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第54話 マッスル遭遇

本日もよろしくお願いいたします。







「俺どうしたら良いんだよ」


「何がだよ」


俺の目の前には筋肉の壁が立ちはだかっていた。

項垂れ、心なしかそのご自慢の筋肉も力なく萎んでいるように見えた。


しかし。

なんで貴重な休日に筋肉を見なければならないんだ。

俺は夏の暑さに加え目の前の筋肉の暑苦しさにげんなりしていた。


ここは学校近くの公園。

ジョギングや散歩、ピクニックなんかを楽しむ人が見受けられ、賑わっている。

何故俺と筋肉が公園で向かい合っているかと言うと、それは少し前の話に遡る。






今日は真澄の付き添いも無いと言うことで、仕事はお休みである。

事務所に向かう用事もないのでフリーな一日となった。

俺はアパートの自室で今日は何をしようかと考えていた。


俺は狭い居間を見渡す。

まず目に入ったのは24インチの液晶テレビ。

……うん、この選択肢は無いな。

休日にわざわざテレビ見ることも無いだろう。

好きでも嫌いでもないが、基本的にテレビが無くても良い人種の俺だし。


次に目に止まるのは小さな仏壇。

香炉の灰は先週掃除したばかりだから大丈夫だしな。

掃除だって毎日してるから汚れてもいない。

あ、仏花は買っても良いな。

今時期だとリンドウとかグラジオラス辺りだったかな。

商店街の花屋に行ってみようかな。


商店街と言えばアイシャさんにまだお礼に行けていないな。

ようやく休みになったしちょうど良いから行ってみるか。

知り合いの店でお菓子を買ってお邪魔するとしよう。

あわよくば天使にも会えたりして。

でへへ。


後は食料品を買っておくか。

まあ、こんなもんだろう。

実に簡単ではあるが、俺の今日一日の予定はこれで決定した。


そうと決まれば早速行動開始だ。




花と食料品は最後で良いとして、そうすると最初はお菓子を買って斉藤さんの家に行くか。

まだ昼までには時間ある。長居するつもりも無いし、少し挨拶するだけなら大丈夫だろう。


俺は御崎の商店街まで向かう電車に揺られながら今日の行動の順番を考えていた。

しかし、電車はいつでも空調が効いていて最高だね。

俺の部屋には扇風機しか無いからな。

真面目にクーラー欲しい今日この頃。

どこかに落ちてないだろうか。


あ、そう言えば事務所のクーラーはあの日の翌日には修理された。

やはり、俺が予想した通り冷媒抜けだったようで、再充填と接続部のあげ直しで事なきを得た。

お陰で絶好調で今も事務所を冷やしていることだろう。


……交換だったら貰った後に修理してアパートに付けたのに。

残念です。



電車を降り、商店街から少し外れた通りを歩く。

例の知り合いが営んでいるお菓子屋は商店街ではなく住宅街よりに位置しているため、そこに向かっていた。

店の名をパレット佐々木と言う。


目的の店に着くとそこには人だかりができていた。

二階建てログハウスタイプのお洒落な店構えで大きめのウッドデッキにはテーブル席が5席程設置されている。

持ち帰りのみならず店でも食べることが出来る仕様のようだ。

壁やテーブルには洋菓子やパンを描いた油絵が所々に置かれている。

この絵はこの店の方が描いた物だと言う。

店の名前もそこから来てるのかもな。


店に出入りする人や窓ガラス越しに店内で列をなす人の姿が見受けられる。

店に併設されている駐車場は6台分と少ないが車で埋まっている。

一目見て人気がある店だと分かる混みようだ。

俺は店に入ると早速最後尾に並んだ。


並びながらこの店に仕事で来たときを思い出す。


ここの店は仲が良くて若い夫婦が二人だけで営んでいる洋菓子店だ。

普段は二人でお菓子作りと接客をしているのだが当時旦那さんがケガをしてしまい、人手が足りなくなってしまった。

その際に奥さんと知り合いだった理沙へ声がかかった。奥さんは理沙の学生時代の後輩らしい。


普段ならば休みにすれば良かったのだが旦那さんがケガをしてしまった当時はタイミング悪くかきいれ時のクリスマス。

予約等もあり休むわけにもいかず万屋を頼っていただいたと言うわけだ。

あの日は万屋総出で接客にあたらせてもらった。

厨房は俺達が入るわけにもいかず奥さんが専念し、ケガで万全では無いものの旦那さんも厨房に居た。そして店の接客をウチの綺麗所の二人が対応した。

野郎二人は駐車場や外のお客さんの整理に当たった。

なんとかクリスマスを無事乗り切り夫婦にはいたく感謝されたものだ。

奥さんも可愛い方だが、それに加えウチの二人だ。

集客力も中々だったようだ。

帰りにはケーキをお土産に貰ったりラッキーだった。

その後も清掃だったり何度か使ってもらったので顔馴染みになったのだ。


当時を思い出しながら待っていると俺の順番が回ってきた。


「こんにちは、佐々木さんお久しぶりです」


俺はカウンターにいる奥さんに声をかけた。


「いらっしゃいませ。え、えと……」


奥さんは俺を見ると少し首を傾げた。


あ、もしかして髪切ったから気づかれてない?

どんだけ凄かったんだ俺の長髪。


「あら、もしかして沢良木さん?」


はっと気づいたように奥さんが笑った。

どうやら気づいてもらえたようだ。


「ええ、髪切りまして。よく分かりましたね? 結構気付かれないんですよ」


「声と雰囲気で何となくね。でも髪切ったら随分イケメンじゃないのー!」


「あ、あはは。ありがとうございます」


ニコニコと愛想のよい可愛らしい笑顔を振り撒く奥さん。

イケメンとはお世辞でも嬉しいこと言ってくれますな。


「理沙先輩は元気?」


「ええ、変わらないですよ」


「ふふ、そう。あ、今日はどうされました?」


「今日はお菓子の詰め合わせを買おうかと。あの人気のヤツ残ってます?」


「ちょっと確認しますね! 何個入りのモノにします?」


あんまり量が多いと斉藤さん家も困るだろうしな。


「6個入りをお願いします」


「はい、分かりました! 少々お待ちくださいね」


奥さんがケースから注文の品を取り出してくれた。

そして俺の目の前に広げてくれる。


「こちらでお間違いないですか?」


「ええ、大丈夫です」


「ありがとうございます。それじゃお包みしますね。沢良木さんのヤツで最後でしたよ! ついてますね!」


「お、それは確かに! ナイスタイミングでしたね」


俺はひとつ笑うと奥さんを見送った。


このお店の人気商品と言うのはスティック状のケーキ。

下層にクッキー生地の上に数種類の味のクリームが層を成して乗っている長方形のケーキだ。

15センチほどのケーキは食べやすく、季節によってラインナップも変わるので年中楽しめる、このお店の目玉商品なのだ。

ちなみに俺はチーズが好き。

チーズは年中食えるけど。

俺の頼んだ6個入りは人気商品を6種類詰めた物になる。


最後だとはついている。

数は少ないがバラは何種類か残っているようだったがセットは無いようだ。



「それじゃ、理沙先輩によろしくね!」


奥さんから商品を受け取り俺は店を出る。

が、俺の歩みはすぐに止まる事になる。


「俊夫さん?」


「お、宗じゃねえか。こんなところで珍しいな」


店を出る俺の目の前には筋肉の壁が立ちはだかっていた。

流石の巨体。

相変わらず俺が見下ろされる。


「そっちこそ。お菓子とは無縁な顔して」


「まあ、その通りだから反論する余地もねえんだが。今日はちょっとな……。宗、おめえは何買ったんだ?」


「俺はスティックケーキのセット」


「お、俺の目的と同じヤツだな」


「ふうん? あ、そういや俺ので最後だったな。俊夫さん残念」


「な、なんだとっ!? それは本当か!?」


随分と驚いた様子でいらっしゃる。

理由は分からないが無いと困るのだろうか。

必死に何か考えているのかうんうん唸っている。


「欲しかったのか?」


「んぁ? ああ。まあ、方法のひとつと言うか……」


「方法?」


珍しく歯切れ悪く言い澱む俊夫さん。

何の事を言っているのか皆目検討つかん。


「うむ……。まあ、無理にどうこうって話じゃあねえから大丈夫だ」


結局首を振ると、忘れてくれと俺に呟いた。


「はぁ……? あ、そう言えばアイシャさん家に居る?」


「ああ、居るがどうかしたか?」


「この前の水族館のチケットはアイシャさんから貰ったって聞いたから、そのお礼に行きたくてさ」


「なにっ!? するとその菓子はウチに?」


先ほどまでとは打って変わって急に食い付いて来た筋肉。

その勢いについ引いてしまう。


「お、おう、そうだけど」


「なら話は早い! ちょっと顔貸せっ」


突然俺の腕を掴むと走り出す筋肉。

その隆々たる筋力には流石の俺も成す術が無い。


「あ、おいっ!?」


俺は腕を引っ張られ引き摺られるようにパレット佐々木を後にした。



ここで話は冒頭に戻る訳だ。









お読み頂きありがとうございました。

 


あれ、斉藤さん案外早く出てくるんじゃね……。

そこ、展開読めるとか言わない。

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