと思うんですが。


「諳じてみようか?」


「え、えーと?」


そらんじるって暗記したやつを言うってことだっけ?

む、無理でしょぉ。


「鯖の煮付け定食、鯖の塩焼き定食、豚汁定食、鶏から定食、しょうが焼き定食、トンカツ定食、エビフライ定食、チキン南蛮定食、天ぷら定食。定食は以上だな。次は麺類だけど月見そ……」


「わ、分かったよ! 大丈夫っ! う、疑ってないよ!」


「そう?」


ホントに覚えてる勢いです。

最早、定食屋の娘の威厳何て物はどこにもありません……うぅ。

わたし見ないで言えないんですけど……。

宗君ってなんかずるいですよね。


そもそも時間も無いから覚える必要あるのかと疑問でしたが、そう言う意味だったんですね。

覚えられるから見始めたんですね。


「後は必要最低限の動きを教えて欲しい。聞けなかった所は斉藤さんを見させてもらうからさ」


真面目な顔で宗君はわたしを見つめてきます。

真摯に仕事に取り組む姿勢とか、その眼差しとかカッコ良くて。

……宗君ってなんかずるいですよね。


「……はぃ」


「?」


わたしは俯くしか無いじゃないですか。


でも時間はありません!

宗君の言う通り、必要最低限の内容を教えます!

愛奈頑張ります!

よしっ。


「それじゃあ、注文を受けてからの基本的な流れをやってみるから、分からない所があったら聞いてね!」


「ああ分かった」


宗君が頷くのを確認すると、わたしは言ったように一連の動きを実演して見せました。



「ご注文を繰り返します。鯖の煮付け定食とトンカツ定食をお一つずつですね。かしこまりました、少々お待ちください……」


張り切ったまでは良いのですが、見られることが想像以上に恥ずかしかった事は大変大きな誤算でした……。


「お待たせしました!鯖の煮付け定食とトンカツ定食です。ごゆっくりどうぞ!……はぅ」


宗君凄い見てくるんですもの。

自分で言っておきながら直ぐに後悔してしまいました。

多分顔が赤かったと思います……。

宗君に見せる演技も早く終わらせたい一心で段々と適当になってしまいそうですが、下手な物を宗君に見せるわけにはいきません。

最早開き直ってやろうと思い始めました。


「ありがとうございましたー!」



あははっ、どうですか宗君!

見ましたか、わたしの接客を!



…………………はぁ。






「さ、そろそろ開けるわよー」


ママはそう言うと表に出て、暖簾を掛けました。

斉恵亭開店の時間です。


宗君はわたしの動きを頭の中で反芻しているのか、静かに眼を閉じています。

そんなあまりに真面目にされてしまうと何だかいたたまれなくなってきます。

もうちょっと気楽にして欲しいです……。

初っぱなからはそんなにお客さんも来ないと思うんです。

でも真面目な所も好きです。



「早速お客さん来たね」


「え?」


いつの間にか眼を開いて入口を見つめる宗君。

その宗君の言葉通り、入口はガラガラと音を立てて開きました。

そして、今日一番のお客さんを迎えるのです。





――――――――――――――――――――





今俺は斉恵亭のメニューとにらめっこしていた。

と言うのもオーダーを取る上で覚えておいて損は無いと思ったからだ。


時間は無いが、1分で覚えられなければ諦めようと思う。

実は昨日、珍しく夜にテレビを見ていたのだが、記憶術の特集をしている番組がやっていて、意外と面白くてつい夢中になって見てしまったのだ。

その番組で知り得た知識をなんとか使ってみたく、こんなことをしていた。


ふむ……。


そろそろ1分か。

うん、ちゃんと覚えてそうだ。

すごい。

マスメディアめ、侮り難いな。


顔を上げるとこちらを見ながらニコニコとしていた斉藤さんと目が合った。

が、目が合った瞬間にニコニコ顔が消えてしまった。

可愛かったのに残念である。


「ん? どうかした?」


「な、なんでもないよー? 沢良木君こそどうかした?」


何だか取り繕うような素振りをする斉藤さんである。


「メニューは覚えたから次の仕事を教えて貰おうかと」


「ふぇ?」


可愛らしい気の抜けた返事が斉藤さんから返ってくる。

しかし、その表情は俺の言葉を疑っているようである。


「諳じてみようか?」


「え、えーと?」


うん、そう言うことなら仕方ないよな。

暗記したメニュー内容を斉藤さんに聞いて貰うしかないな。

しょうがない、是非とも聞いて貰おう。

是非聞いて欲しい。

俺、覚えたんだぜ。


まずは定食カモン。そんで、麺類だ。それから一品物。


俺は斉藤さんの返事も聞かずに諳じてみせる。

聞くことを強要しているともいう。


「鯖の煮付け定食、鯖の塩焼き定食、豚汁定食、鶏から定食、しょうが焼き定食、トンカツ定食、エビフライ定食、チキン南蛮定食、天ぷら定食。定食は以上だな。次は麺類だけど月見そ……」


「わ、分かったよ! 大丈夫っ! う、疑ってないよ!」


「そう?」


おおう。

止められてしまったぜ。

暴走してしまいちょっと反省。


しかし、大丈夫と言いつつも少し膨れっ面斉藤さん。

なんでそんな表情なのか分からないが、拗ねた風な表情も非常にキュートである。拗ね天使可愛い。

俺はにやけそうになる顔を必死に抑えて、真面目な顔で言葉を繋げる。


「後は必要最低限の動きを教えて欲しい。聞けなかった所は斉藤さんを見させてもらうからさ」


まあ、心中は置いておいて、言葉は本気だ。

見て覚えると言っても少しでも時間がある内に教わるのも良いだろう。斉藤さんの迷惑にならなければだが。


「……はぃ」


「?」


何故か今度は自信無さげな返事で俯いてしまった。

心なしかその横顔は赤く見える。

残念ながら俺ごときでは天使の胸中の感情の機微に気づけないようである。

乙女の心は摩訶不思議。


「それじゃあ、注文を受けてからの基本的な流れをやってみるから、分からない所があったら聞いてね!」


一つ頭を振ると再び明るい表情で俺に話しかけてくれる斉藤さん。

元気な天使もかわゆい。

乙女の心は摩訶不思議だ。


「ああ分かった」


立ち上がる斉藤さんに俺は頷いた。


斉藤さんは言葉通り、お客さんから注文を受けてから厨房に伝え、料理を運び、食べ終えた食器を片付け会計をする。

給仕の一連の動きを見せてくれた。


「……」


こ、これは、エアウェイトレスっ。

定食屋だけど。


いらっしゃいませ。から、ありがとうございました。まで、しっかり見せて頂いた。

網膜に焼き付ける勢いで見せて頂いた。


可愛い。

特に、俺に見せていて段々と恥ずかしくなっていったのか、顔が赤くなっていく様や最後の方は何ともやけっぱち感漂う仕草が非常にグッドだった。

こちらが、ありがとうございましたである。


最近、自分が変態チックでこれからの人生が心配になってきた。

どうしたらいいんだ、教えてくれ。


「斉藤さんありがとうね。とても参考になったよ」


「そ、そう? それなら良かったよ……ぁ、あはは」


顔を背けながら頷く斉藤さんだった。



間もなく開店の時間。

アイシャさんは暖簾を入口に掛けた。

後はお客さんの来店を待つばかりだ。


俺は眼を瞑り腕を組み、斉藤さんの隣に佇んでいた。

そして、頭の中で何度も思い浮かべる。


何をって?


斉藤さんのエアウェイトレス姿に決まっているだろうが。

初めて見る斉藤さんの新たな一面を何度も繰り返し思い浮かべる。

フリであの天使レベルだ。実際の接客となれば言わずもがな。

愛想を振り撒く天使に、この店に通ってしまいそうな自分が怖い。

もしかしてだが、この天使の姿を拝みに来る輩も少なくないのでは無かろうか。いや、居る筈だ。

だとすればそいつは許せない。


俺も仲間に入れてくれ。

先駆者達の気持ちが痛いほどに分かるぞ。

いやしかし、独り占めしたい気持ちもあるのだ。

醜いこの独占欲が先駆者達を葬れと唸る。

くそ、俺はどうすれば良いのだ!


あ、フリフリのエプロンドレスの斉藤さんも凄く見てみたい。

今日の私服姿にネコエプロンも非常にプリチーであるが、エプロンドレスとか着てくれたらそのプリチーさに磨きがかかること間違いなしである。

その可愛らしさの前に跪く自信満々だ。

エプロンドレスの天使が見たいぞ俺は!

そんな天使に、いらっしゃいませ!ってすこぶる可愛い笑顔を向けて貰いたい。

それで5年は生きていける。


斉藤さんってたまに抜けてる所あるから、給仕中にドジしたりするんだろうか。

だとすればそんな所も見てみたい。

危ない事はノーセンキューだし助けたくなるが、軽いドジだったらニヤニヤしながら見ていたい。

俺に見られて赤面する斉藤さんも見てみたい。

俺ってSっ気があるのかもしれない。


非常に庇護欲駆り立てられる存在であるが、最近ごくたまに意地悪したくなる時があるんだ。


……って、斉藤さんにそんなことしちゃダメだな。

一体俺は何を考えているんだ。

斉藤さんが嫌がる事をするなんて最低だ。

嫌われたら生きていけない!

心頭滅却。


どうかしてるな俺は。


俺の脳内が非常にカオスになっていたところで、俺の耳は店の前に向かって来る足音を捉えた。


「早速お客さん来たね」


「え?」


眼を開けると入口を見据える。


ガラガラと音を立てて入口が開く。

本日最初のお客様を斉恵亭は迎えた。










沢良木君の頭の中はいつもカオスです。


今回も遅くなり申し訳ないです。

最近中々毎日更新が出来ておりません。

なんとかペースを回復させていきますのでよろしくお願いいたします。

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