第38話 ミキちゃんの美容室
本日もよろしくお願いいたします。
「まず、あんた髪切りなさい」
昨日の打ち合わせの時、真っ先に言われた言葉だ。
その言葉に従い、俺は今美容室に向かっていた。
その美容室は理沙の友人が居ると言う話で、腕は確かだという。連絡しておくから行ってこいと紹介された。
髪を切りに店へ来るのは久しぶりだ。
最近は自分で風呂場なんかで適当に切っていた。
今回は菅野さんと行動を共にする事もあるだろうと、沢良木式散髪教室は却下されてしまった。
「……確かこの辺りか?」
事務所からさほど離れていない区画。
適度に店が建ち並ぶ通りを俺は歩いていた。
時間はまだ9時なので、歩いている人も疎らだ。
確か店の名前は"ノア"だかなんだか。
「お、あった」
外見は普通におしゃれと言った様相。
頭に浮かべていた名前の看板を見つけ、俺はドアをくぐった。
「こんにちは」
ドアをくぐった先の店内は、白やベージュを基調とした内装でとても落ち着いた雰囲気だ。
第一印象は問題なく良かった。
「あらぁ、いらっしゃっい~!」
コイツを見るまでは。
「あ! あなたね、宗君って子は!!」
「そ、そうです。大友理沙の紹介で来たんですが……」
聞いてたわよ~、とくねくねと体をくねらす。
俺すら見下ろすその巨体を。
2メーター近い身長に、きっちりとセットされているであろう茶色の癖毛。顔は意外にも整っており、見た目は20後半から30歳ぐらいだろうか。
そして、山と見紛うばかりの、膨れ上がった筋肉の壁。
俺は人生で二人目となる筋肉ダルマと相対した。
最近自分の背が高いと思わなくなってきたんだが。
これでも183センチあるんだけどな……。
「待ってたわよっ! あたしは三喜雄。坂本三喜雄よん。ミキちゃんって呼んでね宗君!」
「さ、沢良木宗です……よろしくお願いします」
よろしくしたくねえよ……。
こう言うタイプの知り合いは今まで居なかった。
一体どう対応すれば良いんだ。
教えてくれ。
「ささ、こっちいらっしゃっい! 理沙ちゃんにはちゃんと聞いてたわよ? あたしがカッコ良くしてあげちゃうわぁ!」
「は、はぁ」
俺はあっという間にスタイリングチェアに座らせられ、カットの準備が整っていく。
理沙が言うには、腕は確かだという事だから、ここは理沙を信じるしかない。
「さあ、始めるわよー? 好みの形はある?」
ハサミを右手に構え、にこやかにこちらを見るミキちゃん。
「いえ、特には無いですね」
「なるほどねー。それじゃ、理沙ちゃんの注文で行くわね!」
理沙のヤツそんな事まで言ってたのか。
どんだけ俺の思考を読んでいるんだ。
ええいままよっ!
変な事になったら恨むからな理沙!
「あらぁ、あたし好みの良い男じゃないぃ!? なんで髪を伸ばしてたのよー!?」
俺はカットと洗髪を終え、ドライヤーで髪を乾かされた。
髪も乾き、櫛で軽く流している最中だ。
理沙が腕は確かと言っていた事が体験したことで身に染みた。
素人目に見ても凄く上手くカットしているようだった。その太い指からは想像出来ない繊細な動きに俺は思わず息を飲んだ。
流石プロだ。
鏡に映る巨体がファーストエンカウント同様にくねくねと波打っていた。
これがなければ是非ともこの店をリピートしたいくらい。
「は、はあ」
あたし好みとか言われても困る。
なんて返すのが正解なんだよ。
教えてくれ。
「しかし。
カットでこんなにも変わるとはな。
目の前の鏡には今までの野暮ったいを通り超して不気味だった長髪の青年が、適度な長さに髪をカットされ、さっぱりとしたイケメンに様変わりして座っていた。
ここまで変わるとはミキちゃんの腕には脱帽だ。
……自分をイケメンって言うのが憚られるかと思って代わりに行ってあげたわよっ!」
「……そりゃ、どうも」
何コイツ絡みづらい。
俺の声真似マジ似てない。
早く帰りたい。
……まあ、ミキちゃんの言う程では無いが、カットで印象が大分変わったな。
久しぶりだぜ、素顔ちゃん。
「んー、後は理沙ちゃんから髪の毛のセット方法も教えておいてって言われたんだけど、このまま続いて良いかしら?」
理沙さんそんな事まで……。
理沙が言うなら従いますよ。
なんたって。
経費で落ちたからなっ!!
ふはは。
無料散髪万歳。
「お願いします」
「それじゃ、一つずつ実演していくから覚えてね。注意事項なんかも教えていくわね」
「はい、分かりました」
こうしてマッスルミキちゃんのヘアスタイル講座が開講されたのだった。
「こんにちはー。宗いる?」
間もなく講座も終了しようかと言うとき、聞きなれた声が入り口から聞こえた。
理沙が様子を見に来たようだ。
ふはは。
見るが良い!
ミキちゃんから授けられた、この技術をっ! この髪型をっ!
あ、ちなみに一度洗い落として今回は俺がやってみた。
「どうよ!?」
俺を見た理沙は目を丸くして、口に手を当てている。
目線は俺に釘付けだ。
そんなに驚いたか。
俺も罪作りな男だぜ。
「……V系バンドでもやる気? ってかなんで最初より髪の毛増えてんのよっ!!??」
えー、だってミキちゃんがウィッグとか言うカツラみたいなの持ってくるんだもん。
スーパー○イヤ人みたいでめっちゃ楽しい。
次はツインテールをやる予定だったのに。
「なんで宗も嬉しそうなの!? 三喜雄ぉっ!!」
「もぅ、理沙ちゃんそんなに怒鳴らないのー……ほら」
ミキちゃんが俺の頭に乗っかったウィッグを外した。
その下には俺がセットしたモノホンの髪の毛が現れた。
下の髪はさっき言った様に俺がセットしたものだ。
「……なんでそんな無駄な事すんのよ」
はぁ、とため息を一つつくと理沙は俺に歩み寄った。
少し屈むと、座る俺に目線を合わせた。
「……ほぁー、見違えるもんねぇ。うんうん」
理沙は俺の頭や顔をじろじろと眺めながら頷く。
「おう、ありがとうな」
こんな面白体験出来るなら早く切れば良かった。
髪の毛のセットも思いの外楽しかったしな。
感謝を込めて俺は理沙へ礼を言った。
「っ……ぐ、……ぅ、ぁー、……とりゃっ!」
言葉に詰まったかと思うと急に俺の頭にチョップをかましてきた。
その顔は赤い。
「いでっ!? 急に何すんだよ!? ……ぉおあっ! 俺のセットした頭がぁ!!」
「う、うるさいうるさいっ! ふんっ」
くそ、せっかく上手く出来たってのに。
なんなんだ?
訳わからん。
「んふ、理沙ちゃん赤くなって可愛いわねぇ!」
「三喜雄もうるさいっ!」
「うふふ」
自身を指差す理沙に、ミキちゃんはにやけながらも手を上げ降参のポーズを取った。
「ほら、宗君頭直してあげるから、貸してみて」
俺が直そうと頭を弄っていると、見かねたミキちゃんが直すと言ってくれた。
「あ、すいません」
「ふふ、大丈夫よー。すぐ直るわぁ」
ミキちゃんの言う通り、彼が触ると瞬く間に直っていく。
すげぇ、あっという間に元通りだな。
おー、なるほどねぇ、こんな風に動かすのか……。
ミキちゃんの手元を観察していると、気付けば直しは終わっていた。
「はい、出来たわぁ」
「おお! すげぇ! ありがとうミキちゃん! あっ、やべ……」
素のタメ口が思わず出てしまった。
しかしミキちゃんは気にする様子もなく、逆に嬉しそうに笑っていた。
「いいのよ宗君、ミキちゃんってこれからも呼んでねぇ。フランクフランク~」
再び体をくねらす。
これは癖なのだろうか。
ミキちゃんが言うとフランクが違う意味に……げふん。
「すいません、素だと言葉遣い荒くて」
「だからいいのよー? 宗君はただでさえあたしの好みなんだしー? もっと気軽に接してねん?」
「あ、あはは……」
パチリとウインクをする筋肉。
そのウインクを受けるとぞわりと悪寒が。
やっぱり苦手だ。
ミキちゃんは理沙に向き直った。
「理沙ちゃーん、いい加減機嫌直してなよー?」
「別に機嫌悪くなってないわよ」
と言いつつもそっぽを向く理沙。
心なしか顔が赤いようだ。
「宗君、お昼でも誘ってあげてね。そうすれば機嫌直るわよ」
再び俺に向き直り顔を寄せるとそう言った。
なんで機嫌が直るか分からないが、もとよりお礼も兼ねて誘うつもりだったから問題ない。
了承、と俺はミキちゃんに頷いた。
「さ、宗君の髪はもう終わりよー。理沙ちゃんは何かしていく?」
「……私は何もないわ」
未だにいじけ顔の理沙は不承不承とミキちゃんへ返す。
あらそう、とどこか可笑しそうに笑うとミキちゃんは道具の片付けに入った。
「また来てね~」
にこやかに手を振る筋肉に見送られながら、俺と理沙は美容室を後にした。
初めて出会うタイプの人物だったな。
面白いがどう反応すれば良いものなのか感覚が掴めなかった。
決して嫌いではないが得意にはなれそうもないなぁ。
散髪に来るくらいなら良いかもな。
街を理沙と並んで歩きながら、先程ミキちゃんにも言われた事を理沙に持ちかけて見ることにした。
「そろそろ昼だけど、理沙はどうする? 良ければ一緒にどこか行かない?」
「……何か企んでる?」
「なんで疑われたっ!?」
ジト目で俺を見ながら、理沙は一歩後退る。
解せぬ。
なんでこんなに警戒されるのだ。
それもこれもミキちゃんのせいだ。きっとそうだ。
あの筋肉ダルマめ。
「宗がそんなこと言うとか変じゃない」
お、俺の信用度の問題だと? バカな。
しかし、お礼をしたいのは本当だ。
是非とも首を縦に振って頂きたい。
「……お礼だよ。理沙に言われないとちゃんと髪切らなかったしな。ちゃんと切れてよかったよ。紹介してくれた所も良かったし」
店主のキャラには驚いたが。
俺は少し気恥ずかしくなり頭を掻いて誤魔化した。
あ、セットしてたんだ。
気を付けないと。
「……もぅ」
「何か言った?」
「いーえ。何でもないですよー。……それじゃ宗のおごりだからねっ!」
「かしこまりました、理沙様」
少し頬を染めながら俺の胸を指でつつく理沙に、わざとらしく俺は礼をするのだった。
「っ、ほらっ行くよ!」
「ああ」
踵を返し早足に歩く理沙に着いていく。
「この隣の通りに新しいイタリアンが出来たんだー。一度行って見たかったのよね。評判は良いみたいだから楽しみ!」
い、イタリアンだと?
沢良木銀行の経営に大打撃を与えそうなんだが……。
しかし、本当に嬉しそうに笑う理沙に文句を言う気も起きず。
俺の財布がとても軽くなったのは言うまでもなかった。
書いているとたまに気が付かないうちに方言をぶっ込んでいるときがあります。
無意識に入れてしまうので、お気付きの方いらっしゃいましたら教えて頂けると助かります。
方言と認識していない場合があります(笑)




