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第56話 斉恵亭再び

本日もよろしくお願いいたします。







走る俊夫さんを追いかけ、俺は斉恵亭までたどり着いた。

再び訪れた斉恵亭は、相変わらず味のある素晴らしい佇まいをしてらっしゃる。

水族館デートの時は既に薄暗くなっており、その全景を拝む事は出来なかった。

何よりあの時俺の隣には美少女天使が居た訳でありますからに。

まあ、斉藤さんしか見てなかったです。はい。


「宗、一緒に入ってくれ!」


「え、嫌だよ。俊夫さんが最初に怒られて来てくれよ」


「俺だって嫌だ! 宗が居れば緩衝材になる!」


なんだこのやり取り。

子供か。

斉藤さんとの仲直り以前の問題な気もするわ。


「頼む! この通り!」


俺に向けて手を合わせ頭を下げる俊夫さん。

プライドは無いのだろうか。

つか、どんだけ嫁が怖いんだよ。


これ以上ごねても面倒なので、俺は早々に頷いた。




「た、ただいまぁ……」


そろりそろりと入口をくぐる大男。

その身体は限界まで縮こまっている。

怒られる事は既に避けられないんだから、堂々と行けばいいのに。

俺を見るが良い、胸を張って歩くこの堂々たる入店スタイルを。

自信に満ち溢れているようではないか。



「おかえりなさい、あなた。ふふ……こんな忙しい時に何をしてたのかなぁ?」


店に入った男二人に浴びせられたのは、それはそれは冷たい背筋の凍るようなお声でした。

言葉自体は何てことない物ではあるが、ここまで人を萎縮させることが出来るとは。

気が付けば、俺の身体は一瞬で筋肉ダルマの縮こまスタイルを完コピであります。


うわぁ、マジこえぇ。

俊夫さん俺、舐めてたよ。


「……あら? 沢良木君?」


氷点下まで落ち込んでいた声色は瞬く間にいつものほんわかボイスとスマイルに早変わり。


親娘だ。間違いなく親娘だよ。


「こ、こんにちは。お久しぶりです。すいませんお忙しい時に俊夫さんを引き留めてしまって」


この筋肉の肩を持つのは実に不本意ではあるが、遅れた原因に俺が含まれるのは確かなので、俺は頭を下げた。

俺が頭を上げると俊夫さんはニカリとサムズアップしていた。

実に腹立つ笑顔だった。


「沢良木君に免じて今日は何も言わないけど、次はないわよ?」


「すいません」


余計な事しなければ良いのに。






「先日は水族館のチケットを頂いてありがとうございました。とても楽しかったです」


「こっちこそお礼したかったのよ! ウチの愛奈ちゃんもすごく楽しかったみたいでね、嬉しそうだったのー! ありがとうね!」


すこぶる明るい笑顔でお礼を口にするアイシャさん。

斉藤さんがそんなに喜んでくれたとは。

とても喜ばしいですな。


ちなみに俊夫さんは静かに厨房で開店準備に勤しんでいる。


「そうだったんですか」


斉藤さんが喜んでくれたと言う情報に俺の頬も図らずも緩んでしまった。


おっと、手土産も渡さないとな。

俊夫さんと相談して、とりあえず俺から渡すことにしたのだ。


「これ、パレットのスティックケーキなんですけど、良かったら召し上がってください」


「あら、そんな気使わないで良いのにー。でも、愛奈ちゃんもわたしも好きだから嬉しいわ」


「それなら良かったです」


して、肝心のスペシャルキュートな天使の斉藤さんはどちらにいらっしゃるのだろう?

斉恵亭を訪れて未だにお目にかかっていない。

俊夫さんに頼まれたと言うのもあるが、俺が斉藤さんを見て癒されたいと言うのが本音である。

先程の筋肉タイムで蝕まれた俺のハートを癒せるのは斉藤さんのエンジェルスマイルだけなんだ。

は、早く摂取せねば。


ついキョロキョロと俺は店を見回してしまう。


「ふふ、愛奈ちゃんなら―――」


俺の様子にアイシャさんが微笑みながら視線を後ろに向けると。


「ママー、パパは帰ってきた?」


彼女は自宅へ繋がる引き戸を開けて現れた。




な、なん、だと……?


俺は目を離せなかった。

先日のデートとは違って、ラフな私服に身を包み両親と同じネコのエプロンを身に付け、後ろで一つに髪を結った頭に三角巾を巻いた姿の天使から。

白いTシャツに膝下丈のジーパンと言う出で立ちは当然初めて拝見する。

ラフな格好ではあるが、逆にそれは斉藤さんの可愛さを引き立てる一要素と相成っている。

むしろ、飾り気の無い格好であるからこそ、その可愛さが前面に押し出されるのだと俺は思う。


つまり可愛い。

結局可愛い。


この私服の斉藤さんもグッドだぜ。



「――――――っ!?!?!??」


バチンっ。


俺が心の中で斉藤さんを称賛していると、引き戸はそれはもう勢いよく閉められた。



……何故?


「あらあら」


隣のアイシャさんは笑ってるし。


「え、えーと?」


俺がどう反応すれば良いのか悩んでいると。


「な、なな、なんで! さ、沢良木君がいるのかなっ!?」


ドア越しに斉藤さんの声が聞こえてきた。

随分慌てた様子の声色に心配してしまう。

俺は何かやらかしてしまったのだろうか。


「あー、急に来ちゃてごめんね。邪魔だったよね。すぐに帰るからさ」


邪魔という事では仕方あるまい。

格好から鑑みるに、おそらく店のお手伝いをするところだったのだろう。

店で働く斉藤さんを見たい気持ちはあるが、彼女を邪魔するのは俺の本懐ではない。

少し残念だけど。


……残念だ。


……非常に残念だっ。


……ひじょーーーに残念だぁあっ!


くそぅ。

帰ろ。


「それじゃ」


俺は未練が残らないよう、早々に立ち去るべく足を出入口に向けて……。


「邪魔じゃないよっ!!」


「へ?」


斉藤さんの叫ぶ声で足を止めた。


「大丈夫、だよ……」


振り返ると引き戸を少しだけ開けて斉藤さんがこちらを覗いていた。

しかし、大丈夫と良いながらも一向に出てくる気配がない。

どうしたものか。

と、そこへアイシャさんの助け船が入った。


「ほーら、ちゃんと出て来なさい愛奈ちゃん?」


「ぅ、うぅ……はい」


そろそろと引き戸を開けて斉藤さんが再び店へ降りてきた。

俺は堪らずその姿に見いってしまう。


こちらに一瞥もくれず、そっぽを向いたまま恥ずかしそうに顔を赤くしている斉藤さんはエプロンの裾を握って離さない。

そこがまたいじらしい。

普段着を見られるのが恥ずかしいのだろうか。


「こんにちは、斉藤さん」


「こ、こんにちわ……」


「「……」」


ううむ。

挨拶だけで会話が途切れてしまったぞ。

斉藤さんを前にしたら上手く言葉が出ないな。

どうしよう。

何を喋ろうかな。

エプロン可愛いね、とでも言ってみるか?


「初々しいわねっ!」


アイシャさんは何だかはしゃいだご様子。

何がだろうか。


「……」


俊夫さんは何故だか口を開かず黙々と作業を続けているし。


とりあえず何か喋ろう。

そうだな、来た理由でも話そうか。


「今日はこの間のお礼をアイシャさんに持って来たんだよ。スティックケーキなんだけど、良かったら後で斉藤さんも食べてね」


「お礼?」


「うん。水族館のチケットはアイシャさんに貰ったって聞いたからさ、そのお礼だよ」


「あ、わざわざありがとう」


「いや、俺も楽しかったからさ、行けて良かったよ」


「あ、わ、わたしも……」


チラチラとはこちらを向いていたが、微妙に視線をずらしたままの斉藤さんは、ようやく俺と目を合わせてくれた。


「……楽しかった。えへへ」


そして、天使の微笑みを向けてくれるのだ。

しばし見つめあってしまう。


ぐぁ……。

可愛いなぁ。


「……お取り込み中申し訳ないんだけど、そろそろお店開けるから一時中断で良いかなぁ?」


「あっ、ご、ごめんなさい! 準備するね!」


アイシャさんのそんな声で俺ら二人は現実に引き戻された。

斉藤さんは慌てて厨房の方へ駆けていった。


いかんいかん。

久しぶりのエンジェルスマイルにやられてしまっていた。


「お忙しい時に邪魔をしてしまって申し訳ないです。それじゃ俺はそろそろ帰るので」


「あら、そうなの?」


俊夫さんには悪いがタイミングが微妙過ぎるだろ。

こんな忙しい時にどう話せと言うのだ。


それに、俺は斉藤さんの顔を拝めたので正直満足だ。

さらばだ、斉恵亭。

しかし。


「し、宗! 飯食って行けよ! どうだ!?」


今まで一言も喋らず黙々と作業していた俊夫さんが、突然焦った口調で俺を引き留めた。

その顔を見れば必死の形相である。


どうだ、って言われても。昼の営業が終わるまで待てと言うのか?

3時間近くも何をしろと。


「あ、そうね、折角だからお店で食べて行けば良いじゃない?」


アイシャさんも乗り気だ。

ああ、お店で食べる方向か。

それはそれで少し気まずいんだけどな。


……あ、でも物は考えようだ。

斉藤さんの働く姿を拝みながら飯を食べられると思えば非常に魅力的に感じてくるではないか。

あら不思議。

是非ご馳走になろう。そうしよう。


「良ければお願いできますか?」


「ええ、もちろん!」


……いや、待てよ。

しかし、タダ飯を食らうのも申し訳ないな。

お代を払うと言ってもこの人たちの事だ、きっと断られてしまう。

それならいっそお手伝いをさせてもらうのはどうだろうか。

配膳や注文を受けるくらいなら俺のスキルでカバー出来るはずだし、最初だけは斉藤さんやアイシャさんの動きを参考にさせて貰えば。

他にも皿洗いとか何かしら手伝える事もあるだろう。

昼をご馳走になるのも皆と一緒で構わない。


「ただ、お昼をご馳走になるだけでは申し訳ないので、何かお手伝いさせてください」


「そんな気にしなくても良いのよ?」


「見合った労働をしないと落ち着かないんですよ。邪魔で無ければお手伝いさせて貰えませんか?」


「ふふ、そう? そう言うことならお願いしようかしら?」


「ええ、なんでも言ってください」




今日は休日の昼と言うことで、それなりに混雑することが予想されるそうだ。

俺が即戦力になるかは分からないが、人手があった方が助かる状況ではあったようだ。

ある意味タイミングが良かったともいえる。


俺は配膳や注文受けに配置される事になった。

俊夫さんとアイシャさんは厨房に専念するようだ。


斉藤さんと俺がホール側担当と言うことになる。


「先輩、よろしくお願いしますっ」


俺は厨房から戻って来た斉藤さんに頭を下げた。


「ふぇっ!? な、なにがっ!? えぇっ!?」


皆とお揃いのエプロンを身に着け突然頭を下げた俺に斉藤さんが軽くパニクっていた。


「よろしくお願いしますっ」


「だからなにがっ!?」


パニクる斉藤さん面白れえ。





「ま、そう言う訳で手伝う事になったよ」


「そう言うことかぁ……。沢良木君がエプロン着けてるからびっくりしちゃったよ」


「はは、ごめんごめん。役に立つかわからないけどよろしくね」


「沢良木君なら大丈夫だよっ! 頑張ろうね!」


「ああ」


眩しい笑顔で応援してくれる斉藤さんに俺も笑みを返して、頷いた。



さあ、昼飯の分働きましょう。










お読み頂きありがとうございました。


※ラブコメです。

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