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第36話 実に面倒そうだ

本日もよろしくお願いいたします。







「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」


理沙が時間通り訪れた今回の客を迎え入れた。

俺は理沙に付き添う形で相席することになった。

事務室に置かれている応接用のソファーとテーブルへを客を導く。


今回の客は二人。

一人は細身の幸薄そうな優男。

中背中肉で髪は黒の短髪。取り立てて特徴が無いと感じるような男だった。

少しくたびれたスーツを着込んでおり、うだつの上がらないサラリーマンと言った様相だ。


一方、もう一人はと言うと。


「改めてごあいさつさせて頂きます。この事務所を経営しております大友理沙と申します。今回はご依頼誠にありがとうございます」


「ご丁寧にありがとうございます。私、旭芸能プロダクションの堤と申します」


お互いに挨拶をすると、理沙と堤と名乗った草臥れリーマンが名刺交換をした。


はー、芸能プロダクションとか初めて聞いたわ。

ずいぶん珍しい客だな。

都心からわざわざ来たって事なのか?

まあ、新幹線で1時間だけどさ。


しかし、芸能プロダクションとなるともう一人は……。


「私は、菅野真澄(かんの ますみ)と申します。旭芸能プロダクションでアイドルをさせて頂いております。今回はよろしくお願いいたします」


菅野真澄(かんの ますみ)と名乗った少女は綺麗なお辞儀をした。

少し茶色みの強い黒髪は長く腰近くまであり、パーマネントされた物なのか緩いうねりがある。

その髪がお辞儀に合わせ頬を滑り落ちた。


顔を上げると菅野さんは正面に立つ俺に向かい、ニコリと可愛らしく微笑む。

背は目測から言えば160センチと言ったところか。

歳はおそらくだが、斉藤さんあたりと同じくらいか。

とても整った顔立ちに大きな黒色の瞳。少しつり目がちだが、気が強そうだとかそんな印象を与える程ではなく、むしろ可愛さを引き立てていた。

それと、特に目立っていたのは服の上からでも分かる二つの膨らみ。自己主張が強すぎるそれは少し幼さを残す顔立ちとのギャップで、この子を魅力的に写すんだろう。


ううむ。

実に……。





……実に面倒臭そうだ。

芸能関係とかマジ面倒そう。

理沙にちゃんと内容聞いとけばよかったわ。

はぁ……。


微笑む菅野さんは無反応な俺の様子に頬を一瞬ピクリと動かした気がしたが、次の瞬間にはアイドルスマイルに戻っていた。

俺には何だか作られた様な笑みに見えた。


俺も簡単に自己紹介をすると、一同でソファーへ腰掛けた。

ロリっ子☆杏理ちゃんが運んできた冷えたお茶が並ぶと、今回の依頼内容の確認に移った。


「では早速ではありますが、今回の依頼内容の確認を行いたいと思います。菅野さんのご両親からは伺っておりますが、再度お聞きしても構いませんでしょうか?」


「はい。大丈夫です」


堤さんがそう頷くと横に座る菅野さんへ目配せをした。

それに呼応するように菅野さんは頷いた。


「今回お願いしたいのは、ストーカー行為に関する調査なんです」


ほらぁ……。

ヤバいよ。お家に帰りたいよー。

絶対面倒だろぉ。


俺の胸中は置いてきぼりで堤さんの話は進んでいく。


「ストーカーの被害が出始めたのは、今からおおよそ1ヵ月前になります。後をつけられるものや、郵便物の物色、盗撮など被害が多いです」


堤さんの隣に座る菅野さんは俯き、暗い表情をしている。膝の上に置かれる手は強く握られていた。


……まあ、そりゃそうだよな。

男の俺は受けたこと無いけど、ストーカーなんて恐ろしいだろう。


もし斉藤さんがその被害に遭うなら全身全霊をもって犯人を潰すだろう。

天使の笑顔を曇らせたら許さん。あの子はいつでも笑顔でいるべきだ。

……想像してたら段々イラついてきたわ。

この感情どうしてくれようか。

あぁ、休みに入ってからあのエンジェルスマイルを見ていない。禁断症状が出ないといいが。



「今回の依頼は犯人の特定及びこの子の身辺警護をお願いしたいのです」


「わかりました。菅野さんのご両親から伺っていたお話と相違ございませんね」


理沙は受付用の記載用紙へと話の内容を次々と書き込んでいく。

書き終えたのか理沙は用紙から顔を上げた。


「では、今後の基本的な流れと各所の詳細を詰めて行きたいと思います。よろしいでしょうか?」


「……あの、少しよろしいでしょうか?」


会話の流れを止めたのは今回の被害者である菅野さんだった。

言葉を発すると顔を上げ俺と理沙へと視線を飛ばした。

俺達を見る目には微かに疑惑の色が見え隠れしているように思える。

理沙はにこやかに微笑むと頷く。


「大友さんは私の両親とはどんな関係が? 今回、ここを訪れたのは両親の勧めからです。しかし、その理由は聞いていないのです」


それから菅野さんは静かに事務所内へ視線を巡らせた。


「……大変失礼ですが、両親がこのような所にお邪魔することは無いと思うのです」


確かになぁ。

この会社怪しいもんな。古くさい雑居ビルだし。

菅野さんの親がどんな仕事をしているか分からないが、縁が無いと考えるのも無理ない。

ストーカーと言う重大な問題と自分の身の回りを任せる訳だ。菅野さんが警戒するのも当然だろう。

むしろ何も考えないような客なんかより、しっかりと自分で考える所には好感が持てるくらいだ。


菅野さんのその言葉を聞くと、理沙はもう一度微笑む。

確かにそうね、と菅野さん同様視線を事務所に巡らせた。


「あなたのご両親とお会いしたのは6年前のアメリカでよ。そこで一時期一緒に仕事をさせて貰っていたの。まあ、それからの仲ね。友人と思って貰って構わないわ。その頃あなたにも会っていたのよ? あの頃アメリカに居たでしょ?」


客から彼女の両親の知人へ。

雰囲気をふわりと変えると菅野さんへと語る理沙。

覚えてないかしら?、と言う理沙に菅野さんも驚いた様子だった。


「それに、ここを立ち上げる時も力を貸して頂いてね。この町はあの人達の地元だしね」


理沙は懐かしむ表情で微笑んだ。


「私は茂さんと澄恵さんに娘を頼む、と言われているわ。私達を直ぐに信用しなくてもいいわ。でも、ご両親の事は信用出来ない?」


「……」


理沙は笑みを絶やさず菅野さんを見つめる。

菅野さんも同様に理沙を見つめていたが、一つ小さなため息をつくと肩の力を抜いた。


「よろしくお願いいたします」


表情にも懐疑的な色が見えなくなり、菅野さんは頭を下げた。


「こちらこそお願いします」


最後に一度微笑むと、理沙は先程の言葉通り内容を詰めに入った。

菅野さん本人と話し合い、内容の確認を行っていく。


基本的な流れとしては、菅野さんの身辺調査から犯人を推測、判明させるという言葉にすると単純なものだ。

再度ストーカーの被害が発生した場合は即座に連絡が可能な体制を取った。

後をつけられる被害などは警護のため同行する。今までの傾向からそのタイミングなどを踏まえ行動を共にすることもある。しかし、犯人を刺激する可能性を考えると難しいかもしれない。

郵便物関係ではそれを調査し犯人に結び付くかの検証を行う。見てからでないと分からないが、犯人像を考察する上では参考になるだろう。

盗撮被害に関してだが、知らないうちに撮られた写真が郵便受けに入っていると言うものだった。

そこから導き出すのは難しいかもしれないが、撮影ポイントを割り出せれば何かの手がかりになるかもしれない。


1時間程の打ち合わせを終えると、お互いの連絡先を交換しこの日の打ち合わせは終わった。

事務所を後にする堤さんと菅野さんを見送った。





しかし。


「理沙ってアメリカに居たんだな」


「ん? ああ、前にちょっとねー。色々と勉強とかしたくて」


「へぇ、聞いたこと無かったな。それにこの会社の創立に関する事も分かんなかったし」


「まあ、簡単に言えば、アメリカで仲良くなった友人に力を借りて会社作ったって感じよ」


ずいぶんざっくりだな。

まあ、どうしても知りたい訳じゃないしいいか。


「すごいなっ!! 今のますみんだろ!? 本物初めて見たぞ!!」


「私も初めて見たよー! 可愛いねー!」


今まで静かにしていた他の二人が菅野さん達が居なくなった事務所で大声を上げた。

客が居なくなるのを我慢していたんだろうか。

俺は初めて聞いた大次郎の大声に驚いた。


「大次郎さん、あんたそんなに声出せたんだね」


「あっ、ごほん……ますみんを初めて見たぞ」


恥ずかしそうに繕う大次郎。

だが、もう遅い。

案外ミーハーなんだね大次郎。

そんながたいで、もじもじしても可愛くない。


そこで俺は一つ疑問に思う。


「ますみん?」


菅野真澄。

真澄だからますみん?

先程の菅野さんは自分をアイドルと言っていた。

そんなに有名人なのだろうか。


「なっ、お前知らないのか!?」


大次郎は俺の呟きに大層驚いていた。

他の二人も似たような視線を俺に寄越している。


よせやい、照れるぜ。


「菅野さんって有名人なの?」


「「「……」」」


おおう。

あっという間に呆れた目。三人の視線が突き刺さる。

何、そんな凄いのあの子。


「宗あんたテレビ見てる?」


呆れた目を俺に向けたまま理沙が俺に問いかける。

失礼な。ちゃんと毎朝見てるぞ。


「おう。朝のニュース番組な」


「……他は?」


「いや?」


「まあ、そんな所だろうと思ったわよ。と言うか、あの子朝のニュース番組にも出てると思うんだけど?」


局は分からないけど、と理沙が付け足した。

思い出そうにも、菅野さんと重なる人は見たこと無いと思う。


「そうなんだ? 今度探してみるかな」


「「「……」」」


なんだよ。

そんなに菅野さんを知らないのがおかしいんかい。


「ま、まああれよ! 物は考えようね。こんな宗だからこそあの子の身辺警護とか任せられるってね」


「あー、確かにねー。あの反応ではね」


「ますみんを前にして眉一つ動かさないとはな」


女二人と男一人はうんうんと頷き合う。

俺は理解出来ずに疑問符を浮かべる。


「?」


「あんたは人畜無害」


理解出来ない俺に理沙は指を突きつけた。

人に向かって人畜無害とか。


「馬鹿にしてる?」


それじゃ、と俺を指差したまま理沙は言う。


「菅野さん見てどう思った?」


どう、って。

どうもこうも特に思う事は無いが。

まあ、アイドルをしているっていうくらいだから可愛いかったが。それまでかな。


「まあ、可愛いんじゃないか?」


俺の答えを予想していたかのように淀みなく二の句を繋ぐ。


「じゃあ宗の中で一番可愛い子は?」


「斉藤さん」


「ほらね」


何がだよ。

斉藤さんが一番に決まってるじゃないか。

あの天使っぷりは他の追随を許さない。

立てば天使座れば天使歩く姿はマジ天使。

あ、これ座右の銘にしよう。


「え、なになに!? 宗君彼女出来たの!?」


俺らのやり取りを聞いていた杏理ちゃんはガバッと前のめりに食い付いて来た。


「いや、出来て無いけど」


「じゃあどういう事よ、理沙ちゃん!」


興奮したままの杏理ちゃんは理沙に詰め寄る。

そんなに気になる事なのだろうか。

詰め寄られた理沙も少し引き気味だ。


「い、いや、宗の大のお気に入りの子が居るのよ」


「そ、そんな子が宗君に! 浮いた話聞いた事無かったけど、遂に宗君にも春が! 写真は無いの!?」


写真、だと……。

その手があったか……。

今、俺の元には人類の叡智スマートフォンがある。

当然そこにはカメラ機能が搭載されている。

このスマホの中にあの天使の笑顔があるとしたら。

……それだけで生きる活力源ではないか。

是非とも写真を撮らせて頂きたい。

しかし、OKしてくれるだろうか……。

是非とも待ち受けにしたい。


「その顔だと無いみたいね……。理沙ちゃん! どんな子なの!?」


未だ凄い食い付きっぷりの杏理ちゃんが再び理沙に向き直る。

女性はこう言う話が好きなんだろうか。


「う、うーん。凄い美少女で、髪はブロンドで、笑顔が可愛くて……」


理沙は思い出す様に首を捻る。

頭の中では斉藤さんの天使具合が思い出されているんだろう。


「ぶ、ブロンド!? 外国人!?」


「違うわよ……って、杏行ったことあるじゃない」


「へ?」


予想外な言葉だったのか、間抜けた声を出す杏理ちゃん。


「御崎の商店街の斉恵亭。あそこの娘さんよ」


「斉恵亭?……っああ! あの改装の!」


「そうそう、その斉恵亭よ」


「だからブロンドって訳だ! なるほどねぇ」


腕を組みウンウンと頷く杏理ちゃん。

すると出し抜けに俺を指差してきた。


「宗君! 今度写真見せてよね!!」


「ああ、今撮らせて貰う方法を必死に考えてた。早速今日の夜聞いてみよう」


「あんまり変な事言うんじゃ無いわよ。嫌われるわよ?」


「なっ!? 杏理ちゃんゴメン無理そうだ」


「だったら連れて来てよー!」


「ここに? こんな汚い雑居ビルに天使を連れて来る訳には……」


こんな所がバイト先だなんて知られたら恥ずかしいではないか。


「あんた殴られたい?」


理沙は俺に向けて拳を握る。

そして躊躇なく振りかぶる。


「やめて! 暴力反対! 理沙姉ちゃん勘弁して!」


両手を上げて俺は直ぐ様降参のポーズ。

容赦なく殴るから理沙の痛いんだよ。


「えー! 私見たいー!」


俺の腕をぐいぐい引っ張り、杏理ちゃんは尚も粘る。


「し、しかしだな、俺も嫌われたくない!」


「宗、あんたここを馬鹿にするんじゃないの!! 謝れ!!」


それぞれが言いたい事を言い合い、段々と収拾がつかなくなっていく。

ガヤガヤと喧騒が事務所を包む。


最早何の話か分からない。






「ま、ますみんの話は……?」


大次郎の呟きは喧騒にかき消えていった。









立てば天使座れば天使歩く姿はマジ天使

斉藤さん大好きですね沢良木君。

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