第21話 俊夫と宗
本日もよろしくお願いいたします。
俺は俊夫さんと二人で店の後片付けをしていた。
夕飯をご馳走になる手前、何もせず待っているのも忍びない。
と言うことで、俺から提案させて頂いた。
俊夫さんは厨房の後片付け。
俺は主に清掃だ。
ふはは、こう言った場面で俺のスキルが真価を発揮するのだ!!!
見てろよ、バイトで鍛えられた清掃技術に舌を巻くといい、俊夫!
俺は張り切って掃除を進めていく。
上から下へ。
掃除の大前提だ。
テーブルや椅子をどんどん拭いていく。
まだ新しさを感じる家具だ。
光沢が出るように磨いていく。
以前バイトでお邪魔した際に運びいれた家具に懐かしい気持ちになる。
続いて客席のあるフロアだ。
掃き掃除で大まかなゴミを集めていく。
面積もそこまで広くないので、丁寧に掃いても10分ほどで終わった。
ゴミを捨てると今度は拭き掃除。
クリーナーを希釈した水を固く絞り、床を拭き上げていく。
少しこびりついた汚れが落ちた事を確認して、乾拭きに切り替える。
乾拭きも終えるとフロアは終了だ。
この辺りは毎日する事だろうし、特に汚れは酷くなかったな。
ここからが本番だ。
フロアを終えた俺は厨房へと突入する。
「お?そっちはもう終わったのか?手ぇ、抜いてんじゃねえだろうな、宗?」
「んなわけあるか、俊夫さんがその目で確かめると良い」
俺らは既に名前で呼び会う仲になっていた。
俺なんてタメ口だぜ。
俊夫さんが良いって言ったもんね。
心のパトスを共有した俺らには年の差なんて関係無いんだぜ。
金髪の天使最高。
「こりゃすげぇな。文句無しだ……」
「そりゃ良かった。次は厨房入るぞ?」
「ああ。調理台とか上はだいたい終わってるからそんなにねぇと思うけどな」
なるほど。
厨房では毎日行う清掃と月単位に行うものなど、ある程度スパンに差がある。
とりあえず毎日掃除をする排水関係に手を着けてみた。
まずはバスケットだ。
厨房内の排水が一番最初に溜まる所。
大きなゴミはここで止められる。
生ゴミと同じ扱いなので、それ同様に処分できる。
「俊夫さん、このバスケット何日に一回掃除してる?」
「んあ? あー、そうだな、3日4日に一回か?」
「少なっ!? おいっ! これは毎日やっておけよ!ここの店はただでさえ人の出入り多いだろ? それだけゴミも溜まるんだから! ほら見ろ! こんだけ溜まってるんだぞ!」
俺はゴミの溜まったバスケットを俊夫さんに突きつけた。
「お、おう。今度から気を付けるわ」
俊夫さんは顔をひきつらせながら頷いた。
俺は文句を垂れながらもゴミを捨てていく。
お次は第二層だ。
バスケットの様子から見ておかないとダメな気がした。
ここは油分が溜まる場所だ。
ここは2日か3日のスパン。
油を沢山使う、背油ちゃっちゃ系とか多分ヤバイと思う。
掃除したこと無いけど。
俺は蓋を開けると言葉を失った。
「おいっ、ここは最後に油を掬ったのはいつだっ!?」
俺は再び鋭い視線と剣幕を俊夫さんに飛ばした。
「た、確か1週間前だったか?」
「なん、だと……?」
その言葉に俺は天を仰ぐ。
「ここは2、3日に一度は掃除しなくちゃダメだ。油に集る害虫や細菌類が厄介なんだよ。虫や異臭はそれこそこの店の死活問題になりかねん!」
「そ、そうだったのか。すまん、それも気を付けよう」
「ここは大きなアク取りの様な網で掬う感じだな。それはある?」
「ああ、これだ」
俊夫さんからクリーナーを受けとると、掬う作業に入った。
よし。
表面は綺麗になったな。
底は追々やるとして、今は第三層だ。
「ふむ、三層はやっぱりそこまでは汚れてないな」
「ああ、一応他の掃除の時にやってるからな。その程度でも綺麗になる」
「なるほど。……トラップ管は?」
「と、トラップ、なんだ?」
よく分からないと言った顔で俺に視線を投げ掛ける俊夫さん。
俺はトラップ管を指差し説明する。
「トラップ管ってのはこの部分を言うんだ。どう? ここは?」
「……そこって掃除すんのか?」
なん、だと……?
俺は再三にわたり言葉を失った。
「やっぱり、そこも掃除必要なのか?手届かないから良いんだと思ってたわ」
「ここはこうやって取れんだよっ!!」
俺は手が汚れるのも構わずトラップ管を外しにかかった。
手が荒れるからよい子は真似しちゃダメだぞ?
「おお、そうやって取れんのか。知らなかったわ」
おおう、なんてこったい。
もう怒る気力も無いぜ。
「……ほら、ここが取れて中洗えるんだよ。ここは2、3ヶ月に一回だな」
「おう、分かったぜ。……宗、急に大人しくなってどうした?」
「いや、そもそもなんで俺はこんなに熱くなっていたのだろうか」
「俺が知るかよ! しっかし、お前のお陰で店は綺麗になったし、掃除については勉強になった。礼を言う」
そう言うとニカリと良い笑みを浮かべた。
その強面と無邪気な笑顔のギャップに思わずキュンと、しねぇよ!!こんちくしょうっ!!
俺らは手早く掃除を終え、用具類の片付けをした。
「はぁー、しっかし宗、てめぇは業者かよ」
感心半分呆れ半分と言った様子で俊夫さんはこちらに視線を投げ掛ける。
「まぁ、バイトで似たような事してんだよ」
ふはは、参ったか!
これで当初の目的を達成したと言っても過言ではないのでは?
あ、これだ。
熱くなってた原因。
自業自得じゃねぇか。
内心自分に呆れている所に俊夫さんの声がかかる。
気付かなかったが俊夫さんは俺をじっと見つめていたようだ。
よせよ。
俺にそんなに趣味は無いぜ。
普通に女の子が好き。
「……なぁ、宗。お前、どこかで会ったことねぇか?」
おおう。そんなベタな口説き文句……って冗談は置いといて。
ここで、その質問が来たか。
特に反応が無かったから覚えて無いのかと思ったわ。
「ようやく気づいたのかよ……」
俺はメガネを外すと、髪を少しかき上げて素顔を晒した。
「お、お前やっぱり…………」
「お久しぶりで……」
俊夫さんに向かって頭を下げ……。
「三丁目の山下さん家の!!」
「誰だよそれっ!!! いや、知ってるよその人!! 腰悪くしたおじいさんだろっ!! と言うかどこの三丁目!? ここの三丁目なら知らねぇよっ!!!」
メガネを投げつけた。
はぁ、はぁ。
一気に喋ったせいで、息が乱れた。
思わずメガネ投げちまったわ。
「冗談だよ、冗談!」
がはは、と体に似合い過ぎた豪快な笑い方をする。
「は?」
その様子に思わずぽかんとしてしまう。
「2年前、ウチの改装に来てくれてた中の一人だろ?」
「あ、ああ」
「いやぁ、最初は確信持てなかったが、顔見てピンっと来たぜ」
はあ、人が悪いな全く。
なんか無駄に疲れたわ。
「しかし、驚いたなぁ。あん時の野郎がなぁ。愛奈ちゃんの同級生だったとは……」
そこで俊夫さんはふと考え込む様に止まった。
「……同級生?」
その鋭い瞳が俺を見据える。
「……ま、いろいろあんのさ」
事も無げに言い、俺はその視線を受け流した。
「……そうか」
俊夫さんはそれだけ言うと特に気にした素振りもなく、会話を続けた。
正直、こう言う反応が有難かった。
自分が異質だと言うことは嫌と言うほど知っているからな。
「ま、あん時は助かった。あの頃ウチん中がいろいろとごちゃごちゃしててなぁ。えっと、りさ、さんだったか?」
「ああ、そうだよ。大友理沙。今も元気にやってるよ」
「そうかそうか。お前は今も同じ仕事やってんのか?」
「ああ。ずっとな」
「それならちょうどいい! あん時のお礼もしたいからウチに理沙さん連れて来てくれよ。なんでもご馳走してやる! あ、でも若い姉ちゃんにはここ入りづらいか……?」
俊夫さんは困ったような照れたような表情で頭を掻いた。
視線は店内を見渡す。
「いや、理沙も俺もこう言う店好きだぞ」
俺も俊夫さんに合わせて、視線を巡らす。
理沙はあの通り、キラキラ、きゃぴきゃぴした様な所はかえって合わない性格だ。
俺も店に入る前言ったようにこの佇まいは大好きだ。
「ははは、そりゃ有り難えな!!」
先程の様な豪快な笑い方。
金髪の天使、斉藤愛奈さんの父親。
斉藤俊夫。
何だかんだ言って、俺はこの人も気に入ったみたいだ。
野郎回でした。
むさ苦しさはご勘弁下さいませ!