第2話 ノートの切れ端
俺は教室への道を歩きながら先程の金髪少女について考えていた。
名前は確か、斉藤愛奈……だったか。
なぜ名前を知っているのかと言えば、まあ単純に同じクラスなので名前ぐらいは分かるって言うだけだ。
その上あの金髪少女、俺の隣の席なのである。
三階にある1年2組の教室に入り、教室最後尾の自分の席に目を向ければ。
ほら居た。
自分の机でうつむき本を読んでいるようだった。
膝には絆創膏がしっかりと張られていたので、ちゃんと保健室には行ったようだ。
話しかけるのも気恥ずかしいやら申し訳ないやらで、俺は声をかけず席についた。
通学路のあの様子だと俺の事も下手すれば知らないのかもしれない。
まあ、目立ちたくない俺的には好都合だけど。
さっきみたいな事をして何言ってんのかって感じだが。
そうこうしている内に一時限目が始まった。
「ぁーぅー、こうでもなくて……あれ? 違う……? ……わからない」
お隣さんがぶつぶつと何か言っているので、妙に気が散る。
俺が今までは気に止めてなかったのか、お隣さんはこんなに独り言が多かったとは。
チラリと視線を向けると、ノートと必死ににらめっこしている金髪少女がいた。
……あ、間違ってるな。
覗き見たノートの計算式に間違ってる箇所を見つけてしまった。
余計な物を見てしまったからか、少し気になってしまう。
教えるか……?
いやいや、そんな余計なことする必要ないだろ。
あー、なんでそこで計算しちゃうんだよ。
つか計算も間違ってるし……。
俺はノートに必死に書き込む少女を見ながら心で指摘していた。
「あ、できた……こうかな!」
うん、間違い。
ま、がんばれ。
そっと心の中でエールを送った。
二時限目。
「それじゃ、斉藤。ここを答えてみろ」
教師は隣の金髪少女を指名していた。
この教師は毎時間ローテーションで指名してくるタイプの教師だ。
「……え?」
呼ばれた当の本人は呆けた返事を返していた。
「え、じゃない。この問題だ」
クスクス、と。
微かな失笑が俺の耳にも届いた。
ガタッ
それを聞いたであろう金髪少女は勢い良く立ち上がる。
「は、はい!」
端から見ていて顔が赤くなってるのがわかる。
「ぁ、えと……その……」
「なんだ、わからないのか?」
「あの…」
クスクス。
「ぁ……ぅ……」
周りの失笑が大きくなるのが分かった。金髪少女はさらに縮こまっていき、少し涙目になっているようだった。
「……す、すみません。わからない、です……」
絞り出したような声で金髪少女は教師に告げた。
「はぁ、わかった。もういい。じゃあ次。一番前の田中答えなさい」
あからさまに落胆した様なため息を吐いた教師は次の生徒を指名した。
次の指名者は難なく答え授業は進む。
俺の周り、教室最後尾周辺では未だに失笑が微かに聞こえていた。
「……っ」
軽く隣の金髪少女に目を向ける。席に着いた少女は俯き目を閉じている。
その眦には涙がうっすらと見受けられた。
ふむ……。
この2ヶ月で大体この教室の空気は分かってきた。
この子の扱いを見るに中学時代から続く柵なのか、高校から始まった事では無いように思える。地元の高校を受ける連中も多いことだろうしな。
ある意味新参者の俺には分かりかねる事だが。
胸くそ悪いな、全く……。
まあ、だからと言って俺自身が助け船を出すとか何かする訳でもないのだが。
俺も同類ってことなのかね。
その後も授業は何事もなく過ぎていった。
この日、隣の金髪少女は後二回程指名を受けると同じような状況に陥り、リピート再生を見ているかのようだった。
失笑が聞こえるその度俺の胸中は言い様のない気持ちが渦巻いていた。
今まで気にもしてなかったのに朝の突然のエンカウントがあったからか妙に気にかかる。
なんだかな……。
すっきりしない胸の内を抱えながらその日は過ぎていった。
翌日。
またしてもと言うか、再び金髪少女は指名された。昨日最初に指名してきた二時間目の教師である。
連日当ててきたのは昨日に不回答だったペナルティなのだろうか。恐る恐るといった様子で金髪少女は立ち上がった。
「……ぁ、えと。……その」
金髪少女は昨日と同様に答えられず、段々と俯いていく。
ちょうど隣人を見ていた俺は金髪少女が答えられないのを半ば確信していた。
……まあ、今計算中だったしな。
この金髪少女、要領が悪いのか計算が遅かった。
解き終わる前に指名されてしまったのだ。
昨日と同様に、わからないと言うのかと様子を見ていると、今日は違った。悪い意味で。
「斉藤さーん、ちゃんと授業きいてないとダメじゃないー」
「そうだよー、せめて予習するとかさー」
クスクス。
金髪少女に対しヤジが飛んできた。
教室の中は失笑と言う域を出て、普通に笑い出す者までいる始末だった。
……はぁ。
俺は手早くノートの端に文字を走らせるとそれを千切った。
「はい、静かにしろ。松井達は私語を慎め」
「「はーい」」
教師に注意され前へ注意を向けた生徒達に気付かれないようタイミングを図り、俺は金髪少女の机へノートの切れ端をのせた。
「ぇ……?」
――答えは、「2」だよ――
こちらを向いた金髪少女と目がパチリと合う。
頑張ってとの思いを込めて軽く頷いた。
「……どうだ斉藤?」
「え、えと、答えは、2です……」
「……そうだな。正解だ。それでは次……」
「……ふぅ」
金髪少女は脱力して席に着いた。
なんとか答える事が出来たようだ。
まあ、良かったかな。……ずるだけど。
さすがにマンガやドラマの主人公みたいに立ち上がりヤジを飛ばした外野連中を非難するような気概も義理も無いが。
先程の空気にはさすがに俺も耐えられなかった。
少女が回答したが周りは気にすることなく授業へ戻っていった。
「ぁ、ぁの、ぁ………ぅ…………す」
こちらにちらりと視線を寄越すと、小声で話しかけてきたが、声が小さすぎて聞き取れない。
「ん?」
「ぅぅ……」
顔を赤くすると俯きノートに何か書き込んでいる。
少しすると破いたそれをこちらに寄越した。
こちらには目線は向けないままに。
――ありがとうございました――
女の子らしい丸っこい字でそう書かれていた。
その字に少しほっこりした。
その後は何事もなく、1日が過ぎていった。
その日からだ。
俺と金髪少女との不思議なやりとりが始まったのは。