第196話 前夜祭 前編
夜じゃないのに前夜祭。これ如何に、なんて事も思わなくもないが。
何はともあれ文化祭初日は恙無くスタートを切った。
と言っても、午前中は普通に授業が行われて、午後からが前夜祭のスタートである。本日の13時~16時と言うスケジュールだ。
午前中の授業風景は、なんと言うか想像通りだった。皆そわそわと落ち着き無く、浮き足立った雰囲気が手に取るように分かる。
先生もそれが分かっているからか、取り立てて注意されることも無かった。
かく言う俺も客観的に語りながら、実は浮き足立っているのかもしれない。
「……宗くんも、楽しみなの?」
隣の天使が口許に手を添えて、こっそりと聞いてくる程だ。うむ、天使の囁き声はなんとも心擽られる。
「そう見える?」
自分ではそんなつもりは無いが、なんだかんだ言っても俺にとって始めてのまともな文化祭なのだ。無理もないのかも知れない。
「ふふっ、何となくー、かな?」
机にうつ伏す天使は笑みを溢す。その仕草は見てるだけで心癒され、鼓動が高鳴る。
「斉藤さんが言うなら、そうなのかもな……」
「えー、なにそれー?」
天使がそう言うならそうなんだろうね。間違いない。
「それに」
「?」
それに文化祭は……。
「……アイツも楽しみにしてたからな」
「……うん……そうだね」
俺の呟きを拾った斉藤さんは、きょとんとしてから頷き微笑んだ。
さて、文化祭の前夜祭では何があるのかと言う話だが。
時は昼休み。
「さあ、まず最初の見せ場よ! この日のために出来る限り情報の流出を止めてきた。ここで如何にインパクトを与えられるかで明日以降のの集客が決まるわ! 気合い入れるわよ!」
運営委員の佐伯さんは気合い十分なようだ。
佐伯さんの掛け声に午後の最終的な準備をしていたクラスの面々も口々に応える。
これから昼休みが終わると体育館へ移動がはじまる。そして、その体育館に集まった全校生徒の前で、各クラスの出店紹介があるのだ。
つまり、前夜祭の始まりは体育館での開会セレモニーと言う名の全校集会から、ということになる。その流れで体育館でのイベントが進行していくのが前夜祭と言えるだろう。その中に、全クラスの出店紹介が組み込まれている訳だ。
予定通り昼休みの終了後、全員で体育館へ向かいクラスの並ぶ位置に向かう。祭とあってか、並ぶ順番や多少の私語等教師もとやかく言うつもりもないようで、お目こぼしを貰っているのかだいぶ緩い空気感が漂っている。
かく言う俺達もいつものメンバーが周りには集まっていた。まあ、集まっている理由はこの後の出展紹介の為なんだけどな。
それはさておき、周りのクラスを見るとちらほらと衣装を既に着ている生徒達も多い。制服でない生徒が居ることも、緩い空気感に一役買っているのだろう。
ちなみにウチのクラスは皆制服である。これも本当の直前まで見せたくないと言う運営委員様のご命令である。
俺や藤島、佐々木などの男子は、舞台袖で早く着替えないといけない。女子は体育館の用具室が更衣室になっているらしいので、そちらで着替えるようだ。
タイミングを見誤らないようにしないとな。まあ、そこは桜子ちゃんも協力してくれるとの話もあったので大丈夫だろう。
心配しなくちゃいけないのは、むしろ……。
「……自分の事だよなぁ」
俺は小さく独白を漏らした。俺は2日休んでしまったブランクが有るため皆がしたであろう最終的な調整をしていないのだ。藤島なんかに軽く相談したのだが、大丈夫だろ? の一言で終わってしまった。信頼されているのか俺に対する扱いが酷いのか、なんとも判断に困る所である。
「き、緊張してきちゃった……」
あーだこーだ考えていると、隣の天使が固くした表情で拳を握っていた。
「あ、ああ。そうだな。サプライズ要素もあるから上手くやらないといけないしな」
天使に同意し頷くのはポンコツ少女高畠さん。
「大丈夫よ。皆、やれるだけの事はしたんだから。あとはそれを見せつけてやるだけよ!」
流石アイドル様は格が違う。不敵に笑うその表情はそれでも美しく自信に満ち溢れていた。そんな真澄の様子に周りの皆も自然と力みが取れていくようだ。真澄の言葉に指導された日々を思い出し、それが自信を取り戻させたのだろう。
「流石だな」
と俺が隣の真澄にこっそりと耳打ちすると、ニシシとしたり顔で笑った。
そうこうしているうちに開会セレモニーが始まった。
今文化祭の運営委員長である三年生の生徒からの挨拶や校長からの挨拶等、運営委員会の司会で順当に会が進んでいく。
そして、俺達にとっての本日のメインイベントが始まろうとしていた。
『まず初めは、一年五組の出店紹介です。よろしくお願いします!』
司会の言葉で出店紹介が始まった。
まず壇上に上がったのは一年生のとあるクラス。そのクラスは5人程壇上に上がると出展紹介を始めた。このクラスは外のブースでかき氷の屋台をするようで、カンペを各々順番に淡々と読んでいき最後にクラスの売り、出展場所を説明して終了した。疎らな拍手を浴びながら退場する生徒達。
締めて2分程度の紹介だった。
一応、この出店紹介では一クラス、部活当たり5分程度の時間が割り振られている。くじ引きで順番をあらかじめ運営委員会で決めており、それにしたがって進んでいく。ちなみにウチのクラスは真ん中より後、と言った順番だった。
5分という紹介時間は出店の種類やアピールの仕方によっては足りない時間に思えるが、このクラスはそこまでの力の入れようでは無かったようだ。
正直肩透かし感を禁じ得ない所ではあったが、次の紹介は真逆を行った。
三年生の出店紹介だったのだが、トークショーチックに紹介を進め、手馴れた雰囲気を醸し出すトークにあちこちで笑いが上がっていた。流石は先輩だ。
5分を目一杯使った先輩の紹介のお陰もあってか、場も徐々に盛り上がり温まったようで、続くクラス達の紹介もそこそこ盛り上がりながら進んで行った。
ちなみに三年生の先輩の出店はたこ焼きらしい。ぜひそのトークスキルで売上を伸ばしてほしいものだ。
その後もクラスや部活の紹介が続いていった。たどたどしい紹介からまるでプロかとでも言うようなモノまで、様々な紹介が繰り広げられた。例としては、ダンス部はステージで一曲披露し体育館を沸かせ、美術部は即興で大きなキャンバスに絵を描くパフォーマンスを見せ、盛り上げた。わたあめ屋を出店するクラスはテレビで見るような、わたあめで大きな花を作るパフォーマンスを見せてくれた。子供が喜びそうだ。
そして次に迫るは俺達の出番。
「皆、任せたわよ」
佐伯さんの言葉に衣装に着替えた俺達は頷いた。
「おう、任せろ」
執事長として先頭に立たされる事となった俺は、その言葉に代表として笑顔で応えた。
「聞いてろよ? 俺のイケメンっぷりにどよめきが起こるのを」
「冗談と笑えないのが何ともねぇ」
「そうだそうだ! 沢良木君目当ての客が増えたらどうしてくれるんだ!」
佐伯さんと高畠さんの言葉にクスクスと笑いが漏れる。
「ふふんっ、それならあたし達だって負けないくらい歓声を上げてやらないとねっ!」
「ふふっ、沢良木だけに良いカッコさせないわよ!」
「うん、がんばるよっ!」
「おう、やってやろうぜ!」
真澄、松井、斉藤さん、佐々木の言葉に皆の志気が高まる。
良い一体感だ。柄にもなく心が高揚する。今だけは自分の歳も忘れて、このクラスの一員である事を純粋に楽しんでいた。
……見てるか、澪。
兄ちゃん、お前の代わりに、目一杯楽しんでるぜ?
『……続きまして、一年二組の紹介です。よろしくお願いします』
「行こうぜ、皆」
いつもお読み頂きありがとうございます。
良ければブクマ、ご感想、いいね!よろしくお願いします(*´-`)




