第44話 反則だろ
本日もよろしくお願いいたします。
ゲートをくぐり館内へ入場した。
館内へ入りまず目の前に広がるのは大きなドーム状のスペース。
円形のその場所には、多くの人がひしめく。
周囲の壁沿いにはお土産や軽食の売店などが軒を連ね、とても活気がある。
広場中央には机と椅子が置かれ、休憩スペースとしての機能もあるようだ。
俺達がいる場所から対角線上に視線を向けると、大きく水族館入口と書かれていた。
そこから観覧へと赴くのだろう。
人の流れが次から次へと吸い込まれていく。
流石夏休み。
人の量が半端ない。
斉藤さんとはぐれないよう気を付けねば。
こう言うとき、さっと手を繋げたらどれだけ良いか。
しかし、付き合っているわけでもない女の子の手を軽々しく俺は握れない。
ちゃんと斉藤さんの意志を尊重するのだ。
決してヘタレじゃないぞ。ヘタレじゃ。
俺は手に持っていたパンフレットに目を落とす。
「んー、イルカショーまでは1時間ちょっとだな」
「1時間かぁ、結構あるねー?」
「ショーの会場は順路を行くと最後のエリアなんだな。そうしたら、ゆっくり見ていくと案外丁度良いかもよ?」
「そっか! それじゃ、それで行こ!」
「ふふ、了解」
無邪気にはしゃぐ斉藤さんに先導されるように水族館の観覧路へ足を踏み入れた。
まず最初の水槽は近海を再現したと言うものだった。
産地として有名な魚介類が海中にいるときの姿と言うことらしい。
トンネル状の通路は天井にも魚が泳いでいる。
「わぁキレイ……」
「おぉ……」
のっけから意外に凄かった。
外光が上から照らしているようで、キラキラと光る様子がとてもキレイだ。
思わず二人して感嘆の声を上げてしまった。
「凄いねっ、沢良木君!」
「ああ、キレイだ」
エンジェルウォッチングに精を出すつもりで来たのだが、意外に見るのも期待出来るかもしれないな。
順路に従って斉藤さんと各水槽を冷やかしていく。
今は個別の魚の種類で水槽分けされたエリアへ来たところ。
比較的動きの少ない根魚の多い場所だ。
「あ、沢良木君、この魚見て!」
「ん?」
並んで水槽を見ていると突如斉藤さんは水槽に張り付き、一匹の魚を指差した。
「沢良木君に似てるー、ふふふっ」
え。
どゆこと。
こんな時はどんな反応したら良いのか分からないよ。
何が正解なの。
斉藤さんが指差す魚は、底をふよふよと一匹で泳ぐ魚だった。
色は茶色で目立たず、やる気の無さそうな顔をしている。
そして時折底を啄んでいる。
え、マジどこらへんが似てるの?
俺は拾い食いしないよ。
似てる所教えてくれ斉藤さん。
でも楽しそうに笑う斉藤さんマジ可愛い!
どうしよう! なでなでしたい!
斉藤さんを見ていたらつい頬が緩んでしまう。
「え、そんなに嬉しいの!?」
違う。
「……ちなみにどこが似てるの?」
「えーとねぇ、まず雰囲気でしょ。あとはやる気が無さそうな感じとか、一人でいるとことか」
斉藤さんは指折り数えていく。
拾い食い以外全部だった。
「それ、絶対悪口だよね」
「違うよー、誉めてるよ?」
違うと思う。
「可愛いもん」
「え、俺?」
「……えっ、えぇっ!?」
なんだか魚の話か俺の話か分からなくなってきた。
斉藤さんには驚かれてしまったじゃないか。
この沢良木魚め。
「さ、沢良木君は、その……うん、可愛いと思う」
「……」
「……」
自分で言いながら赤くなる斉藤さん。
何これ恥ずかしい。
反応の仕方が分からない。
変な事を聞いた自分にちょっぴり後悔。
でも、ちょっぴり嬉しい。
跳び跳ねてやろうか。
女の子に可愛いと言われ喜ぶ日が来ようとは。
人生分からないですね。
可愛い実感湧かないどころか、皆目検討つきませんけど。
「あ、こ、こっちの子も可愛いー!」
あからさまに話を逸らしにかかる斉藤さん。
俺に背を向けて隣の水槽に近づいてしまった。
でも、耳赤いの見えてるんだ。
追及する気もないし、乗らせて頂こう。
「俺はこっちのヤツが気に入った。顔がウケる」
「え、どれ? ……あ、本当だ。ふふふ、変な顔ー!」
俺が指差した魚を見て笑う斉藤さん。
そんな彼女を俺は横目に見ていた。
屈託の無い笑みを浮かべる姿に俺も笑顔になる。
水族館デートはまだ始まったばかり。
今日は天使の笑顔をたっぷりと見せてもらうとしましょうか。
斉藤さんと楽しく水族館見学を続けていると、開けたスペースに出た。
パンフレットによると順路を中程まで歩いて来たようだ。
薄暗いこのスペースは1階と2階が吹き抜けとなっており、そしてその壁は一面ガラス張りの水槽となっていた。
高さ6、7メートル程だろうか。
俺より大きいようなエイや鮫などの大型の魚から鰯なんかの小さな魚まで多種多様な魚を見ることが出来た。
「凄い……海の中にいるみたいだね!!」
「本当だなぁ……」
「あっ、上見て! 凄いよ!」
「おお、ベイト・ボール」
斉藤さんが指差した、水槽上部では鰯と思われる魚が大きな群れで渦を形成していた。
その群れがキラキラと銀色の光を反射させていて、とてもキレイだ。
間近で初めて見る光景に思わず息を飲む。
「べいと?」
斉藤さんの疑問に思う声が耳に届く。
「ああ、ベイトってのは雑魚とか餌を総称する言葉だね。それで、その回遊性の被捕食者が群れを形成して捕食者から身を守るんだよ」
「か、かいゆうせい? ほ、ほしょ? ふ、ふぅん?」
俺の言葉を聞いて、見るからにちんぷんかんぷんな様子の斉藤さん。
うーん、と唸り必死に理解しようとしている。
その微笑ましい姿につい、笑ってしまう。
「ふふ、ほら、あんな風に鰯が集まってるだろ? ああやって集まって体を大きく見せてるんだ。そうすると食べられずらいってことかな」
実際は結構食べられるけど。
「へえ、そうなんだ! 凄いキレイなのにそんな理由があるんだね! 沢良木君は物知りだね!」
「あ、ああ」
て、天使に誉められた……。
何これ超嬉しい。
自重しないと調子にのってべらべらと喋ってしまいそうだ。
引かれたくないので、我慢しなければ。
本当は色々喋りたい口なんだ俺。
新しい知識が増えて見るのが楽しくなったご様子の天使斉藤さん。
食い入るように水槽を見つめていた。
「ね、もっと近くで見ようよ!」
そう言い笑顔の斉藤さんは水槽の近くに駆け出そうとした。
その時、斉藤さんの前に数人の子供が横切るように飛び出した。
「きゃっ!?」
「危ないっ」
子供達と斉藤さんがぶつかる寸前、俺は咄嗟に斉藤さんの腕を取ると自分の元へと引き寄せた。
「あ……」
胸に感じる軽い衝撃。
斉藤さんの吐息が聞こえる。
俺の直ぐ胸元から。
「ご、ごめんっ。痛くなかった!?」
俺は無意識に抱き寄せてしまっていた斉藤さんを解放した。
「う、うん。大丈夫だよ。ありがとう……」
「そ、そっか。良かった」
斉藤さんに何も無かった事に安堵する。
無事回避することが出来て良かった。
だけど、動悸が酷く俺が無事じゃない。
胸に感じた斉藤さんの柔らかさとか鼻をくすぐる甘い香りとか今そっぽ向いてもじもじしてるとことか色々様々盛り沢山。
いろいろヤバい。
どうしよう。
心頭滅却。
うん、ダメだ。
中々落ち着かない胸は放っておいて、秘技先送り及びごまかしでとりあえず凌ぐといたしましょう。
「そ、それじゃ、近くまで行こうか」
俺は斉藤さんの返事も聞かずに先を歩き出す。
水槽まで一直線だ。
だが。
俺の歩みは直ぐに止まる事になる。
「え?」
俺の手には柔らかく温かい感触。
振り向けば、こちらに目線を合わせず真っ赤な顔で俺の手を両手で握る、一人の天使。
「ま、また、ぶつかったり、したら、その……。あ、危ないし……」
天使は途切れ途切れながら必死に言葉を紡ぐ。
そして、潤む瞳と目が合う。
「……ね?」
反則だろ。
「ぁあ……そうだよな。危ないもんな。なら仕方ない」
「そ、そうなの。仕方ないんだよ、これは。うん……」
仕方ない、と繰り返し頷く斉藤さん。
俺はその手を傷付けないよう、優しく握り返す。
「あっ……」
その感触に一瞬驚いた様な表情だったが、それはすぐに解れて。
「……えへへ」
天使の笑顔が咲いた。
「いこっ!」
「ああ」
手に伝わる温かな斉藤さんの感触が、あの夜より特別に感じる。
胸の鼓動は未だにうるさかった。
お読み頂きありがとうございました。
反則だろ斉藤さん。




