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第5話 桜子ちゃん

 放課後。

 帰宅するために昇降口まで来た所で、後ろから声をかけられた。


「あ、沢良木君見つけた!」


 その声に振り向くと桜子ちゃん先生が小走りにこちらに向かって来ていた。


「桜子ちゃ、……高橋先生、どうかしましたか?」


 ……おおう、危ない。

 クラスの連中が桜子ちゃん桜子ちゃん言うから思わず言いかけたじゃないか。


「ん、ちょっとお話したくてね」


 桜子ちゃんは気付いた様子もなく、ニコニコと愛想の良い笑顔を向けてくる。


「話し、ですか?」


「うん、そうそう。今日のわたしの授業の件でね」


 あーもしかして、先生の解説に茶々入れた文句かね? だとすればかなり心の狭い方なのかもしれない。

 可愛い私に何文句つけてんの? バカなの? 死ぬの?

 みたいな。


「……今日はわたしの間違いを指摘してくれて、ありがとうございました」


「……」


 おおう。

 心が狭いのは俺の方だったのかもしれない。

 桜子ちゃんごめんなさい。

 くそ恥ずかしい。


「まだ、未熟者でねー。今日みたいに間違ってしまうこともあるんだよー」


 そのせいで生徒になめられるのかなー、と頭を掻きながら、たははーと笑う。


「……いえ、先生は皆に慕われてますよ」


 俺は恥ずかしい独白を悟られないよう、平常を保ちながら返した。


「そ、そうかなー?」


「教え方も丁寧ですし、親しみやすくて可愛いって、皆うれしそうですよ」


 って確かクラスの連中が言ってた気がする。多分。


「な、んなっ!? か、かわっ、お、大人をからかわないの!」


 俺の言葉に顔を真っ赤にしながらあたふたしている桜子ちゃん。


 確かに可愛いかもしれない……。

 大人と言っても、確か22歳だったかな? 数歳程度しか差がないけどな。この人から見れば俺もやはり子供なのだろうか?


「いえ、本当ですよ?」


「だからっ、もうっ! ……ごほんっ、もう一つ伝えたいことがあるの」


 先生は顔を赤くしながら咳払いをした。

 そして、表情を真面目な物に切り替える。


「もう一つ?」


「ええ。……斉藤さんのことなんだけど」





―――――





 私、高橋桜子はこの春この御崎高校へ赴任した新米教師だ。記念すべき初めてのクラスは一年生の2組だった。

 早いもので、すでに赴任から2ヶ月経った。慣れない忙しさに本当にあっという間だった。

 自評ではなんとかやっていけていると思う。それに、生徒からはそれなりに慕われているかな?

 まあ、ちょっとなめらている感は否めないけれど。それでもちゃんと授業を聞いてくれているし、大丈夫だと思う。


 この2ヶ月でクラスの空気みたいな所もわかってきた。

 良いところも。……悪い所も。


 斉藤愛奈さん。

 初めて教室に入ったときはびっくりした。本当に金髪だ、って。

 とても外見の目立つ彼女だけれど、本人は正反対でとても物静かな子だった。

 そして、それが周りの影響かもしれないことに薄々と気付いた。


 虐め。


 原因については検討も付かないけれど、根は深いのかもしれない。いや、人と違うと言うのはそれだけで疎外の対象になりうるか。

 しかし、学校が始まって2ヶ月だ。

 もしかすると中学校から続くものなのではないか。そう思わざるを得ない様子だった。


 彼女は勉強があまり得意ではないのか、ここまでの成績はあまり芳しくない。

 授業の様子を見てもそんな印象を受けた。

 問題を指名しても答えられなかったり、その際周りからヤジが飛ぶような様子が見受けられた。

 注意するにもやんわりとした表現にしかならず、自分の力不足を痛感してしまう。


 そう心にしこりが残ったまま授業を行っていたある日。つまり今日なのだが。

 斉藤さんを含め複数人を解答者に指名した際だ。

 少し心配しながら斉藤さんの解答を見ていると特に滞る事なく書き上げたことにわたしは安心した。


 そして、わたしは回答を行った。

 正当率は4分の1……。わたしの教え方が悪かったかなぁ。

 残念だが、斉藤さんも惜しい所で間違ってしまっていた。もう少しだったんだけれども。

 いつものようにヤジも聞こえ出してしまった。

 注意しなければ、そう思った時だ。


「先生、質問よろしいでしょうか?」


 一人の生徒が立ち上がりわたしにそう言った。


 沢良木宗君。

 入試の際は全教科満点を取って入ったという実力の持ち主。

 基本的に物静かだが、授業態度も良く、小テストなどあらゆる場面において好成績を残している。

 教師の立場からすると、手は掛からないがとても好ましい生徒だ。

 他の生徒とは一点違う部分があるが、それは個人の事情があるしね。恐らく、今年の生徒の中では筆頭なのでは無いだろうか。



 か、顔もわたしの好みですし……?。

 わたしこう見えて面食いです。

 今は髪を伸ばしていてあまり顔は見えませんが、入学前に一目見た時にはそれはもう、ドキッとしました!


 年下のイケメン彼氏とかドキドキです!

 彼氏なんて居たこと無いですけど!

 教師と生徒の恋愛なんてタブーですけれど!

 宗君が彼氏の妄想を日々悶々としながら……げふんげふんっ!


 もとい!

 普段は殆ど発言をしてくれない沢良木君がわたしに質問してくれました。

 声も良いってどういうこと!

 そわそわしてしまいます。


「沢良木君?質問って?」


 平静を装いながら私は彼に聞き返します。


「先程、不正解と仰った最後の問題です」


 えっと、と言うと斉藤さんの解答かな。


「んー、斉藤さんが解答した問題かな?」


「ええ。どこが間違いなのか教えて頂きたく思いまして」


 ふぅむ、なるほどなるほど。

 先生に任せなさい!

 パパっときれいな回答を宗君の為に書くからね!


「あー、それね! んーと、ね」


 わたしは回答を書いていきます。

 ところが半分ほどチョークを動かしたところで宗君の声がかかりました。


「……そこです」


「え?」


 どういうことだろうか?

 ここ……?


「この問題なんですが、次章の解き方が組み込まれている応用問題のようです。なので、普通に解こうとしても恐らく間違うような引っかけ問題なのでは無いでしょうか?」


 宗君の言葉を聞いたわたしは黒板に向き直り問題を見つめ、そこではっとした。


 あ、これわたしの回答間違ってる……。


「あっ、ほんとだ! 沢良木君の言う通りだよ!」


 凄い! 宗君に指摘されちゃった!

 コレ応用内容だし、予習でもしてないと解けないね!


 ってこれはわたしが悪いでしょ……。


「斉藤さんごめんなさい、彼の言う通りわたしの回答が間違っていたわ。正解だよ!」


「い、いえ、大丈夫です」


 斉藤さん本当にごめんね。

 よりによってわたしが足を引っ張ってしまうなんて。

 教師失格だよぉー!!!


「沢良木君も指摘してくれてありがとうね」


 ちょっと浮かれてた自分が恥ずかしすぎるよ……。

 自己嫌悪で気持ちが沈んでいく。

 タイミングよく鳴ったチャイムに、わたしは逃げるように教室を後にした。






 放課後。昇降口で宗君を見つけた。先ほどの授業の事もあって話をしたかった。


「あ、沢良木君見つけた!」


「桜子ちゃ、……高橋先生、どうかしましたか?」


 え、今わたしの名前呼びかけた!?

 しかも、ちゃん付けで!?

 ど、どうしよう!

 なんで言い直しちゃったの!?


「ん、ちょっとお話したくてね」


 ニコニコ。

 頬が緩むのを抑えられない。変に見られないだろうか。


「話し、ですか?」


「うん、そうそう。今日のわたしの授業の件でね」


 わたしより背の高い彼を見上げて目を見る。

 ここはしっかり抑えて大人の対応をしなければ。

 彼には言わなきゃいけないことがある。


「わたしの間違いを指摘してくれて、ありがとうございました」


 未熟者のわたしに指摘や指導してくれる存在はありがたいものだ。それが先輩でも生徒でも変わらない。しっかりと礼節を持って接したい。


「……」


 長い髪の隙間からだが、宗君が少し驚いた様な表情でこちらを見ているのが分かった。

 本当はもっとしっかりと見たいけれど、それでも心のアルバムに新しい一枚が追加された瞬間だった。


「まだ、未熟者でねー。今日みたいに間違ってしまうこともあるんだよー」


 恥ずかしいけれど常々自覚していることだ。


「そのせいで生徒になめられるのかなー」


 と頭を掻きながら、たははーと笑う。


「……いえ、先生は皆に慕われてますよ」


 微笑みながらそう宗君は言ってくれる。

 えっと、普通に照れる。


「そ、そうかなー?」


「教え方も丁寧ですし、親しみやすくて可愛いって、皆うれしそうですよ」


 続け様に爆弾を投下してきた。


「んなっ!? か、かわっ、お、大人をからかわないの!」


 顔が真っ赤になっているだろう。顔があつい。

 年下の男の子の前であたふたしてしまう。こんなことでは年上の威厳もあったもんじゃない。


「いえ、本当ですよ?」


 しかし、宗君は追い討ちをかけるように、更に笑みを深くしてこちらを見てくれる。

 嬉しい! 嬉しいけど、もうやめて!

 ホントに惚れちゃうよ!


 あともう一つの話題に移れない!


「だからっ、もうっ! ……ごほんっ、もう一つ伝えたいことがあるの」


 わたしは顔を赤くしながら咳払いをした。


「もう一つ?」


「ええ。……斉藤さんのことなんだけど」


 そこで、私の言葉に宗君の表情がキリリと引き締まった。


 ……カッコいい。

 ごほんっ。


「その様子だと気付いているみたいだね」


「ええ、2ヶ月経ちましたし」


「それも含めてお礼が言いたかったの。今日のわたしの不手際のせいで彼女をまた追い込む所だったし、君のフォローがあったからあそこで留められた」


「先生のせいじゃないですよ」


「ううん。自分でもわかってるもの。わたしの力不足っていうのは」


「……」


「教師って立場は難しいね……。彼女の側に居てあげたいけど、それだけを見てあげられない。かといって、わたしが間に入っても事態が好転するとも限らないし。もどかしいよ……」


 ベテランの教師だったりすれば、もっと上手く立ち回れるのかもしれないけれど。

 わたしの実力ではまだ上手くいかず、歯痒い。


「……それだけ考えてくれる先生が居るってだけで彼女も心強いと思いますよ」


 優しい笑みを浮かべ宗君がそう言ってくれた。


「今日の授業の質問も沢良木君の斉藤さんへのフォローだったり?」


「ご想像にお任せします」


 澄ました笑みもイケメンがやるとカッコいいな!


「ふふ、そっか。これからもよろしくね」


「出来る範囲では力になれればと思ってます」


 それでは、と言って立ち去ろうとする宗君へわたしは今ほど考えついた仕返しを実行することにした。

 大人の魅力を見せてあげる!


「あ、沢良木君」


「はい?」


「名前。……桜子、で良いよ」


「え……?」


「わたしも宗君って呼ぶから、さっき言いかけたみたいに桜子って呼んで欲しいな?」


 普通、生徒には見せもしない様な、妖艶さ(自画自賛)を湛えた笑みを宗君へ向ける。


「あ、ぁあー、ええと……」


 少し赤い顔して慌てる宗君。

 可愛いなっ!

 思わず吹き出してしまう。


「……っぷ! ふふっ」


「……」


「ふふふ、冗談冗談! 引っ掛かった! さっきのお返しだよ! 大人をからかうから」


「……はぁ、冗談ですか。びっくりしましたよ」


「これでおあいこね!」


 宗君のほっとした表情に、私は意趣返し出来た達成感を味わった。


「別にからかった訳ではないんですけどね」


 もうっ、まだそんなこと言って。

 まあ、とりあえず伝えたい事は言えた。


「それじゃ、引き留めてごめんね。気をつけて帰ってね!」


 気になる宗君とお話も出来たし、斉藤さんの事も話せた。

 私は満足してその場を後にしたのだった。


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