第26話 いつも通りってなんだっけ?
少し短いです。
よろしくお願いいたします。
自分はどうしたのだろう?
あの時、伸ばした手と踏み出す足が何故か止まった。
胸の鼓動が強くなり、息が微かに乱れる。
その背中を前にして凄まじい勢いで顔が熱くなった。
そんな自分の状態に戸惑う。
学校に程近い場所。
正確には学校へ向かう坂道を登らず、脇に逸れた辺り。
そこには遊歩道を備えた自然公園があった。
早朝はジョギングをする人がそれなりに見受けられ、休日にはピクニック等、近隣住民の憩いの場として機能している。
わたし、斉藤愛奈はそんな公園のベンチに腰を降ろしていた。
「はあ……」
わたしはどうしちゃったのだろうか。
先程の出来事を思いだし、憂いを帯びた溜め息が漏れた。
通学路。
自分の先にある人物を見つけた。
高い背に長めの黒髪、ゆっくりとした歩調。
トクンと胸が高鳴る。
宗君だ!
声をかけるべく少し駆け足になり、彼に近付く。
そして、呼び止めようと手を伸ばした。
彼の肩に触れるまではあと僅か。
ところがどうだろう。
足はその歩みを止め、手は肩に触れる事なく声もかけられなかった。
伸ばした手と同時に宗君が視界に入ると、昨晩の出来事が脳裏に鮮明に蘇ったのだ。
彼の手に自分の意思で初めて触れた。
わたしの手を握り返してくれた。
二人で夜空を見上げた。
それを思い出すだけで、顔と胸が熱くなった。
同時に自分が抱いていた感情が、恋心だと自覚したことも追想されるのだ。
「あぅ……」
恥ずかしくて声かけられなかったよぉ!!!
つまりそう言うことである。
だって、絶対顔赤かったから、それを見られてたし!
声かけられたとしても恥ずかしくてお話し出来ないよ!
どうしよう……。
初めて人を好きになった少女はその感情を持て余していた。
公園のベンチで悶々と一人悩むのだった。
結局悩んだところで解決するでもなく、時間がギリギリになってしまったので登校した。
教室に着き、彼の席に見る。
隣の宗君は机に教科書とノートを広げていた。
予習だろうか。
彼の成績の良さの一端を見た気がした。
「斉藤さんおはよう」
宗君が声をかけてくれた。
そのたった一つの出来事で胸がときめく。
「お、おはよう……」
だけど、上手く言葉を返せなかった。
彼が勉強に取り組んでいるときに、わたしときたらうじうじとベンチで悩んでいた。
その差に言い知れない虚しさを感じてしまった。
それに、あの時声をかける事が出来ていたら、ここで一緒に勉強するわたしがいたのかもしれない。
「今日は遅かったね?」
わたしを気にかける声に胸が痛む。
自分のいやしい気持ちが嫌になった。
「……うん」
わたしはその顔が見れなかった。
休み時間になる度に宗君は声をかけてくれた。
だけど、わたしは逃げる様にその言葉を遮っていた。
恥ずかしいやら悲しいやらで、心の中が滅茶苦茶になってしまい宗君を避けてしまう。
好き、なのに……。
部活へ向かう者、そのまま帰宅する者、教室で友人と語らう者。
生徒達は思い思いの放課後を過ごす。
学校での1日が終わろうとしている。
結局わたしは宗君に話しかける事が出来なかった。
だから、せめて。
「さ、沢良木、君。またね……」
だけど、わたしの発した言葉はあまりに小さく、宗君に届く事はなかった。
気が付くとわたしは家に着いていた。
どこをどう歩いて帰って来たのか分からなかった。
店の方では両親が仕事をしていたが、声をかけずに家に上がる。
今まで両親にあいさつを欠かしたことはなかった。
それは、ひとえに心配をかけたくない一心だった。
今まで学校と言う場所を馴染む事が出来なかったわたしは両親にずっと心配をかけてきた。
当時小学生の頃、学校で苛められている事を告げた時の両親悲しそうな顔を忘れた事が無い。
それからは家では特に元気に振る舞うようになったのだ。
あいさつもこの内の一つ。
自分の中に課した決め事を失念するほど今のわたしは上の空だった。
自室に戻りベッドへと倒れ込む。
ママが干してくれたのだろう。
良い匂いがしたが、気分は変わらなかった。
「はぁ……」
頭の中で考える事はただ一つ。
宗君のこと。
今日はお話し出来なかったなぁ……。
思い出すとこの1ヶ月、宗君とお話ししない日なんてほとんど無かったんだね。
なんだか、宗君が足りない気分だよ……。
なんだか最初の躓きを1日中引きずってしまった。
わたしは何をしたいんだろう。
自分がよく分からなくなる。
好きだと自覚したらこんなことになってしまった?
好きだと気付かなければ良かったの?
好きだと気づけて良かったの?
嬉しいはずの気持ちは安寧をもたらすどころか暗雲を心に漂わせた。
いつも通りに宗君とお話ししたい。
いつも通りに宗君とお勉強したい。
いつも通りに宗君とお弁当食べたい。
いつも通り。
いつも通り。
……。
……あれ、いつも通りってなんだっけ?
気が付けば制服もそのままに眠りに落ちていた。




