第43話 バスで水族館へ
本日もよろしくお願いいたします。
シャトルバスの乗り場へ到着すると、既にいくらか列が出来上がっていた。
俺達もその列に続くように並んだ。
「もう、並び始めてるねー」
「夏休みだし、お客さんも多いんだろうな」
バスが来るまでの30分程、斉藤さんとこれから行く水族館について話をして過ごす。
世界の海域別の水槽が話題だとか、ショーも時間別で種類が豊富だとか、フードコートも充実していてそれも人気があるとか。
中でも斉藤さんはイルカのショーが特に楽しみらしい。
嬉しそうに教えてくれる姿は非常に可愛かった。
肩に掛けているポーチにはイルカをあしらったアクセサリーが着いていて、今日の水族館用に着けたらしい。
アクセサリーのイルカが可愛いと言っている斉藤さんが可愛かった。
可愛いと言っている自分が可愛い、と言う言葉は第三者目線でも有効なようだ。
可愛いと言っている斉藤さんが可愛い。
うん、これだ。
なんか違う気もするけど。
そうこうしているうちにバスが到着した。
「……これは、早く来て正解だったね」
「ふあー、本当だねー」
俺達の後ろには40人を超すのではないかと言う列が出来上がっていた。
二人で後ろに続く長い列を見て感嘆した。
「座れて良かったね」
「そ、そうだね!」
俺達は無事座席をゲットし、二人掛けの座席に並んで座った。
瞬く間にバスの中は人で溢れかえり、席は当然ながら立つ乗客も含め満員の様相。
クーラーは効いているが、乗客の熱気で少し暑くなってきた。
隣の斉藤さんへ目を向けると少し俯き、顔が赤い様にみえる。
体調が優れないのかと心配になり、俺は声を掛けた。
「大丈夫? 乗り物酔いとかは?」
「そ、それは大丈夫っ! ち、ちょっと暑いねー?」
首を振り大丈夫だと言う斉藤さん。
顔は依然赤いままだ。
クーラーをもっとかけて貰えないだろうか。
天使の御体に障ったらどう落とし前つけてくれるんだ。
「そうだね。着くまではどれくらいだっけ?」
「ん、20分くらいのはず……」
「20分か。少し我慢だね。早く着けば良いけど」
「ううん、大丈夫だよ……こ…やって宗君…近く…いられ…から」
大丈夫だと健気に振る舞う斉藤さん。
車内の喧騒に斉藤さんの言葉は途切れ途切れにしか聞こえないが、とりあえずは大丈夫そうだ。
斉藤さんの様子には十分注意して行くとしよう。
全ての乗客が乗り終え、バスが動き出した。
バスはロータリーを出るためにハンドルを切り曲がって行く。
ロータリーの中でも一番鋭角な場所。
そこを曲がるため、バスは大きくハンドルを切った。
ある程度勢いがあったのか遠心力で立っている乗客は結構揺られていた。
座っている俺達もそれなりに。
「あっ、ご、ごめんね……」
「ぁ、ああ、大丈夫だよ」
遠心力で俺の方へ斉藤さんが寄り掛かり、俺と斉藤さんの腕同士がピタリとくっついた。
斉藤さんの重さに合わせ煌めく金髪も腕にかかり、こそばゆい。
斉藤さんの熱が触れた腕を介して伝わる。
斉藤さんって温かいんだなぁ。
カーブを過ぎると、体にかかる遠心力も消えた。
しかし、触れた腕は離れる事なく熱を感じたままであった。
……何故だ?
斉藤さんと触れ合えるのは嬉しく思うが、余計に暑くならないか?
と言うか暑い!
主に顔とか!
横目に斉藤さんを見ると、彼女の顔も赤いままだった。
見られている事に気付いたのかこちらに向き、目が合ってしまう。
「……えへへ」
そうはにかむ天使に、俺は目を合わせていられなかった。
微妙に視線をずらしてごまかす。
「あ、暑いなー」
「そうだねー」
腕が触れ合ったまま、言葉少なに俺達はバスに揺られる。
肩に感じる斉藤さんの重みが不思議と心地好かった。
「着いたよっ!! 凄いね!」
水族館に到着し、正門を前にした斉藤さんは既にテンションMAXだった。
初めて見るはしゃいだ姿だが、元気な斉藤さんもすこぶる可愛い。
無邪気な天使といったところだ。
「ふふ、そうだな」
「あっ、ぅぅ……」
微笑ましい姿に思わず笑ってしまった。
笑われた事に気付いた斉藤さんは恥ずかしそうに縮こまっている。
そんな斉藤さんに俺は微笑みかける。
「ほら、行こうか」
「あ、うん!」
促す俺に斉藤さんは駆け寄ってきた。
受付に二人で並ぶ。
俺の手には斉藤さんから預かった二枚のチケットが握られている。
アイシャさんから貰ったと言うチケットだ。
こんな貴重な機会をくれたアイシャさんには、いくら感謝してもしきれないな。
今度お礼を持ってお邪魔するとしよう。
バイトで顔馴染みになった、御崎でも人気の洋菓子屋の詰め合わせとか良いかもしれないな。
俺がそんな事を考えている間、斉藤さんは辺りを興味津々なご様子で見回していた。
「斉藤さんは水族館とか初めて?」
「え? あ、うん。そうなんだー。近くに水族館とか無いし。それに、家がお店やってるのもあってあまり遠出ってしたこと無いんだよ」
「そっか。自営業だと大変なこともあるんだね」
慣れっこだけどね、舌を出して笑う。
……なんじゃ、そのめちゃんこ可愛い仕草。
こんなにポンポンぐうかわ天使連発されて、今日生きて帰れるのかしら。
「沢良木君は?」
「んー。小さい時家族で県外のヤツに行ったことがあるな。殆ど覚えて無いけど」
「そうなんだ? でも、沢良木君の小さな頃とか想像付かないね! 可愛かったのかなぁ」
「ただのクソ生意気なガキだったよ」
頭の片隅に微かに残る思い出。
車で県外に出て、泊まりがけで出掛けた気がするな。
俺は生意気盛りでなにかやらかして両親と妹に迷惑かけた記憶がある。
水族館で楽しかった記憶より親父に殴られてむちゃくちゃ痛かった記憶が遥かに勝っていて、殴られた事以外あまり覚えていない。
思い出してつい苦笑いしてしまう。
「えー、わたしは見てみたいよー」
「でも、写真も多分無いしな」
「そうなの? 残念……」
俺はそんなクソガキよりも、斉藤さんの幼少期を是非とも見てみたい。
絶対超絶超越100%可愛いと思うんだ。
ベリーキュートなリトルエンジェル。
むしろそうでない筈がない。
想像しただけで息が荒くなりそうだ。
俺はロリコンじゃないはずなんだがな。
これは斉藤さんコンプレックスか?
略して斉コン……。
なんか語呂悪いから却下。
誰か良い言葉教えてくれ。
受付に並ぶ列は消化され、俺達の番になった。
俺は手に持っていたチケットをカウンターの穴から係員に渡した。
「これでお願いします」
「あいよ、半券とパンフレットだ」
「あ、どうも……」
ぶっきらぼうな口調と共に穴から半券とパンフレットが出てきた。
ここの受付員は男性のようだった。
何故かこの受付員の所だけ、カーテンが半分かかっており顔は見えなかった。
普通は女性の受付が多いだろうし、なんだか対応も荒い。
そんなんで良いのか受付。
別にどうでも良いかと受付から離れ入場口に向かう。
しかし、ずいぶんゴツい手だったな。
受付をするような人種の手には、思えなかった。
土かたや何かしらの職人的な雰囲気を感じる手だった。
「ん?」
なんだか見覚えが……。
それに思い返すと声も。
「沢良木君どうかした?」
考え込む俺に斉藤さんが覗き込むように問うてきた。
「あ、いや、受付のおじさんがなんかぶっきらぼうでさ。それに、なんか聞き覚えのある声だったんだよな」
「うーん? わたしは聞こえなかったなー。ねねっ、それより早く行こうよ!」
そわそわと待ちきれない様子の斉藤さん。
その可愛らしい姿に、受付のおっさんの事なんて脳内ダストボックス一直線だ。
「はは、それじゃ行こう」
俺達は水族館のゲートをくぐった。
さあ、楽しい水族館デートだ!
お読み頂きありがとうございました。
誰か良い言葉教えてください。




