第55話 脳筋たち
昨日は更新出来ず申し訳ありません。
本日もよろしくお願いいたします。
「藪から棒にそんなこと言われても困るんだが」
公園まで引っ張られて来られたと思えば、よく分からない事を言い出す俊夫さん。
どうしたらと聞かれても俺は内容を微塵も存じ上げていない。
「そ、それはだな……」
「それは?」
何故か言い澱む俊夫さん。
もったいぶらず早く答えてくれ。
もじもじとする筋肉を眺め続ける俺の身にもなれ。
「……」
「……」
え、まだ言わないの?
そんなに大変な内容なの? そんなに言いづらいの?
待っている俺もそわそわしてくるぞ。
端から見たら、スキンヘッド筋肉がもじもじと青年と向き合っている構図だ。
青年もそわそわと少し落ち着きの無い様子。
チラチラと筋肉は青年へと視線を投げ掛ける。
怖っ、マジ怖っ!
客観的に見たらえげつない絵じゃねえか!
心が徐々に着々とみるみるどんどん蝕まれていく。
この心の荒みは斉藤さんを見て癒されるしかないわ。
早く天使を視界に収めたい。
「……ま」
「ま?」
ようやく口を開いた俊夫さんはそこで一呼吸置くと言いはなった。
「愛奈ちゃんが素っ気ないんだぁ!!」
「は?」
愛奈ちゃんが素っ気ない。
つまり斉藤さんが俊夫さんに対して冷たい態度を取っていると言うことか。
でも何故?
斉藤さんめっちゃ良い子だよ。
反抗期とかだろうか。
「……何で?」
「何でって、てめぇ先週の水族館の一件よ……」
項垂れた筋肉は力なく口を開く。
水族館の一件って……。
「まだ続いてたのかよっ!?」
「そうなんだよっ! あの日以来どうも愛奈ちゃんの態度がよそよそしいんだよ! 愛奈ちゃんが帰ってきたら速攻で謝ったんだが……」
許して貰えたのか少し気になっていたが、まさかまだ解決していなかったとは。
全面的に筋肉が悪いとは言え、あれだけ溺愛していた娘に1週間も素っ気なくされていたらそりゃ凹むだろう。さすがに少し可哀想にも感じる。
俺だってモール以前の1週間は辛かった。
斉藤さん的に先日の一件はそれほどまでに許せなかった問題なのだろうか。
女の子の気持ちが分からないから何とも言えないが。
相変わらず夜に斉藤さんと少しするRINEのやり取りでも、特に変わった感じはしなかったが。
いや、文面でそこまで感じるのは無理か。
俺も聞きづらくて話題には出さなかったしな。
「そうなのか……」
「そこで俺は少しでも愛奈ちゃんの機嫌が直るように好きな甘い物をプレゼントしようかと思った訳だ」
「でも、お目当ての品は俺が先に買ってしまったと」
「そうなるな」
「てことは、これを俊夫さんは譲って欲しいと?」
「いや、無理には言わないさ。若しくは、お前がウチに来て愛奈ちゃんと俺の間を取り持って欲しいんだ」
何で俺がそんなことをしなきゃならん。
俺だってダークな斉藤さんを出来るだけ見たくないぞ。
嫌だと言う表情がおもいっきり出てしまう。
しかし、俺を見る俊夫さんも何故か苦い顔。
「非常に、ひじょーーーーーーに、不本意ながら愛奈ちゃんはお前には甘いからな。 本当にマジ許せん、宗のくせにっ! なんでお前なんだっ!?」
俺のくせにとか酷くね?
つか俺、俊夫さんにそんなに嫌われてんの。
ちょっぴりショック。
だが、俊夫さんの好感度とかマジそんなの関係ねぇ。
斉藤さんが俺に甘いとか、それが本当ならば嬉しいと言うもの。
美少女天使に甘やかされるとかマジご褒美。
なでなでとかされてみたい、してみたい。
斉藤さんに撫でられるとか照れちまうぜ。
斉藤さんも頭撫でられたらきっと顔真っ赤にしてニコーってするんだぜ。
マジ可愛い。
あれ、いつの間にか俺がする側になってるわ。
でも可愛い。
自分の妄想に思わずにへら、と表情が緩む。
でへへ。
が、次の瞬間には俺の腹に筋肉ダルマの拳が突き刺さっていた。
普通に痛い。
何してくれてんのこの筋肉。
「てめぇ、へらへらしてんじゃねえぞっ!? 愛奈ちゃんは俺のもんだぁっ!! ぜってぇ、てめぇにはやらねえっ!!」
「……おいこらてめぇっ、天使を独り占めしようってかぁ!?」
「俺の天使だ!!」
「俺のだ!!」
既に論点が違うのはなんとなく気付いてはいたさ。
だけど、殴られた痛みと天使を取られると言う、混乱と強迫観念のダブルコンボで俺は正常な判断を出来ていなかったんだ。たぶん。
コイツを殴りたいなて考えてないよ。たぶん。
「こんにゃろぅっ!」
きっちり倍返しだぁぁあっ、こんちくしょうっ!!!
俺は突技を筋肉ダルマにお見舞いする。
俺の突きはスナップが最高ってじっちゃに言われた。
狙うは当然、俺も食らった腹。目には目を、腹には腹だ。
しかし。
俺の拳には想像とは違う手応え。
なん、だと……?
「はっ、なんだそのへなちょこは? 屁でもねぇぜ」
俺の拳は筋肉ダルマの分厚い腕の筋肉で受け止められていた。
そして俺の拳には人の身体を殴ったとは思えない感触。
「いってぇ、てめぇ本当に人間かっ!?」
「はははっ、面白れぇっ!! 自分で確かめてみろっ!」
滅茶苦茶ノリノリで俺に突っ込んでくる筋肉ダルマ。
「勘弁してくれ……」
そう言いながらも思わず頬がつり上がる。
絶対一泡吹かしてやる!
覚悟しやがれっ!
おそらくお互いに本気では無いものの、そこから拳の応酬が始まった。
何かしらの格闘技を嗜んでいるであろうと見える動きで二人は殴り合う。
お互いの拳がお互いの体に吸い込まれ、一進一退の攻防戦が繰り広げられる。
宗が拳を繰り出せば、俊夫が真正面から己の腕でその一撃を受け止める。
直ぐ様身体を引いた宗はその勢いを利用して身体をひねり蹴りを繰り出す。
俊夫はそれを見越して蹴りの軌道から既に回避している。
続いて俊夫が拳を繰り出せば宗はその一撃を上手くいなして距離を取る。
俊夫は休む暇を与える事なく宗へ迫る。
宗も俊夫が繰り出す拳を悉くいなしていく。
宗は一瞬の攻撃の隙を見出だし突蹴りを俊夫へ繰り出す。
しかし、その一撃も分厚い腕の筋肉で阻まれる。
「そいつは日拳かっ! てめぇの名前はもしかしてそこからか?」
宗の一撃を受け止め、顔を上げた俊夫はどこか嬉しそうな声色で口を開く。
「知らんっ、死んだ親父に聞いてくれ! だぁっ、全部力技じゃねえか、この筋肉ダルマ!!」
全然通らないと宗が苦い顔で唸る。
俊夫は口角を上げると再び宗へと飛び掛かった。
「まだまだいくぞっ!!」
「おっしゃあ、来いっ!」
端から見ていれば、見つめあっていたスキンヘッド筋肉と青年の二人が、今度は突如殴り合いを始めると言う奇行に及ぶ。
そしてその顔には笑みが張り付いているのだ。
即通報モノである。
脳筋である。
と言うより、そもそもの論点はどこか遠くに旅立っていた。
「……はぁ、はぁ。い、いい加減やめよう。何やってんだ俺ら」
「……お、おう。俺としたことがつい我を忘れちまったぜ」
俺達は向かい合い揃って肩で息をしてた。
膝に手を付き呼吸を整える。
相当久しぶりの実撃だったが、実に楽しかった。
しかし、ご無沙汰なだけあってやはり動きに無駄が多く精彩に欠けた。昔の見る影もない。
お陰で呼吸がかなり乱れてしまった。
こりゃ、体力作りしないとな。
それに有効打を俊夫さんに入れることも出来なかった。
実に悔しい。
それより驚いたのは、当然俊夫さんの動きだろう。
ホントにこの筋肉何者だよ。
なんで定食屋やってんの。
何かしらの格闘技はやっていたんだろうけど、動きを見ても俺にはよく分からなかった。
そんなに詳しくも無いんだけどさ。
それに比べ、俺の方は一発で見破られてしまったな。
日本拳法。
俺的には何だか胡散臭い名前に感じてしまうのだが、まあ、それなりに競技人口はあったと思う。空手とか柔道なんかのメジャー競技にはてんで敵わないけど。
昔の知識なので今の状況は知らんが。
ガキの頃から、休日に日拳のコーチをしていた父親や近所のじいちゃんに教わっていたのだ。当時はそれなりに一生懸命やっていたものである。
10年程はやっていたが、今では練習も何も遠退いていたので、出せるのは身体に染み着いた基本的な型だけ。
だとしても、そこらの一般人なんかに比べれば、多分負けることは無い。
理沙が言っていた、腕っぷしと言うのもこれの事だ。
「くそ、一発も入らなかった。すげぇな俊夫さん」
「おめぇもな。やっぱ面白いヤツだな宗は。久々に血が踊ったぜ。つい反射的に手が出ちまった。ははは!」
く、その余裕が憎いぜ。
本格的に鍛え直そうかしら。
何故か、いずれは倒してやりたいと言う気持ちがふつふつと沸き上がるのだ。
男の子だから仕方ないよね!
「しかし、なんでこんなことになったんだ?」
「なんでっておめぇ、そりゃあ……なんでだ?」
男二人は揃って首を傾げる。
何か忘れてるような。
俺はヒントを得ようと辺りを見渡した。
そして目に留まるのはケーキの箱が入った袋。
「あっ、やべっ! ケーキ!」
慌てて駆け寄るとケーキを確認する。
この暑さでダメになってないだろうか。
一応日陰には置いたけど。
「ふぅ、保冷剤入れて貰ってたみたいだ」
ほっと一安心。
と言うかコレだ。斉藤さん家にお邪魔すると言う目的があったんだ。
とりあえず斉藤さんの家に行くんだ。
俊夫さんの件はどうなるかわからないけど、話はしてみよう。
と言うより、そっちの方が楽しみになってきたぜ。
「行くよ。俺が役に立つかは分からないけどさ」
「本当か! 恩に着る!」
先ほどまでとは打って変わって今度は笑顔で握手を交わす二人。
一人は天使に会えると言う高揚感から。
もう一人は娘と仲直り出来るかもしれないと言う嬉しさから。
端から見れば、スキンヘッド筋肉と青年が……。
いや、最早公園に危険人物二人を見ているような人間は居なかった。
ふと腕時計に視線を落とせば時刻は11時。
「俊夫さん、もう11時なんだが店って大丈夫なのか?」
「なっ!? 11時だ!? ヤべっ、アイちゃんに殺されちまうっ!! どうしようっ!?」
忽ち狼狽え始める筋肉。
時計を着けてもいない左腕を見たり、忙しなく辺りを見回したり。
見ていて面白いレベルの慌てよう。
相変わらず嫁の尻に敷かれてるご様子。
アイシャさん強えぇ。
先程まで拳を奮っていた大男と同一人物とは到底思えない。
「とりあえず急いで帰った方が良いんじゃ?」
「あ、ああ、そうだな! 行くぞ、宗っ!!」
俺は頷くと、走り出した俊夫さんに続き公園を後にした。
久しぶりの天使だ。
テンション上がるぜやっほい。
お読み頂きありがとうございました。
※ラブコメです。




