第37話 あんた髪切りなさい
本日もよろしくお願いいたします。
大騒ぎとなった大友万屋。
ようやく騒ぎが収まり、俺達は改めて今回の依頼について纏めることにした。
ブリーフィングの開始だ。
「タイミングが良いことに、今は何も依頼が入っていないわ。菅野さんの件に集中が出来る」
応接用のソファーに四人で腰掛け、顔を突き合わせている。
理沙は皆に視線を巡らせながら話を続ける。
「まず、この件が何故ウチに来たのかって所だけど」
確かにそれは思った。
依頼するなら探偵事務所か警察だろう。
警察は中々動かないから難しいかもしれないが。
さすれば探偵だ。
「警察に関しては皆もわかると思うけどまず現段階ではおそらく動かないわ」
俺を含め皆が頷く。
「本格的に捜査が始まるまで待っていたのでは手遅れになることも十分考えられるでしょう」
警察は被害者加害者の関係がはっきりしないと介入するのが難しい。
そのためにも善悪のはっきりする証拠を準備しなければならない。
警察の介入が遅くなり手遅れになった事件は後を絶たない事はニュースなんかでもよく見るだろう。
「興信所なんかの探偵に依頼する方法に関してなんだけど、それをしなかったのは殆ど個人的な理由ね」
「さっき話してた菅野さんの両親がってヤツか」
ええ、と俺の言葉に理沙は頷く。
「さっき殆どは喋ったけれど、私とあの子の両親は友人なの。娘を任せるなら信用出来る人が良いと私を頼ってくれたわ。私も友人の力になりたいの……私情を挟んで申し訳ないと思うんだけど、皆の力を貸して欲しい」
皆を一通り見た後に理沙は頭を下げた。
「なーに言ってんの理沙ちゃん! 社長さんは理沙ちゃんでしょ! 理沙ちゃんが指示をくれたら私は従うよ!」
「ああ、理沙さん杏の言う通りだ。これは正式な依頼だろ? それなら俺らがどうこう言う理由は無いな」
カップルが理沙へ微笑む。
俺も続きますか。
「皆理沙を信頼しているんだ。自信もって命令してくれ」
頭を上げた理沙は少し驚いた様子だったが、俺らの顔を見ると笑みを咲かせた。
「ありがとう。……それじゃ早くあの子を安心させてあげましょう!」
「「「はい!」」」
「まず、あんた髪切りなさい」
「いきなりだなっ!」
皆一致団結して良い感じの職場雰囲気だった所に理沙の冷めた言葉が俺に浴びせられた。
切り替え早すぎだろ。
もう少し浸らせてよ。
「あんた、そんなナリで警護するつもり? 何しても目立つわ。むしろあんたが変質者よ」
「まあ、確かに酷いよねー」
「うむ、男なら短くさっぱりしろ」
理沙の言葉を皮切りに二人も追従する。
ぐぬぬ、コイツら好き勝手言いやがって。
酷い言われようだ。
「気付いてた? 菅野さんの訝しげな視線に。怪しいヤツを見る目だったわよ」
何?
そんな視線を向けられていたのか。
そんなに言われるとさすがにちょっとへこむわ。
ん? と言うかもしかして斉藤さんにもそう思われて……。
おいおいおいおい。どうしよう。冗談だろ。
既に斉藤さんと仲良くなって2ヵ月程。その間一度も髪を切っていない。
今までそんな目で見られていたとしたら……ヤバい、死にたくなってきた。
「今すぐ切ってくる! いや、むしろ坊主だぁっ!!! この髪か!? この髪が悪いのかぁ!?」
「や、そこまでやらなくて良いわよ。と言うか止めてマジで」
「そうそう、宗君はイケメンなんだから、ちゃんと切れば皆振り向くよ?」
「な、なに!? 杏は宗が好みだったのか!?」
「そんな訳無いじゃない! 私が好きなのは大ちゃんだけだよー!」
「そ、そうか!」
うるせえ。
バカップルはどっか行け。
そして爆発しろ。
天使に会いたい。
「まあ、このバカップルは放っといて。杏の言う通り、あんた見てくれは良いんだからちゃんと切りなさい。愛奈ちゃんも見直すわよ?」
なんだと……。
もうね、俺張り切っちゃう。
がっつり美容室行って、がっつりセットしてもらう。
今の流行りの髪型にしてもらおう。どんなのか知らんけど。
……あれ? でも俺を見て欲しい訳じゃなくて、俺は斉藤さんのエンジェルなスマイルを見たいんだが。
なんでそうなる?
「あんたは菅野さんの身辺警護とかフットワークを活かした形で動いて貰うわ。遊撃部隊的な動きをお願いすることになる。腕っぷしに関しても、この万屋ではあんた以外には任せられないし。頼んだわよ」
「お、おう任された」
急に真面目トーンに変わった理沙に任されたので頷く。
とりあえずはまず髪を切ることになりそうだ。
「後、そこのバカップル二人は今までの被害に関しての捜査。写真や郵便物に手がかりが無いか調べて。今後も被害があれば真っ先に出て貰う。そして、最終的に犯人を特定、証拠を集めて警察へ突き出すわ」
「「はい」」
切り替えの早いバカップルは揃って頷く。
「後は情報共有ね」
理沙は手に持っていた書類をテーブルに並べていき一つ一つ説明していった。
まず、被害が始まったのが1ヵ月前。
菅野さんの住む都心のマンションで事件は起こった。
初めは微かな違和感だった。
ポストに入っている郵便物が不自然な形で中に入っていた。ダイヤルロック付きのポストで、開けられない筈だったが、ポストの入り口から入ったにしてはキレイに並んでいた。
少し不審に思いながらも当初は気にしなかった。
しかし、それが二回三回とあれば流石に気付く。
その後だ。後をつけられている事に気付いたのは。
芸能事務所からの帰り道は基本的には送り迎えをマネージャーの堤さんが行ってくれる。
しかし、その時は偶々徒歩の帰りだった。
タクシーを拾えと言われたが、気紛れで徒歩にしてしまった。
夜道で一人で歩くと不思議と気配がわかってしまう事がある。
その時は一定の距離を開け、付いてくる気配があった。隙を見てカーブミラーで確認すると確かに人の姿があった。夜の暗さではっきりとは見えなかったが黒ずくめの男に見えた。
その二件が起きた後、続いては盗撮の被害だった。
その被害は明らかに盗撮と思われる写真がポストに投函されると言うものだ。
仕事中やプライベート、撮られているタイミングはバラバラで場所も共通性は無いように思えた。
この被害を受け、家族との相談の結果彼女は引っ越す事にした。
両親の故郷である御崎市へ。
引っ越して来たのが今から1週間前。
彼女は現在独り暮らしをしている。
と言うのも現在両親が日本に居ない為である。
彼女の両親は貿易商社を経営していて、丁度今東南アジアで商談を纏めている最中であった。
娘の一大事に二人共仕事を投げ出し帰国しようとしたが、娘と部下の必死の説得により事なきを得たらしい。終わり次第御崎市へ帰ると毎日騒いでいると言う。
そこで、理沙の名が登場する。
娘を引っ越させる町には友人が居る。それに加えその友人はなんでも引き受ける万屋。
信頼出来る人物に娘を任せられるに越したことはない。と、引っ越しが決まった日には連絡が理沙に来ていたそうだ。
そして今日、この万屋へ被害者本人がいらっしゃったわけだ。
「簡単だけど、これが今回の事の顛末よ」
理沙は喋り終えると一つ息を吐いた。
「……アイドルって大変だね。そんな怖いことが起こったら……許せないね」
杏理ちゃんの言葉に大次郎も神妙に頷く。
「まだ、引っ越して日が浅い。こちらでは被害もまだないわ。早く解決して安心させたい所だけど、少し時間がかかるかもしれないわね」
「仕事で都心へは通うんだもんな。そこからバレる可能性もあるわけか」
ええ、と理沙は俺の言葉に頷く。
「最悪の場合は、あんたの出番よ。犯人が実力行使に出た時には遠慮なく宗がぶちのめしなさい。友人の娘に恐怖を与えた罰は受けて貰うわ。それを察知するにもアンテナを高くして仕事に当たること。皆良いわね」
「「「はい!」」」
皆が頷くのを確認すると、理沙自身も頷いた。
「とりあえず全体の通知に関しては以上よ。後は個別に追って伝えるわ」
そうブリーフィングを締めくくった。
菅野真澄ストーカー事件捜査の開幕だ。
次回もよろしくお願いいたします。




